医学界新聞

2011.07.11

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


胃癌外科の歴史

高橋 孝 著
荒井 邦佳 執筆協力

《評 者》高橋 俊雄(東京都病院経営本部顧問・医師アカデミー運営委員長/都立駒込病院名誉院長/京府医大名誉教授)

著者の一貫した歴史観「まなざし」で綴られた比類なき外科歴史物語

 本書は,Billrothが1881年世界最初の胃癌切除に成功し,人体の消化管の連続性を離断し再建の可能性を初めて示した消化器外科最大の歴史的出来事から始まり,現在の胃癌の外科治療に至るまで,著者の歴史観「まなざし」で胃癌外科の歴史をたどった,他に類を見ない興味ある書であります。

 著者の胃癌外科に対する「まなざし」は主に胃癌のリンパ流,リンパ節郭清に注がれ,欧米でのMikulicz,Pólya,Navratil,Rouvièreらの業績,さらにわが国の三宅速,久留勝,梶谷鐶らによって確立された系統的胃癌リンパ節郭清について,膨大な文献を基に哲学的とも言える詳細な考察を行っています。しかも,本書は決して固い学術書ではなく,物語調で書かれた大変読みやすい歴史物語であり,胃癌外科の歴史を知らず知らずに教えてくれます。

 本書の著者・故高橋孝先生は,医学書院の『臨床外科』に2006-2007年に連載された「胃癌外科におけるリンパ節郭清の始まりとその展開」を基に,これに大幅に手を入れて単行本化を図るべく準備中でありましたが,残念ながら2009年5月ご逝去されてしまいました。先生から生前依頼を受けた荒井邦佳先生(現都保健医療公社豊島病院副院長)は,持ち前の几帳面さと緻密さで本文の記述の統一,文献の補完,調査,校正を行い,この度本書が刊行される運びとなりました。

 著者の高橋先生は,癌研の梶谷鐶先生の高弟として外科手術の達人であり,評者の前任地・都立駒込病院の外科部長としても立派な実績を残されております。生前,高橋先生と直接的な交流はありませんでしたが,先生は強い学問的探究心の持ち主であり,理論家であり,そして本書にもあるように,その理論を実際の外科臨床の第一線の現場で実践された臨床外科医であります。

 いま,胃癌の治療法は以前とは大きく様変わりしてはおりますが,ここまでたどり着くためには先達の並々ならぬ努力があったことを,私どもは知らねばなりません。本書は,これらの胃癌外科の歴史をわかりやすく教えてくれる良書として,かつてリンパ節郭清に明け暮れた外科医だけでなく,今後の外科臨床を担う若い外科医の方々にもぜひ読んでいただきたく,推薦したいと思います。

B5・頁280 定価9,450円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00902-7


プロメテウス解剖学アトラス コンパクト版

坂井 建雄 監訳
市村 浩一郎,澤井 直 訳

《評 者》埴原 恒彦(北里大教授・解剖学)

医学の第一歩,最も基本的な解剖学のルールを理解する一助に

 解剖学の初学者にとって,用語の暗記はいつも重くのしかかる。解剖学は暗記ではなく理解する学問であるという言葉は,教える側の常用句であるが,それ以前に基本的な解剖学用語は覚えておかなければ,理解の段階までいかないのである。ゲームでいえば,そのゲームが面白いか面白くないか,どうしたら勝てるのかなどを理解する前に,まずはルールを覚えなければ何も始まらない。ゲームであろうが勉強であろうが,それを理解し発展させるための第一歩は,多くの場合,砂を噛むような思いも伴う。

 解剖学は近代医学として最初に確立され,ヴェサリウス以降400年以上にわたり蓄積されてきた知識体系があり,したがって,その用語も膨大な量である。初めて解剖学を学ぶ医学生の多くはその量の多さに圧倒され,最初から消化不良を起こす。分厚い,何分冊かの解剖の教科書,アトラス,あるいは解剖学用語といった本を前に,医学生が何から手を付けたらよいのか呆然としてしまうのは,むしろ当たり前であろう。

 さて,『プロメテウス解剖学アトラス コンパクト版』はそんな医学生にとって救いの1冊であるかもしれない。まずは見開きのページの左にはわかりやすいイラスト,右には用語と数行の読みやすい解説(特に重要なものについてはQ & Aによる問題提起型解説や,臨床的な重要性についての解説が適宜付されている)で構成され,さらに,ページごとの用語数が多くても10語程度という,感覚的にも,また実質的にも消化不良を起こさない量で,しかも重要な用語をしっかりと押さえている。

