MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2011.09.19
MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
本田 明 著
《評 者》松村 真司(松村医院院長)
精神疾患全般の診断と対応,薬物治療を網羅
うつ病を代表とする精神疾患患者は,専門医の前にかかりつけ医を受診し,そしてその多くが適切に対処されていないという事実はこれまで何度も指摘されている。また,超高齢社会を迎えたわが国では,認知症を持つ患者への対応は,今や専門にかかわらずほとんどすべての医師が獲得すべき診療能力となった。認知症を持つ高齢者には慢性疾患が併存していることが多く,認知症への対応がなくては身体疾患の管理も困難になるからである。
しかし,適切な初期対応をしつつ必要時に専門医へ紹介することは,専門医が考えるほどたやすいことではない。多くの疾患や症候の初期段階に対応することの多い私のような地域の医師の場合は特にそうである。さまざまな健康上の問題に対応するなかで,精神症状に対応し,かつ患者の周囲にいる家族に対応していくことはとても難しいことである。多くの医師はそのような状況の中,手探りで精一杯対応しているのが現状であろう。一方で,精神科専門医にしてみれば,もう少しかかりつけ医がきちんと対応してくれれば,と思うことが頻繁にあることも想像に難くない。
本書は,そんな初期対応を担うかかりつけ医の立場と,紹介を受ける精神科専門医の双方の立場を理解する本田明先生の手による本である。認知症やうつ病だけではなく,精神疾患全般について診断から基本的対応,薬物治療に至るまでを網羅した,コンパクトなハンドブックである。まず,かかりつけ医が身につけるべき精神科の基本的素養から始まり,精神科医との連携の上での注意点や,医療者自身のメンタルケアについてまで,精神症状を来す患者の診療に当たる上で陥りやすい問題点を取り上げると同時に,認知症・大うつ病・せん妄からパーソナリティ障害に至るまで,よく出合う精神疾患について解説している。本書の最大の特徴は,私たち家庭医・かかりつけ医が診療に当たる上でどのようなアプローチが適切か,という解説が,豊富な症例を通じてなされている点である。本書では,200ページ程度のなかに,116もの症例が提示されている。それらの多くは,外来や訪問診療,あるいはデイサービスなどの高齢者施設などにおける症例である。これらの患者にどのように対応するか,その方法が解説とともに簡潔にまとまっている。さらに,対応に苦慮する場面についての解説もあり,本書を読むことで,基本的な対応法についての知識が得られると同時に,どのような問題が解決しにくい問題なのか,そしてどう専門医に委ねるべきかが理解できるようになっている。
著者自身が述べているように,今後もかかりつけ医が担当する精神疾患患者の数は増加することが予想され,さらなる連携が鍵になる。著者のような,かかりつけ医・精神科医の双方の視点を持つ医師の手による解説書が多く世に出ることを今後も期待したい。
A5・頁248 定価3,570円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01228-7
河本 圭司,本郷 一博,栗栖 薫 編
《評 者》寺本 明(日医大大学院医学研究科長/(社)日本脳神経外科学会理事長)
ScienceとArtが織りなす"脳腫瘍外科学"
東日本大震災直後の2011年3月15日,医学書院から,河本圭司・本郷一博・栗栖薫の3名の先生方の編集による『イラストレイテッド 脳腫瘍外科学』が発刊された。わが国には「日本脳腫瘍の外科学会」という既に定着した学会があるので,この本の名称自体には違和感はなかったが,"脳腫瘍外科学"という名前の成書はこれまでなかったのではなかろうか? そもそも脳腫瘍は,その治療過程において原則として何らかの手術を必要とする。そのため,主な脳腫瘍に関する手術書は数多く出版されてきた。また一方では,脳腫瘍のいわゆる解説書も少なからず入手することができる。
しかし,本書は,"脳腫瘍の手術は脳腫瘍を包括的に理解した上で取り組むべきである",という編者らの強い思い入れによって制作されている。ちなみに評者は,下垂体外科を専門としているが,下垂体腫瘍を手術する医師は間脳下垂体内分泌学に精通していなければならないと常々考えている。すなわち,外科医的な発想だけで手術をすると,腫瘍全摘出イコール治癒と考えがちである。下垂体腫瘍の治療体系において手術は確かに重要なステップではあるが,薬物療法や放射線療法,さらには術後のホルモン補償療法などを十分念頭に置いて治療しなければ,患者をトータルに治したことにはならないのである。同様に,脳腫瘍の手術では,単に手術のテクニックという側面だけでなく,術前・術中・術後管理や長期フォローを含めて総合的に脳腫瘍を理解していなければ優れた手術を実施することはできない。そのような編者らのコンセプトが本書を貫いていると思われる。
