医学界新聞

連載

2011.07.04

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第201回

アウトブレイク(15)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2933号よりつづく

前回までのあらすじ:「ワクチンに含まれる水銀系保存剤チメロサールが自閉症の原因」とする説が米国で広まるようになったのは1999年のことだった。


 1990年代の末,米国でチメロサールと自閉症の関係が大問題になったころ,ヨーロッパではMMRワクチンと自閉症の関係が大問題となっていた。

欧米で急増する麻疹患者

 折しも,2011年は欧米ともに麻疹の患者が激増,言葉は悪いが「当たり年」となってしまった観がある。米国の場合,1月1日以降5月20日までの患者報告数は118人。1996年以降,同期間での比較で最大の数字となっている。筆者が住むマサチューセッツ州でも5月26日時点での患者数は17人と,近年に例を見ない「大量」発生となっているが,麻疹は感染性が極めて強いこともあり,患者が発生するたびにテレビのローカルニュースで市民に警戒が呼びかけられる事態となっている。

 米国における患者の内訳を見たとき,46例が海外からの「輸入」例であり,輸入例からの二次感染を含めた「渡航関連感染」が105例(89%)を占めている。さらに,輸入例46例の輸入先は,ヨーロッパ・東南アジアの2地域がそれぞれ「20例」と,仲良く首位を分け合っている。

 さて,米国への最大輸出元のヨーロッパであるが,輸出元となるだけあって米国に輪をかけて麻疹患者が大量に発生する事態となっている。特に深刻なのがフランスで,3月末日時点で7321例の患者発生が報告されている。また,他の国々でも,4月末日時点で,スペイン657例,スイス390例,英国345例となっている(数字はEUVAC.NET集計)。

 欧米いずれの地域においても,患者はワクチン未接種者が大多数を占めているのだが,なぜヨーロッパで麻疹が近年大量発生するようになったかというと,その原因を作ったのは,1998年に発表されたある論文にあったと言われている。世界中で麻疹が大量発生するようになった原因を作った論文とは,いったい,どのようなものだったのだろうか?

MMRワクチンと自閉症に関する「ねつ造」論文

 1998年2月26日,ロンドン北西部に位置するロイヤル・フリー・ホスピタルにおいて,同病院の研究グループが発見した新たな小児「症候群」についての記者会見が開かれた。筆頭研究者は消化器病を専門とするアンドリュー・ウェイクフィールド医師(当時41歳)。自閉症などの行動障害と腸管の炎症性病変を合併する新たな病態が12人の小児で認められたことを報告したのだが,そのうち8人についてはこれらの病態が発現したのはMMRワクチン投与直後。同ワクチンがこの症候群の原因となっている可能性を示唆したのだった。

 記者会見は同グループの研究結果が『ランセット』誌(註1)で発表されるのとタイミングを合わせて設定されたものだったが,「MMRワクチンが自閉症の原因となっている」可能性を示唆する「衝撃的」な内容であっただけに,メディアは注目した。

 当然のことながら,記者会見での質問は「親は子どもに今後もMMRワクチンを受けさせるべきかどうか?」とする点に集中した。これに対して,ウェイクフィールドは現行ワクチンが危険である可能性に言及,「三種混合の形ではなく,単独型のワクチンに切り替えたほうが安全」とする説を開陳した。彼は,「三種混合ワクチンが異常な免疫反応を引き起こすことで腸管に炎症が起こり,その結果体内を循環するようになった何らかの炎症産物が神経組織に障害を与える」とする仮説の下,「単独型ワクチンにすれば腸管の炎症は起こらないはずだ」と主張したのだった。

 果たして,「MMRワクチンが自閉症の原因」である可能性を示唆する彼らの研究結果はセンセーショナルに報道され,MMRワクチンを忌避する親が急増する結果を招いた。それまで9割を超えていた英国のワクチン接種率が8割を切るようになってしまったのだが,ワクチン忌避は英国にとどまらず,ヨーロッパ中に広がった。その後,ウェイクフィールドの論文は「ねつ造」であったことが明らかとなったものの,ひとたび親の間に広まったワクチン不信を払拭することは難しく,接種率が回復しないまま麻疹患者が周期的に大量発生する事態が続いているのである(註2)。

 ところで,1998年2月の記者会見で,ウェイクフィールドは「三種混合は危険。単独型のほうが安全」とことさらに主張したが,単独型ワクチンをめぐって,彼が「利益相反」の立場にあったことを知る記者は一人もいなかった。ウェイクフィールドは,論文発表前年の1997年6月,単独型麻疹ワクチンの特許を申請,その使用が普及すれば莫大な財政的利得を得る立場にあったのである。

この項つづく

註1:Wakefield AJ,et al.Ileal-lymphoid-nodular hyperplasia, non-specific colitis, and pervasive developmental disorder in children. Lancet. 1998;351 (9103) : 637-41. (retracted on Feb 2, 2010)
註2:英国における接種率は回復傾向にあるものの,いまだに85%前後にとどまっている。

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