 また,日本語と英語が同時に表記されており,すぐに対応させることができる。ここ数年,医師国家試験には数問,基本的な解剖学用語の英語表記が出題されており,今の医学生にとって,英語あるいはラテン語でも解剖学用語を理解することは必須であるが,本書はこのような点でも非常に使い勝手がよい。

 かつて,理論,またはごく一部の科学者による研究領域にとどまっていた免疫学,遺伝学,生物化学をはじめとする生命諸科学が,昨今急速な勢いで膨大な成果を上げ,それらの知識と応用技術が今日の医学,医療を支えているといっても過言ではない。科学知識は,その宿命として過去の遺産に何物かを付け加えながら常に階段を上り続ける。新しい知識,技術を研究・教育することは大学の使命であり,それをいち早く学ぶことは大学生の権利でもあるが,同時に課題でもある。

 今日の医学生が勉強しなければならない科学知識の量の多さは,十数年前と比較すらできないであろう。このような中で,医学生が最も基本的な解剖学の知識を最も要領よく,短時間で身につけることのできる参考書として,本書を推薦したい。

B6・頁816 定価4,725円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01126-6


細胞診を学ぶ人のために 第5版

坂本 穆彦 編

《評 者》畠山 重春(日本細胞診断学推進協会細胞検査士会・会長/サイパソリサーチセンター代表取締役)

細胞診を学ぶ“最初の一歩”として,細胞の見方を“再確認”するのに最良の書

 『細胞診を学ぶ人のために 第5版』〈通称“学ぶ君”〉が,初版の発売された1990年からおよそ21年目となる今年,刊行された。本書は20年以上続くロングセラーである。約20年の間に何人の細胞診をめざす技師,医師が“学ぶ君”の世話になったのであろうか。

 この第5版では新たな執筆陣も多く加わり,まさに時代の流れとともに細胞診への応用範囲が多岐にわたることを裏付ける陣容となっている。目次を見て,細胞診の概論(第1章)に始まり,細胞の基本構造,基礎組織学,病理組織学分野と続き,その後の標本作製法や染色法,顕微鏡操作法,およびスクリーニング技術までの総論部分すべてが,細胞検査士ではなく細胞診専門医が執筆担当していることにふと気付いた。これには若干の戸惑いを覚えたが,興味を引いたのは免疫染色の記述である。細胞診においても免疫染色の応用が不可欠になっている現状に対応し,抗体の入手と保存に関する注意までが細やかに記され,免疫染色を試みる初心者の陥りやすい基本的事項までもが簡潔に記載されている。細胞検査士資格認定試験,あるいは細胞診専門医試験に挑む者にとっては確かに“学ぶ君”である。

 一方,婦人科領域の細胞診(第9章)から,呼吸器,消化器,泌尿・生殖器,乳腺・甲状腺,体腔液・脳脊髄液,非上皮性組織の細胞診(第15章)までの細胞診断学各論はすべて現役の細胞検査士によって執筆されているのには驚きとともに,一人の細胞検査士として誇りを感じた。編集者の坂本穆彦先生が,第一線で細胞を見ている細胞検査士を,いかに高く評価されているかを垣間見たような印象である。

 また,本書は実際の細胞写真も多いが,初学者の理解を深めるためであろう細胞の特徴を表現した説明図がこの第5版からはカラー化され随所で示されていることからも,執筆者の思い入れが伝わってくる。

 婦人科頸部細胞診ではベセスダシステムが一般化の兆しを見せている今日,初めて本格的に細胞診を勉強する人向けの教科書として,本書の果たす役割,その責任も重いと思うが,実に理解しやすく詳細かつ簡略に解説され,重責を見事に果たしている。

 本書後半の各論部分を執筆している技師は,全員が癌専門病院において現場の第一線で活躍する“細胞を読むエキスパート”であるのみならず,自ら研究をも行い,さらに細胞検査士養成のための教育にも携わっているプロ中のプロ集団である。この執筆陣の支えによって,簡略表現にもかかわらず奥深さを感じさせ,他の追随を許さない内容構成になっているものと確信できる。

