超高齢社会における医療・介護関連肺炎へのアプローチ(河野茂,門田淳一,寺本信嗣,丸山貴也)
対談・座談会
2011.09.05
【座談会】 超高齢社会における
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日本の65歳以上の高齢者人口は2944万人(2010年末推計)。総人口の23.1%を高齢者が占め,高齢化レースで世界の先頭を走り続けている。急増する高齢者の医療を考えたとき,最も重要となる疾患は"肺炎"である。
日本呼吸器学会は「医療・介護関連肺炎診療ガイドライン」を2011年8月に発表。これにより従来の市中肺炎(CAP)・院内肺炎(HAP)のほか,主に療養型病床群や介護施設での高齢者肺炎を対象とした医療・介護関連肺炎(Nursing and Healthcare associated pneumonia;NHCAP)が肺炎の新たなカテゴリーとして加わることとなった。本紙ではこの機に合わせ座談会を企画。ガイドラインの作成委員長を務めた河野茂氏を司会に迎え,これからの高齢者肺炎へのアプローチについて議論していただいた。
河野 過去30年以上,肺炎は日本人の死因の第4位ですが,数年以内に脳卒中を抜き3位になると予想されています。その最大の理由は人口の高齢化で,肺炎による死亡率は年齢とともに上昇し,85―90歳の男性では肺炎が死因の第1位となっています。
その高齢者の肺炎についてですが,他の年代の肺炎と比べどのような特徴があるのでしょうか。
門田 高齢者肺炎の特徴の1つに,症状が出にくいことが挙げられます。全身倦怠感や食欲低下,活動性低下などで「どうもおかしい」と運ばれてきた患者で,胸部X線で肺炎が発見されることが多いです。また高齢者は基礎疾患を持っている方が多く,診断時にはすでに重症化していることが多いのも特徴です。介護を受けている方,在宅酸素療法を行っている方,また栄養状態が悪い方は肺炎にかかりやすく,予後も悪くなっています。
河野 高齢者の肺炎は手ごわい,ということですね。
日本の医療環境を考えると,療養型病床群や老人保健施設,介護施設といった高齢者福祉施設で過ごす方が多くなっています。
丸山 私は以前,複数の高齢者福祉施設の医師を務めていましたが,そのような施設には慢性の基礎疾患を持ち,活動性が低下した高齢者が多く入所していました。そうした方の肺炎は診断が遅れてしまうことがあり,いかに早期に軽症な段階で発見できるかが課題の一つとなっていました。
日本独自の医療環境を考慮した肺炎ガイドラインの誕生
河野 日本呼吸器学会ではこのような現状を踏まえ,「医療・介護関連肺炎診療ガイドライン」(NHCAPガイドライン)をこのたび策定しました。肺炎は従来,発症場所別に市中肺炎(CAP)と院内肺炎(HAP)の2つのカテゴリーに分けられ,日本呼吸器学会でもそれぞれに対応するガイドラインを作ってきましたが,これだけではカバーしきれない新しいカテゴリーとして医療・介護関連肺炎(NHCAP)を定めたわけです。
門田先生,このガイドライン誕生のきっかけをお話しください。
門田 NHCAPの議論が始まったきっかけは,2005年に医療ケア関連肺炎(HCAP)という新たなカテゴリーが米国胸部学会と米国感染症学会が合同で作成した院内肺炎ガイドラインのなかで提唱されたことです。日本もそれを参考に議論が始まりました。
ただ日本の場合,介護保険があり介護を受けている高齢者が多いため,米国と同じナーシングホームという名称の施設でも高齢者介護施設の性格が強いこと,また急性期の入院も米国の平均5日に比べて長く,長期入院患者も少なくないという違いなどが浮かび上がり,その位置付けが大きな議論となりました。
河野 日本独自の医療環境を考慮する必要があったのですね。
門田 ええ。米国のHAPは急性期の入院しか対象としていません。入院後約5日が経過するとナーシングホームやlong-term acute care hospitalに移され,そこで発症した肺炎がHCAPとなります。
一方日本の場合,米国でHCAPとされる肺炎の発症時点ではまだ入院していることが多くHAPと扱われるため,どこで区切るかが課題でした。結局,長期療養型病床群や介護施設の入院患者も含めることとなり,特に介護を重視した形でカテゴライズしました(表)。
表 NHCAPの定義 | |
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以上の,(1)―(4)のいずれかに当てはまる肺炎をNHCAPとする。 *精神科病棟も含む。 **介護の基準:PS 3(限られた自分の身の回りのことしかできない。日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす)以上をめどとする。 |
河野 日本では介護施設や在宅で治療を受けている高齢者も多くいるため,"Nursing"という冠を付けたのですね。これは,日本が高齢者の健康に非常に気を使っていることの表れでもあります。
重症度に代わる新たな概念――「治療区分」
河野 従来のCAP・HAPのガイドラインでは,それぞれの原因微生物に特徴があるとされ治療法は明確に分けられていました。なおかつ重症度が予後と関連するため,重症度を判定することで,「最初から強力な多剤併用療法」「耐性菌のリスクが少ないため単剤療法」など重症度と微生物が極めてシンプルに結びつけられ,治療方針の決定がしやすくなっていました。
