医学界新聞

寄稿

2011.08.08

【夏休み読書特集】

医学生・研修医のための
ベッドサイド「漫画」ライブラリー


 リベラル・アーツ修得の必要性を説いたオスラー博士は,医学生に就寝前の読書を勧めました。著書『平静の心』においては,「医学生のためのベッドサイド・ライブラリー」として聖書やシェークスピアなどを挙げています。

 本紙ではその"21世紀版"として,第一線で活躍する方々から,医学生や若い研修医の方へお薦めしたい漫画をご紹介いただきました。たかが漫画と思うなかれ。その中には医師としての人間形成に役立つヒントも隠れているはず(?)。

 夏の夜をともに過ごす漫画選びの参考にしてください!

茨木 保
守屋章成
藤沼康樹
森皆ねじ子
松村真司
尾藤誠司


茨木 保(いばらきレディースクリニック院長/漫画家)


(1)「ブラック・ジャック」手塚治虫
(2)「あしたのジョー」高森朝雄(梶原一騎),ちばてつや
(3)「デビルマン」永井豪


(1)『週刊少年チャンピオン』誌に連載されていたのは,ボクが小学生から高校生にかけてのころ,感性がビビッドにむきだしになっていた時期でした。しかし人生にくたびれたこの歳になって読んでみても,本作は新鮮な感動を与えてくれます。ボクは,医療漫画やドラマの仕事をよく手伝いますが,制作のさなか,しばしば「これ,BJのあのパターンだなあ」とデジャブにとらわれることがあります。BJは,現在まで脈々と受け継がれている医療漫画の原点と言える作品。医学生・研修医の皆さんにとって,死ぬまでに一度は読まねばならない漫画だと思います。

(2)真っ白になるまで,命を燃やし尽くす青春……。「あしたのジョー」は昭和42年から48年にかけ『週刊少年マガジン』誌に連載されました。当時,大学生の間では「右手にジャーナル,左手にマガジン」と言われ,漫画が一番熱かった時代でした。知識と技術の習得に燃える皆さんがみな,ジョーのように,真っ白に燃え尽きてしまうと,日本の医療は崩壊してしまうわけですが,しかし,そのぐらいの意気込みでやらねばモノにならないということは,世の中にはあります。何事もモノにできなかったボクのような者が言っても何の説得力もないわけですが,昭和の熱い青春に触れ,夜中のコールにも「面倒さ」とぼやかず,メンドーサとの闘いに挑むつもりでテンションを上げていければ,日本医療の将来も明るいのではないかと……。

(3)怪物と闘う者は,その過程で自分自身も怪物になることのないように気を付けなくてはなりません。「デビルマン」は,「人間とは何か」という哲学的なテーマを,神と悪魔,そして人間との壮絶な闘いを通して描いた大作です。昭和47年から48年の1年間連載された本作は,いまだ圧倒的な存在感で国内外多くのクリエイターにインスピレーションを与え続けています。医学の道を志す者は皆,ある種の深淵をのぞかねばなりません。人間を守るため悪魔と合体した主人公・不動明のように……。「これが! これが! おれが身を捨てて守ろうとした人間の正体か!」。物語の終盤,デビルマンが人間を焼き払うシーンで叫ぶ言葉です。ボクは本作に描かれたハルマゲドンに,昨今の医療崩壊の本質を見るような気がするのです。

 今回は昭和のテイストでまとめてみました。よい外科医の条件は,「デビルマンの目,矢吹丈のハート,ブラック・ジャックの手」と古来,言われています。古きよき漫画を読んで名医をめざしましょう。

*正しくは「The eyes of an eagle, The heart of a lion, And the hands of a woman」です。念のため。


藤沼康樹(医療福祉生協連家庭医療学開発センター センター長)


(1)「サイボーグ009」石ノ森章太郎
(2)「HUNTER×HUNTER」冨樫義博
(3)「海獣の子供」五十嵐大介


(1)小学校のころ,夢中になっていました。特に『週刊少年キング』誌に連載中は,毎回トレース紙と鉛筆を使って自力でコピーしてとじて,持ち歩いていました。ゼロゼロナンバーサイボーグ9人(敵方4人は除く)は,国籍,人種,性格,能力が全然違っていて,サイボーグにされてしまう経過もさまざまで,キャラクターが立っているところにヤラれていました。今読み返してみると,個性の強いメンバーのチームが,最高のパフォーマンスを示すためのヒントが満載ですが,キーは「友情」なんですね,やはり。あと,漫画ではないのですが,石ノ森先生の「マンガ家入門」は,漫画がいかに作られるのかについて最高の解説本となっております。Instructional designに興味のある方は一読をお薦めいたします。

(2)かつて「ストップ!! ひばりくん!」で一世を風靡した江口寿史みたいに,連載が突然ストップしたり,まるでネーム(絵コンテ)のままのような余白の多い絵柄になったり,非常に不安定な連載ながら,現在まで長く質が保たれ継続しています。特に心理戦の描写が素晴らしく,読むのに相当頭を使います。医師は患者さんの非言語的な表現やコンテキストを読む力が必要ですが,この作品はそのあたりの力を鍛えてくれるように感じるのは私だけでしょうか。