 細胞検査士をめざす技師,学生のみならず,細胞診専門医を志す医師にとっても,細胞診とは何かということを理解する上で最初の一歩を踏み出すきっかけになる本として,自信を持ってお薦めできる教材である。同時に,ベテラン技師,専門医にとっては,新しい表現,細胞の見方を再確認する参考書としても有用な,価値ある一冊としてぜひとも手元に置いて日々活用されることを望む次第である。

B5・頁392 定価10,290円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01185-3


消化管造影ベスト・テクニック 第2版

齋田 幸久,角田 博子 著

《評 者》角谷 眞澄(信州大教授・画像医学)

鮮明な写真と的確なシェーマにより,消化管造影手技の1つ1つが根拠をもって示される

 2011年4月に発行された,齋田幸久先生と角田博子先生による『消化管造影ベスト・テクニック 第2版』を手にしている。A5判の115ページから成る消化管造影テクニックの指南書である。

 本書は,「上部消化管の造影検査」「注腸造影」「咽頭食道造影」および「小腸の造影検査」で構成されている。本書には102点の図が掲載されているが,過半数の56点が実際の造影写真である。そして実に45点がシェーマである。ハンディなサイズであるため造影写真は小さくなっているが,それでも読影できるほど極めて鮮明だ。シェーマも秀逸で,解説文とともに,難しい消化管造影手技の理解を大いに助けてくれる本書の重要なコンテンツになっている。テクニックの会得に眉間にしわが寄ってしまいそうな箇所には,角田先生作とおぼしき,撮影体位を表す的確なイラストが配置されている。かわいい挿入図に,思わず癒されるのは私だけではないだろう。

 各ページの図に対しては,検査手技の記述が左側に配置され,そのテクニックのポイントが右側に記載されている。左サイドの解説のみなら通常のマニュアル本と大差はないが,右側の教えがこの本の神髄といえる。「検査のコツ」に加え,「なぜそうすべきか」という理由が端的に書かれている。筆者の指導者としての本領がうかがえる。

 第2版では,さらに理解しやすいよう解説文に配慮が加えられている。初版の記述の中から特に記憶にとどめて欲しい箇所が,「消化管造影の10原則」あるいは「一口メモ」として,囲み記事に修正されている。「消化管造影の10原則」は,遠い昔の,これだけは身につけるべき「鉄則」を思い出させる。さらに,20か所の「一口メモ」には,マニュアル本の域を超えた,かゆいところに手が届くコメントが満載である。

 筆者の齋田先生とは,腹部放射線医学を専門とする放射線科医として旧知の間柄であるが,この10年は学問に加え,サッカーを通じても親交を深めてきた。ゲームでは年功序列の暗黙のルールで,2人でツートップを組んだりするが,プレースタイルが全く違う。私は,がむしゃらにピッチを走りまわり,体力で勝負するタイプである。一方,齋田先生の背筋をピンと伸ばした走りは,とても綺麗で無駄がない。厳しい局面でも,仲間への正確なパスと的確な一言で,素早く打開する。そして,「ここぞ」というときに,確実にゴールをゲットする。長く培った豊富な経験で,サッカーを論破しているプレースタイルだ。本書の中に,ピッチを駆ける齋田先生の姿そのものが随所にみてとれた。

 本書は,消化管造影にかかわる者にとっては必携である。これから検査手技を学ぼうとする若い臨床医や放射線技師の皆さんには,特にお薦めである。既に消化管造影に携わっている方々にも,気になる検査手技の再確認に最適である。

 本書を手にすれば,今なお現役の名プレーヤーが,その極意をいつでも教えてくれるのだ。ぜひとも携帯して,素晴らしいテクニックを繰り返し学び取っていただきたい。

A5・頁128 定価5,040円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01188-4


病院内/免疫不全関連感染症診療の考え方と進め方
IDATEN感染症セミナー

IDATENセミナーテキスト編集委員会 編

《評 者》松村 正巳(金沢大医学教育研究センター リウマチ・膠原病内科)

病院内/免疫不全関連感染症の最善の指南書

 IDATEN(Infectious Diseases Association for Teaching and Education in Nippon)こと日本感染症教育研究会から『病院内/免疫不全関連感染症診療の考え方と進め方』が出版された。待ち望まれた内容が記述・編集され,時宜を得た出版である。