本書は,その前半を脳腫瘍手術の基本的事項が占め,後半を主要な脳腫瘍手術の包括的理解に当てている。前半については,基本とはいえ最新の知見までが包含されている。後半は,一つの脳腫瘍に関して見開き,あるいはその2倍として簡潔な誌面構成を心掛けている。また,全体を通して図解を多くすることにより読者の理解を深めるための努力が随所にみられる点も特徴である。執筆者はそれぞれの分野で実際に多くの手術に従事しているエキスパートぞろいであり,編者らの意向をくんで,力の込もった記述がなされている。
本書を通して,多くの脳神経外科医が脳腫瘍の手術の基本やコツを学ぶとともに,その技術を取り巻く学術的背景を認識してくれることを期待したい。そして,真の脳腫瘍外科学とは,ScienceとArtがまさに二重らせんのように織りなすところにあることを感じ取ってもらいたいと思う。
A4・頁272 定価16,800円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01104-4
高橋 孝 著
荒井 邦佳 執筆協力
《評 者》山口 俊晴(がん研有明病院副院長・消化器センター長・消化器外科部長)
後世に残す,著者の癌外科医魂の根源よりのメッセージ
高橋孝先生が「臨床外科」誌に連載されていた『胃癌外科の歴史』が,このたび荒井先生の努力で見事に単行本として発刊されたことは,この連載を愛読していた筆者にとっても大きな喜びである。高橋先生を大腸の外科解剖の大家としてご存じの方も多いかと思うが,本書を一読すれば,高橋先生の胃外科,解剖に対する並々ならぬ情熱と,知識の深さを容易に理解できる。
わが国における癌手術の確立に,がん研病院の梶谷鐶先生が最も重要な役割を果たしたことは紛れもない事実である。その元になる思想がどのように形成されてきたのであろうか。本書をひもとくことで,ビルロート,ミュックリッツ,三宅速先生から,梶谷先生の師である久留勝先生とつながる,胃癌リンパ節転移への「まなざし」こそが梶谷先生の偉業の礎になったものであることがよく理解できる。
強い意志と高邁な理論に基づいて癌と戦ってきた梶谷先生のこの「まなざし」が,ともすると誤解され,忘れられようとしている実態を憂い,これを後世に残そうという高橋先生の情熱が本書を作らせたのではないか。そのために単に歴史的な事実を羅列するのではなく,たとえ歴史的に高名な方であろうと,その誤解や誤りについては率直に批判している。腹腔動脈周囲リンパ節8a,8pの問題点については,個人的にも同意できる部分が多い。14Vについても,歴史的な観点から貴重な意見が述べられている。
後半ではDutch Trialなど諸外国のRCTに対する批判的な見方が述べられているが,おおむね妥当な評価だと思う。わが国の大動脈周囲リンパ節郭清のRCT,JCOG9501についてもかなり批判的な意見が書かれているが,欧米のTrialに比較して本研究の精度は極めて高く,その意見の中には必ずしも肯首できない点もある。ただ,標準化に走るあまりに,個別化という観点も忘れるべきではないという指摘はそのとおりであろう。むしろ,高橋先生の苛立ちは,本研究ではリンパ節転移というものに対する「まなざし」から提唱された拡大郭清という試みが否定されただけであり,胃癌治療成績の向上に資するものではないというところにあるのかもしれない。
がん研に赴任してから,高橋先生と過ごした手術室の濃密な緊張した時間を懐かしく思い出すとともに,厳しくも真摯なご指導に今は深く感謝するばかりである。そして先生の最後のメッセージともいえる本書を手にして,あらためて早過ぎる先生の死を悼むのは筆者だけではあるまい。
最後に末筆ながら,高橋先生の意を十分にくみ取って本書を取りまとめた荒井先生の努力に深い敬意を表する。
B5・頁280 定価9,450円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00902-7
松田 晋哉 著
《評 者》堺 常雄(聖隷浜松病院病院長)
DPCの理論・研究・実践の第一人者による必読の実践書
2003年にDPCが特定機能病院に先行導入されてから8年が過ぎ,大きな変革の時期を迎えている。DPCの変遷に合わせて刊行されてきた本書も第3版となり,その存在意義は版を重ねるごとに大きくなっている。今後の大きな変革を予期させる2010年度改定後に刊行された本書は,サブタイトルもこれまでの『正しい理解と実践のために』から『実践的に活用するために』に変わり,著者の意気込みが感じられる。
病院の運営でいちばん大切なのは診療の質と経営の質であり,2つが相まって初めて健全な医療を提供することが可能である。公的病院が次々と独立法人化し,民間病院も社会医療法人化されるなかでこのような考えはますます重要になってきている。著者はまえがきで「……したがって,それを用いることで臨床面・経営面で各施設を共通の視点から評価することが可能……」と述べているが,まさにDPCが良質な医療を担保する上でのツールであることを示しているものといえる。
第1章では診断群分類を理解するために必要な事項が述べられており,今回および今後の改定の方向性について説明されている。
第2章ではDPCの本来の目的である医療の質の評価について述べられており,ベンチマークによる活用,今後どの病院にも望まれる臨床研究での活用が述べられている。
第3章では医療のもう一つの指標である経営の質について述べられている。診療・経営の"見える化"にはDPCが有用であり,またクリニカルパスによる診療の標準化は必須の課題である。さらにこの章では地理情報システム,Value chain分析,BSCなどとDPCについての説明もあり,医療マネジメントの先端をめざそうとする読者には必読である。
