医学界新聞

2011.10.03

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


《神経心理学コレクション》
病理から見た神経心理学

石原 健司,塩田 純一 著
山鳥 重,河村 満,池田 学 シリーズ編集

《評 者》岩田 誠(女子医大名誉教授・神経内科学/メディカルクリニック柿の木坂院長)

神経心理学に興味を持つ多くの人々に

 書評はなぜ存在するのか。答えは明快である。それは,その書評を読んだ人の,その本に対する購入行動の選択に役立てるためである。したがって,書評では結論が重要である。その本を購入すべきか,購入する必要がないか,それをまずはっきりさせることがなければ,書評の存在意義はない。したがって,書評を依頼された評者は,購入すべきという結論に達し得る本の書評だけを引き受けることになるのが普通である。なぜなら,書評を頼まれながら,その本は買うに値せず,という書評を書くというようなことは,まず仁義にもとるという点からも,あり得べからざることなのである。すなわち,私が本書の書評を書くことを引き受けたということは,この本が,一人でも多くの方によって購入され,読まれ,そしてさまざまな議論を巻き起こす源になってほしいと思うからである。

 近代医学を支えてきた基盤は科学的な思考であり,その中心にあるのは,論理性,客観性,普遍性という三原則である。この三原則が十分に満たされていないものは,偽科学として退けられ,これらを満たすもののみが,科学的真理として受け入れられる。そして,医学の分野においては,18世紀以来,この三原則を保障する原理の基となってきたのが,病理解剖学であった。欧米の病理解剖室には“hic locus est ubi mors gaudet vitae succrrere”という言葉が掲げられているが,その意は“ここは,死者が生者を教える場である”であり,病理解剖学で得られた最終的な所見なしには,生前のいかなる解釈も無意味であるということを教え諭すものである。本書は,病理解剖室でのこの教えを,大脳皮質の変性性疾患において実践したという意味で,極めて貴重なドキュメントであるだけでなく,そのような方法論をいかにして個々の症例に適応していくかを考える上でも,大きな意義を持つ書物である。

 これまでの神経心理学研究において研究対象とされてきたのは,脳血管障害,脳外傷,脳炎,脳腫瘍など,脳の一定の部位がすべて破壊され尽くしてしまうような病変であった。神経心理学の基礎概念である大脳皮質の機能局在の原則は,これらの局所破壊性病変によって築かれてきたものである。これに対し,本書において研究対象とされたものは,すべて変性性大脳皮質病変を生じる疾患であり,一定の部位の脳組織がごっそりなくなってしまうというような,局所破壊性病変とは全く異なった病態である。そこには,同じ領域に存在しているとはいえ,異なった種類の神経細胞が,あるものは侵され,あるものは侵されずに残る,という選択的変性過程が表現されているはずである。

 本書に記載されているような変性疾患の臨床・病理対応研究において,評者のようなものが期待するのは,局所破壊性病変によって築かれてきた神経心理学の常識的な考え方に対し,変性性デメンチアの原因疾患の病理学的検査が,機能局在の原則に対してどのような影響を与えたか,ということである。その意味では,本書における臨床症状と病理所見との対比研究には,評者としてはいまだ満たされない大きな疑問が残っている。そのような,いまだ論じられていない数多くの重要なことを示してくれた本書は,神経心理学に興味を持つ多くの人々に,ぜひ読んでいただきたい書物であると思うのである。

A5・頁248 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01324-6


はじめての漢方診療 症例演習

三潴 忠道 監修

《評 者》宇宿 功市郎(熊本大病院医療情報経営企画部長)

漢方診療の要諦を身につけられる工夫が至れり尽くせり

 本書は,三潴先生がこれまでに上梓された“はじめての漢方診療”シリーズの“十五話”“ノート”に続く第3弾としての役割を果たすもので,かつこれまでにも求められていたものであり,三潴先生グループの経験を余すところなく読者に伝えることをめざしたものです。

 内容は,日常診療においてすぐにでも参考にしたい場合,ある程度漢方診療を行ってさらなる向上をめざす場合の双方の読者にとって有用なものになっており,診察室や自己学習の場面など多方面での活用が期待できるものになっています。

 また,三潴先生の工夫が随所にみられるのも特筆すべき点です。特に,症例をまず読者自身が一人で検討し,その後に病態,処方を考えるという流れが全体を通して採られていることは本書の特徴といえます。処方を考え,決定するまでのプロセスは症例ごとに丁寧に記載されており,症例ごとのポイントの解説,鑑別処方,症候の考え方の記述は,具体的で読者の頭の整理には十分といえるものになっています。

 前二著書の参考ページも掲載してあり,併読することで理解が深まります。加えて,基本的学習項目をあらかじめ確認するために,本書の冒頭部分に「総論」として,診療の実際について簡単明瞭ながらポイントを突いたまとめが挙げてあり,知識の整理にも役立つものになっています。表紙カバーの裏側には「考えるヒント」を掲げ,漢方診療の流れを繰り返し読者自身がたどることで,知識の習得を円滑に進められるよう...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook