医学界新聞

対談・座談会

2011.09.19

座談会

小児在宅医療の普及に向けて
今こそ医療のパラダイムシフトを

田村正徳氏(埼玉医科大学総合医療センター小児科教授)
前田浩利氏(子ども在宅クリニックあおぞら診療所墨田院長)=司会
及川郁子氏(聖路加看護大学教授・小児看護学)


 NICUの病床不足が叫ばれるなか,満床解消の一方策として,NICUに長期入院する乳幼児の療育施設への転院や自宅への退院が推進されている。2010年度には地域療育支援施設運営事業,日中一時支援事業,地域療育支援施設設備整備事業が新設された。

 NICUで新生児の救命・治療に当たる田村正徳氏,小児在宅医療の先駆者である前田浩利氏,小児の在宅ケアシステムの構築をめざす及川郁子氏は,ともに「自宅で過ごすことは,子どもにとっても幸せなこと」と語る。しかし,小児在宅療養を支える基盤はあまりに脆弱であり,家族に大きな負担を強いているとも訴える。本座談会では,高度な医療的ケアを必要とする小児によりよい療養環境を提供するために必要な医療資源について,議論していただいた。


前田 近年,小児在宅医療への関心が高まりつつあります。その背景として,医療に依存して生存する重症児が急激に増加し,さらに彼らが長期入院を余儀なくされることによってNICUの慢性的な病床不足,小児専門病院の機能不全が生じていることが挙げられます。つまり必要な医療やケアを受けることのできない子どもたちが出てきているわけです。田村先生はNICUに勤務するお立場から,この問題について深く関心を寄せていらっしゃいますね。

田村 私が小児在宅医療について考えるようになったきっかけは,母体搬送受け入れ困難事例が相次ぐなか,その主な原因がNICUの満床によるものだと明らかになってきたことです。その実態を探るべく,私たちは,平成20-22年厚労科研「重症新生児に対する療養・療育環境の拡充に関する総合研究」1)において,重症新生児にとって適切な療養・療育環境をいかに提供していくか,長期入院児の動態調査を開始しました。その結果,増加傾向にあった長期入院児が2007年出生児から減少に転じていること,一方で,人工呼吸管理を要する状態で1年以内に退院する児が増加していることが明らかになったのです。

前田 人工呼吸器の装着が必要となるような重症児が減ったのではなく,そういう子どもたちが人工呼吸器を着けたまま,どこかに押し出されているということですね。

田村 多くは自宅に転出しています。まさに在宅医療の対象となる子どもたちです。しかし実際には,彼らは十分な医療支援を受けることなく,家族の力だけで支えられている場合も少なくないことがわかってきました。

前田 これまで日本の小児医療は「救命すること」に力を注いできました。その一方で,救命後の子どもを支えることは置き去りにされてきたように思います。今こそ大きなパラダイムシフトが求められているのではないでしょうか。

退院を境に見えなくなる子どもたちのその後

前田 及川先生も長く小児在宅ケアの問題に取り組んでいらっしゃいます。重症児をめぐる現状をどのようにとらえていますか。

及川 私は小児の看護者として,病気であろうとなかろうと,本来自宅で過ごすべきだと考えています。しかし,自宅に帰ってからの支援体制が整っていない現状をみると,保護者はNICUからただ追い出されているとしか思えないのではないかとの危惧を覚えます。保護者が不安を抱えているままでは,子どもの安定を妨げることにもつながりかねません。高度な医療的ケアが必要な重症児を自宅に帰す際には,医療機関が安心を保証することが必須と言えます。

前田 私は在宅医療に携わるなかで,生活と医療・福祉が共存する在宅医療においては,対象が広い看護師が非常に大きな力を発揮すると実感しています。小児看護では,在宅医療はどのように位置付けられていますか。

及川 NICUなど新生児医療施設に勤務する看護師は,重症児を自宅に帰すことへの意識が高くなったと感じます。在宅医療に関する情報を収集するだけでなく,家族の精神面にも配慮しながら自宅に帰るための支援を行えるようになってきました。日本小児看護学会でも,在宅医療をテーマとしたセッションや発表が増えてきています。

 ただ残念なことに,それは患児を送り出す病院側の動きであって,そこからどのように地域につながっているかに目を向けると,どうも退院の時点で途切れている印象が強いのです。

田村 私もこの数年間,まさに同じことを感じています。私たちの研究班では,重度の障害があり長期に呼吸管理が必要となりそうな小児に対してはキュア(cure)よりもケア(care)が重要という認識から,一昨年「NICU入院中からの長期入院児在宅医療に向けたスタッフおよび家族への意識づけガイドライン」を作成しました。全国の総合周産期母子医療センター78施設に送付したところ,特にNICUに勤務する看護師は,NICUが小児にとって必ずしも最適な環境でないこと,だからこそ自宅あるいは療育施設へ転出するために早い段階からの家族への意識付けが重要であることを,非常によく理解していました。しかし,退院後のケアの支援となると,時間的にもマンパワー的にも余力がないのが現状です。

前田 意識を持っていても余裕がないんですよね。それに加え,連携したいと思っても,ほとんどの病院は連携先を見つけられないのではないでしょうか。在宅医,訪問看護師,理学療法士,ヘルパー,何もかもが圧倒的に足りないのです。

なぜ在宅医療資源が足りていないのか

前田 病院から在宅へと療養の場の移行が進むなかで,病院と地域の間の隔たりが,よりいっそう浮き彫りになってきました。在宅医療資源の不足がその大きな要因ですが,何が在宅医療資源の充実を妨げているのでしょうか。

田村 日本小児科学会認定指導医のいる地域小児中核病院(508施設)を対象としたアンケート調査を2008年に行ったところ,「在宅医療中の慢性呼吸管理児の急性増悪時の受け入れ」について,165施設が「可能」,177施設が「条件付きで可能」と回答しました1)。3分の2の施設から前向きな回答を得られたことは心強い結果と言えます。

前田 ただ一部の地域では,NICUから退院する重症児を在宅医が受け入れても,具合が悪くなったときの受け入れ先が見つかりにくい現実があります。そのことも,在宅医療の浸透を阻む大きな壁になっていると考えられます。

 さらに,私が行った全国の在宅療養支援診療所,約1万2000施設を対象とした調査では,在宅療養支援診療所で小児在宅医療に積極的に取り組もうと考えている診療所が非常に少ないことが明らかになりました1)。10人以上の小児を診た経験がある診療所は,わずか31施設にとどまったんです。

田村 小児を対象とする在宅療養支援診療所がまったく足りていないのですよね。

前田 重症児の絶対数が少ないこともその理由の一つではあると思います。それに加え,在宅療養支援診療所の医師の多くが成人を対象に診療している内科医なので,「小児は診たことがない」と言って断ります。もちろん「この地域は私が守る」という意識を持って受け入れてくださる先生方もいますが。

 今後重要なのは,小児科医自身がどう在宅医療に取り組んでいくかだと思います。先日,在宅医療に取り組んでいる小児科の開業医の先生と,「小児科開業医が週に1回,午後を休診にして,往診に行っちゃえばいいんですよね」と話したのですが,その「行っちゃう」こと自体が,敷居が高いのかもしれません。経験がないという怖さが邪魔しているように思います。自分だけで在宅医療に携わるのが難しいのであれば,成人を診ている在宅医と積極的にコラボレートしていくことが必要です。

在宅医療と在宅支援病棟,両輪の整備が必要

及川 訪問看護においても,全国約3500の訪問看護事業所のうち小児を受け入れたことがあるのは3-4割で,しかも年間1例という施設が全体の4-5割を占める状況です。しかし訪問看護師は小児の訪問看護を受けたくないわけではない。前田先生が指摘されたように,重症児の絶対数が少ないため採算がとれず,積極的に踏み込めないという事情があります。

 しかも小児の場合は成人と違い,自宅に帰ってからも大学病院や小児専門病院の医師がそのまま主治医を務めることが多いんですね。そうすると,小児のケアについて相談や連絡をしたいと思っても,なかなか担当の医師がつかまらない,窓口や連絡方法が一本化されていない,などの理由で時間がかかり,訪問看護ステーションにとって大きな負担となってしまいます。

前田 小児在宅医療が抱える特殊な側面ですね。成人が在宅医療に移行する際は,超急性期,急性期,慢性期と段階的に自宅に帰ってきますし,紹介元の多くは地域中核病院です。また,かかりつけ医による主治医意見書がなければ介護保険を受けられないし,訪問看護の指示書も実際に往診を担う在宅医が書きますから,おのずと地域の医療資源とのかかわりが密になります。

 一方,小児の場合は高度医療機関の特殊な病棟からいきなり自宅に帰ってきますし,訪問看護の指示書も往診を行わない高度医療機関の主治医が書く場合が多いのです。

及川 これでは重症児・家族と地域の往診医とのかかわりが緊急時などに限られてしまい,なかなかタッグを組むところまではいかないですよね。

田村 現在,集中治療から在宅医療に移行する際に,小児と家族がより密に過ごし自宅療養への準備を行うことのできる在宅支援病棟の必要性も議論されています。しかし,先ほどお話しした地域小児中核病院対象の調査で「NICUで長期に呼吸管理されている児を在宅医療に移行するための準備として,自施設に転院させることが可能か」と質問したところ,「可能」と答えた施設は54施設のみでした1)

前田 多くの地域小児中核病院が,「呼吸管理されている重症児を一度受け入れると退院できなくなるのではないか」と考え,受け入れを躊躇しているのでしょう。在宅医療を整備し,呼吸管理を行っている重症児が退院できる道筋が明確になれば,受け入れ施設は確実に増えると思います。つまり在宅医療の整備と在宅支援病棟の整備は車の両輪で,補完し合う関係と言えます。

支援の選択肢を増やす

田村 保護者に,もっと在宅医療の利点について知ってもらうことも重要です。

前田 以前行った,千葉県在住の就学前後の重症児とあおぞら診療所新松戸で在宅医療を提供している児の家族を対象にしたアンケート調査では,両者で基礎疾患や重症度は有意差がなかったにもかかわらず,前者は後者と比較し,訪問看護やヘルパーなどの社会資源を有効活用していないことが明らかになりました1)。重症児は生まれたときから高度医療機関...

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