ところがNHCAPガイドラインの策定の過程でわかったのは,施設によって原因微生物はバラバラということでした。また,単純に重症度から治療法を決めることも不適切とされましたね。
門田 はい。「成人市中肺炎診療ガイドライン2007」の重症度分類で中等症とされていても,耐性菌が出て死亡率が高くなる場合があることがわかり1),重症度から治療方針を決めることはそぐわないという結論に至りました。いわゆる介護施設関連肺炎でも多変量解析の結果から,予後に関係のある項目はパフォーマンスステータス(PS)や低アルブミン血症で,必ずしも重症度と一致しないことがわかっています2)。
河野 そこで導入されたのが,「治療区分」という考え方ですね。
門田 ええ。治療区分とは,患者の社会的背景や倫理面,家族の意向を基に,患者・家族と話し合って決定する治療レベルの分類です。
人工呼吸器管理やICU入室が必要でしかも耐性菌リスクが高い場合,いわゆる「耐性菌によるHAP」に準じた治療を行う治療区分とします。集中治療を必要としないもしくは望まない場合は,耐性菌リスクが低ければ外来治療か入院治療かに分け,耐性菌リスクが高い場合はその菌をターゲットとした入院治療を行う治療区分とします(図)。これは,今回のガイドラインの最も特徴的なところです。
図 NHCAPガイドラインにおける「治療区分」 |
河野 昔から「肺炎は老人の友」とも言われるように,強力な治療を行うことが必ずしも最善とは限らない場合があります。ですから,患者さんを取り巻く環境を深く考え,治療に当たることが大切ですね。
ただ,患者さんの状態によっては治療方針の選択に難渋する場合もあると思います。どのような方針で治療を決めればよいのでしょうか。
寺本 「その治療がより患者さんの立場に立ったものか」を治療決定のポイントとします。高齢者では,「重症だから」ではなく患者・家族の合意があって初めて治療が始まります。治療区分はそういった老年医学的な立場も表明しているのではないかと思います。
適切な例とは言えないかもしれませんが,患者さんと医師が治療方針や積極的治療を中止する時期について治療開始時に合意する癌診療と同様のことを,肺炎診療でも行う時代になったのだと思います。
丸山 臨床現場では,長期臥床中の高齢者に発症した重症肺炎に対し,家族が望まないために人工呼吸器管理などの加療を行わず,対症療法とすることもあります。 患者さんにはさまざまな背景があるため,医師が患者・家族が求めている治療をしっかり見極めて治療開始することが重要です。
河野 そうですね。そこがいちばん大切で,患者さんをずっと診察しその背景や家族構成がわかっている医師が,治療方針を患者・家族と相談して決めるところが今までのガイドラインにはない新しい切り口です。
丸山 今回のガイドラインでは治療区分により,外来,一般病棟,ICUと治療を開始する場所が変わりますが,このような分類は臨床現場で大いに役立つと思います。
高齢者肺炎を発見するコツは?
河野 とは言え,高齢者肺炎の診断は難しいというのがやはり一般的なコンセンサスです。診断に何かコツがあれば教えてください。
丸山 診断を難しくしている理由は,発熱や咳嗽などの肺炎に特有な症状が表に出にくいこと,また認知症や脳血管障害の後遺症でコミュニケーションがとれない方では症状を聴取できないことにあります。実際に初診時に肺炎を見逃され,後日,重症肺炎として救急搬送されたケースもありました。家族が食欲不振に気付いて受診したものの,咳嗽や発熱などの症状がなく,認知症のため本人から聴取もできなかったために見逃された症例です。ここで一歩踏み込んで,むせがなかったかや食欲がなくなるまでの状況を家族に聞いて肺炎を疑い,胸部X線を1枚撮れば診断できた可能性があります。
「元気がない」「食欲がない」といった症状を若い方よりも少し注目していけば,より早期に肺炎をとらえることができるのではないかと思います。
河野 聴診所見は診断に活用していますか。
丸山 聴診所見は診断の大きな助けになります。肺気腫などの慢性肺疾患の合併により,肺炎による肺雑音を聴取しにくい症例もありますが,少しでも聴取できれば胸部X線所見から確定診断につなげることができます。
寺本 呼吸器内科の専門医以外が,問診や身体所見から診断を行うことはハードルが高いと感じるので,非専門医の方は呼吸が速くなることやSpO2の低下に注目するとよいと思います。高齢者の場合,軽度の肺炎でもSpO2は低下する場合が多いため,在宅などでいつも測定している患者さんで数値の低下をみたときは,肺炎発見のチャンスです。
抗菌薬治療のポイント
河野 NHCAPの治療に当たっては,CAPやHAPと同様に抗菌薬投与が中心となりますが,そのポイントを教えてください。
門田 NHCAPでは,治療区分に合わせて用いる抗菌薬を変えることとなります(図)。詳細はガイドラインをご覧いただきたいと思いますが,最も軽症の外来治療(A群)と区分された場合,β-ラクタム阻害薬配合ペニシリン系あるいはセフェム系が第一選択となります。肺炎クラミジアも市中肺炎と同程度検出されるのでマクロライドを併用します。
次に耐...
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