(3)五十嵐大介の絵柄は好き嫌いが分かれるかもしれませんが,個人的には,「ARMS」で知られる皆川亮二と並んで,作画は日本の最高峰にあると思います。この作品を読んで,現代日本の純文学(すでに死語かもしれませんが)の伝統はこうした作品に受け継がれている,と思いました。会話ばかりで描写のない現代小説を読むことよりも,絵,セリフをゆっくり注意深く,繰り返し味わうことで,生命,環境,人と人のつながりについてインスパイアされるこの作品を薦めたいと思います。

 医師として成長するのに読書は重要です。で,漫画も読みましょう。漫画も古典がたくさんあるので,ぜひ何か手にとって読んでみてください。


松村真司(松村医院院長)


(1)「トーマの心臓」萩尾望都
(2)「リバーズ・エッジ」岡崎京子
(3)「この世界の片隅に」こうの史代


 不惑を過ぎた今になっても,今年の夏は何か特別なことが起きるかもしれない,なんて,いまだに思います。とはいえ,実際終わってみると,これまでだって映画や小説のような素敵な季節ばかりではありませんでした。けれども,渋谷センター街で過ごした高校生の夏,道東をオンボロ車で回った医学生時代の夏,そして今はなき新宿リキッドルームで過ごした研修医の夏。それぞれの夏には,そのときにしか存在しない時間――それは夏の魔物に出会った瞬間と言ってもいいのかもしれません――が刻印されているように思います。もちろん苦い思い出も多いのですが,時とともに記憶は薄れていき,昼の炎天と熱帯夜の暗闇が交錯した刹那のおぼろげな像の中にはフォーカスの甘い記憶だけが浮かび上がってきます。そんな過去完了の私から,現在進行形の皆さんに,夏に読むならば……という視点で,自分の本棚の中からお薦めマンガを3冊選んでみました。選んでから気が付いたのですが(1)(2)(3)ともに愛と死と生がテーマです。

(1)1970年代の作品。ドイツのギムナジウム(寄宿舎)での生活を舞台に,死んでしまった下級生をめぐるエピソードを舞台回しに,主人公の少年たちが無償の愛に気付くという話です(この説明では何のことかわからないと思いますので,とりあえず読んでください)。

(2)私たちが暮らす資本主義社会における未熟で暴力的な愛について,周辺に繰り広げられる大小の死を通じて語られます。作中,突如暗転し,ウィリアム・ギブスンの「The Beloved」の一説,「この街は悪疫のときにあって僕らの短い永遠を知っていた<中略>平坦な戦場で僕らが生き延びること」が掲げられるシーンは,未熟とは言えない私の心に今も棘を刺し続けています。

(3)名作「夕凪の街 桜の国」で原爆を描いた作者が,引き続き太平洋戦争下の広島そして呉の日々の生活を描く中で,一人の人間の愛と再生の物語を紡ぐものです。1945年夏,その地で何が起きたのかをすでに知っている私たち読者は,個人的で平凡な話が淡々と続く端々に悲しみを感じ取ります。逃れられない激しい運命をモノクロで体験した後,見開きいっぱいに広がる天然色の再生の物語……。上・中・下の3巻に分かれていますが,この作品は全巻一気に読むことをお薦めします。最後まで読み終わった後,下巻の表紙を再びじっくり見てください。呆然とします。

 発表された年代も舞台も作風も違いますが,どの作品もそれぞれの時代の代表作となっています。また,マンガという形態でしか表現し得ない傑作だと思います。始まる前には胸躍らせても,結局平凡に終わることが多いのが私たちの夏ですが,その間ひとときだけでも夏の魔物と出会う瞬間が訪れる,かもしれません。そんな夏の魔物に会えても,会えなくても,いろいろな出会いを通じて素敵な夏になることを願っています。


守屋章成(兵庫民医連家庭医療学センターアドバイザー)


(1)「攻殻機動隊」士郎正宗
(2)「蟲師」漆原友紀
(3)「勇午」真刈信二・赤名修


(1)近未来に人間の身体のすべてと脳の大部分が機械で置換可能になったという世界観で描かれている。映画「マトリックス」シリーズの原案ともなった。主役は身体と脳の一部を置換(それぞれ「義体」「電脳」)した日本の公安警察官の一団であり,犯罪抑止業務のために高度な機能を与えられながらも,ほとんどが機械に置換された己に根源的な疑問を抱いて苦悩する姿が描かれる。義体・電脳という突飛なギミックに現実感を持たせているのが「マイクロマシン」と称する神経組織とコンピュータチップを接続する極小機械の設定である。

 しかし,義体・電脳はもはや空想の産物ではなく,技術的には間もなく手が届くところまで来ている(参考:2005年放映NHKスペシャル「サイボーグ技術が人類を変える」)。これを踏まえて神経倫理学(脳神経倫理)という概念が誕生しており,近い将来にはわれわれ医師も個別の患者で神経倫理的検討を迫られる時代が来るかもしれない。それを先取り体感するだけでも本作品に接する意義がある。もちろんサイバーパンクとして極めて質の高い作品であり,また派生した映画・TVアニメはそれぞれ警察ドラマとして魅力に満ち溢れ,必見である。筆者は全コミック・DVDを所有し,繰り返し楽しんでいる。

(2)パラレルワールド的な前近代の日本を舞台に,「蟲」と称する「モノと生命の間に属する存在」が人体や自然に奇怪な現象を起こす,というコンセプトで描かれている。この作品が優れているのは,人が疾...

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