医学界新聞

インタビュー

2011.08.01

【interview】

“心の傷”にも応急処置を
「害を与えない」こころのケア,サイコロジカル・ファーストエイドとは

加藤寛氏(兵庫県こころのケアセンター副センター長・診療所長)に聞く


 災害や事故で心に傷を負った人たちへのケアの在り方は,長年模索され続けてきた。専門性の高い介入に限界が認められるなか,近年あらためて注目されているのが,サイコロジカル・ファーストエイドだ。「害を与えない」「悪化させないことで自然治癒を手助けする」と一見ごく当たり前のこの介入法が,従来の“常識”を覆し,パラダイムシフトとなる可能性を秘めている。

 加藤寛氏は,米国で2006年に発行されたマニュアルの翻訳を手がけ,今回その内容が『災害時のこころのケア――サイコロジカル・ファーストエイド 実施の手引き 原書第2版』(医学書院)として発行された。サイコロジカル・ファーストエイドの考え方を知ることで,災害時のこころのケアがどう変わるのか。加藤氏に話を聞いた。


“当たり前の配慮”こそが大切

――サイコロジカル・ファーストエイド(Psychological First Aid;PFA)とは,どのような概念なのでしょうか。

加藤 日本語で表せば,“心理学的応急処置”です。ケガに応急手当をするように,トラウマによって引き起こされるさまざまな初期反応を手当てしようという考え方で,「常識的かつ穏当に,被災者のニーズを把握する」「状況をそれ以上悪くせず,当事者が回復できる環境を整えていく」といったスタンスに基づいています。

――考え方そのものは,ごくスタンダードな印象を受けます。

加藤 そうですね。PFAという言葉も1950年代から存在しており,必ずしも新しい概念というわけではありません。阪神・淡路大震災時(95年)にバイブルとなった『災害の襲うとき』(ビヴァリー・ラファエル著,石丸正訳,みすず書房)の一節にも取り上げられています。

 しかし,常識的な内容であるが故に,その重要性は長らく認識されず,注目され始めたのはここ10年ほどです。それまではもっと専門的な技法にばかり,関心が集まっていました。

――どのような技法が注目されていたのでしょうか。

加藤 最も代表的なものは,心理学的デブリーフィング(Psychological debriefing)です。デブリーフィングは本来,過酷な災害救援活動から戻ってきた消防士や警察官の心の負担軽減のために行う集団療法的技法で,90年代には米国で広く普及していました。それを被災者にも応用しようという流れが生まれ,阪神・淡路大震災のときには私も含め,飛びついた人が多くいました。

――試してみて,いかがでしたか。

加藤 そもそも,こちらがそうした集団療法に慣れていなかったことに加え,被災者を集めていきなり「さあ,あなたの被災体験と,今つらいと思っていることを話してください」と言っても,皆ためらうばかりでしたね。

――日本人にはなじみにくいスタイルかもしれませんね。

加藤 ええ。その後,デブリーフィングはメタアナリシスでも効果が実証されず,むしろ場合によってはトラウマを悪化させるという研究結果も出ました。被災者の意図を尊重しない,画一的なデブリーフィングの実施には,欧米でも批判的な論調が強まっています。

 また,2001年の同時多発テロ事件のときには,認知行動療法を活用し,ある程度刺激に曝露することで,トラウマを軽減させる方法も検討されました。しかし治療環境が整っていなければ,逆にトラウマ悪化のリスクが高まります。また,被災者が何千人も溢れているなかでは,専門家がアウトリーチしてもできることは非常に限られる。結局,大災害において,個人を対象とした専門的な介入には限界があるという結論に至ったのです。

――そうした状況から,基本に立ち返るかたちで,PFAが見直されることになったのでしょうか。

加藤 そうです。実際,被災者にアプローチする際にも,専門的な介入よりむしろ,“当たり前の配慮”や“常識”を必要とされる場面が非常に多かったのです。そのことは,私たちも阪神・淡路大震災のときに実感しました。

――具体的にはどのようなことが求められていたのですか。

加藤 例えば,仮設住宅に住む高齢者のお金や住まいに関する手続きを代行するとか,蛍光灯を変えてあげるといった,生活の手助けとも呼べるような支援です。でも,そうしたことにも対応して初めて,専門的な支援も受け入れてもらえる余地が生まれるのです。

 できることが限られている災害時においては,「○○と△△ならできます」ではなく「被災者が求めることをします」という姿勢が,究極的には必要とされます。ですから,常識的な対応をしながら,被災者のニーズを見つけていくPFAこそが現実的な介入方法ではないかと,意見の一致をみるようになったのだと思います。

誰にとっても受け入れやすい手引き

――そうしたPFAの概念をまとめ,具体化したのが,米国で05年に第1版,翌年第2版が発行された『Psychological first aid; Field operations guide』ですね。

加藤 ええ。手引き作成の直接的なきっかけは同時多発テロ事件ですが,執筆の中心となったUCLAの研究者たちは,災害支援にずっとかかわり続けてきた人たちです。米国の自然災害は,中西部の竜巻地域のほかは環太平洋エリアの地震と山火事に集中しており,UCLAにはロマ・プリエタ地震(89年)やノースリッジ地震(94年)などの経験者も多くいます。そのため災害支援の経験も豊富ですし,研究も非常に盛んなのです。

――米国で生まれた手引きというと,「日本の風土に合わないのでは?」という疑問を持つ方もい...

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