第4章ではDPCと各医療職のかかわりが述べられているが,専門分化が進んできている現状でチーム医療の重要性がいわれており,DPCは共通の言語・ツールとして活用できるものと考える。
医療は地域産業といわれるが,医療再生がいわれるなかで地域医療提供体制整備は喫緊の課題である。その意味でも第7章は大変示唆に富むものとなっている。また診療報酬と介護報酬ダブル改定を前にして,医療提供体制整備は診療報酬改定と連動して行われるのが望ましく,ここでもDPCの果たす役割は大きいものとなってくる。
第8章では著者の考えである医療の質と経営の質の重要性が繰り返し述べられている。DPCの導入以来8年が過ぎ,今までは制度を理解し適用することに一生懸命だったのが,ようやくこれを実際に活用して,医療の質の担保に資する時期に来ているものと思われる。DPC自体はあくまでもツールであって目的ではないので,われわれ医療者に何が求められているのかを理解してDPCを使いこなす時期に来ている。
このように見てくると,DPCの理論・研究・実践の第一人者である著者による今回の第3版は必読の書であり,実践の場で活用してほしいものである。
B5・頁240 定価3,570円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01205-8
日本神経学会 監修
「パーキンソン病治療ガイドライン」作成委員会 編
《評 者》望月 秀樹(阪大大学院教授・神経内科学)
神経内科外来にぜひ置いておきたい一冊
パーキンソン病治療は,10年前と比較しても多くの薬剤が使用できるようになり,薬剤選択の上でいろいろな工夫が可能となったため,患者ADLも上昇している。一方で,パーキンソン病の治療薬は,ほとんどの薬剤が神経系に作用するという性質上,副作用も多く,進行期には薬剤量や種類が増加するため,治療の選択が難しいと考えられている。そのため,エビデンスに基づいた治療の指針を提示することで,標準的な治療を開始できるように,2002年日本神経学会から初めてパーキンソン病の治療ガイドラインが作成された。そして今回,2011年版のパーキンソン病治療ガイドラインがついに出版された。前ガイドラインの良い点をそのままに残し,さらにわかりやすく,実地で使いやすいように工夫されたガイドラインである。
2002年版からの大きな変更点は,各論部分をクリニカル・クエスチョンと題し,臨床上の具体的な質問に答えるという形式になっていることで,大変実践向きになっている。治療法で難渋することが多い非運動症状については,14項目で48ページも割かれており,治療法,対処法が細かいところまで記載されている。パーキンソン病のアパシー,疲労についての治療法や対処法など,他ガイドラインには書かれていないような内容まで網羅されており,臨床の場で重宝することは間違いなく,神経内科外来にはぜひ置いておきたい一冊である。
2002年版では治療のアルゴリズム(未治療時)が一人歩きして,利用者に誤解を生むことがあったとも言われているが,今回の改訂では脚注を入れることで,できるだけ個々の患者に対応できるように工夫されている。未治療パーキンソン病の治療決定をするときには,患者一人一人の重症度や合併症,あるいは社会的状況を踏まえた上で,このガイドラインを基に,患者のニーズに対応できるようじっくりと説明し,治療を決定するのが良いだろう。
また,エビデンスを示すガイドラインになると,どうしても引用論文が増えてページが厚くなってしまうが,それを減らすべく巻末に主要な引用文献のみを記載し,参考にした二次資料としてPubMedや医中誌の検索法が記載されているのがうれしい。
驚いたのは,現在日本未発売でこれから使用が可能となる薬剤の紹介もされていることである。具体的には,rotigotine,rasagiline,リバスチグミン*などの記載があり,安全性,有効性が海外の論文を基に示されている。新しい薬剤の使い始めには,海外の情報は意外と少ないものだが,本ガイドラインにはしっかりとした記載がされているので,今後使用するときの参考になる。遺伝子治療の項目も将来の治療として新たに付け加えられた。遺伝子治療は,われわれがすぐに選択できるわけではないが,海外・日本での臨床結果が紹介されており,新たな治療法の可能性を示している。
海外では,本ガイドラインに記載されている以外にもすでに使用されている薬剤もあり,これから新しい抗パーキンソン病薬が使用できるようになるであろう。その度に,新しい治療法が追加され,われわれはその治療効果や新たな副作用に注意しなければならない。次回の改訂までに使えなくなる薬剤もあると思われるので,本ガイドラインも今後は,少し早めに改訂することを検討していただきたいと思う。
B5・頁220 定価5,460円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01229-4
*編集部註:リバスチグミンは,2011年7月より発売が開始された。
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