 医学の進歩は著しく,この四半世紀を検証しても,特に治療における恩恵には目を見張るものがある。腫瘍性疾患,自己免疫性疾患,移植医療,クリティカルケアにおいて,以前には想像もできなかった病態の改善が得られている。しかし,この恩恵の背後には,時に想定していなかった新たな病態が潜んでいることがある。新薬の副作用,そして感染症,特に病院内/免疫不全関連感染症である。これは医学の進歩に常に付きまとう普遍的な現象ともいえよう。

 病院内/免疫不全関連感染症は,経験のある医師にとっても手強い相手である。なぜだろう。病院内感染症は本来起こるべきでない病態であり,時に想定外の事件として突然に訪れる。基本的なアプローチが理解され,実施されないと正しい診断・治療が難しい。免疫不全関連感染症が大きな障壁となり,われわれの前に立ちはだかる理由は,診断が容易でないこと,エンピリックに治療を開始せざるを得ないこと,治療薬の副作用が多く,時に重篤ですらあることによる。確定診断のために気管支鏡などの侵襲的な検査を要することがある。診断に至らないこともまれではなく,薬剤の副作用が発現したときに,それを承知で最善の治療を継続できるかという重い課題を背負う。初学者の目には,道筋が見えない難題として映り,経験を積んだ医師にとってもストレスがかかる。

 本書ではこれらの困難な課題に対し,極めて系統的なアプローチが示される。「内科病棟での発熱へのアプローチ」「肝硬変患者の発熱へのアプローチ」「免疫不全者の肺感染症へのアプローチ」など,われわれが日々遭遇する具体例が呈示され,おのおのへの対応が記述される。そして,読み進むうちに各論の根底を貫く法則に気付く。それは,(1)患者背景,(2)感染臓器,(3)原因微生物,(4)抗菌薬,(5)最終的な治療方針という感染症診療の基本原則である。彷徨しているときは,実はこの基本原則に沿っていないことが少なくない。

 病院内/免疫不全関連感染症診療は,もはや三次医療機関に限られたものではない。プライマリ・ケアにおいても経験される。繰り返すが,病院内/免疫不全関連感染症は手ごわい。時の経過とともに病態の解釈・治療の変遷も観察されてきた。本書が多くの医療者にとって,現時点における最善の指南書となり,病を患う人の守護神になることを願う。

B5・頁328 定価5,250円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01244-7


標準産科婦人科学 第4版

岡井 崇,綾部 琢哉 編

《評 者》吉村 泰典(慶大教授・産婦人科学)

揺るぎない産婦人科学教科書

 われわれが専攻する産婦人科学は,生殖医学,周産期医学,婦人科腫瘍学,さらには女性のプライマリ・ケアのそれぞれの専門分化が推奨されるほどその範囲は広く,女性の生涯を通じてその健康に奉仕する女性医学としての性格を有するようになってきている。どの学問においても分化と統合は常に必要であり,教育においては方法論的に産科学そして婦人科学として器官別に細分化して論ずるよりは,産婦人科学は女性の生態学,病態学として大きくとらえられるべきである。

 医学教育における教科書の重要性は贅言を要しない。これまで数多くの優れた産婦人科学の教本が上梓されているが,最近では医学生諸君にほとんど使用されることがなくなり,知識は電子媒体や簡素化された冊子体より得られることが多くなっている。卒前教育で重視すべきことは,体系化されたスタンダードな知識を包括的に理解させることにある。その基準となるのは医師国家試験出題基準であるが,基準にかなった断片的な知識の蓄積だけでは産婦人科学の奥深さや魅力は到底理解できない。

 『標準産科婦人科学』は,1994年に初版が発刊され,爾来17年間にわたり,産婦人科学の代表的な教科書として揺るぎない評価を受けている。今回の改訂においては産婦人科学のコアとなる普遍的知識に加えて,日進月歩する産婦人科医療を鑑み,医学生にとって必要な新知見もふんだんに取り上げられている。しかもこれまでの本書の伝統ともいえる産科婦人科学の基本が系統的に記述されており,各分野の病態生理の包括的理解を容易にし,かつ医療の実践に向けての問題解決能力の陶冶に資するよう意を尽くされている。岡井崇教授と綾部琢哉教授の医学教育に対するphilosophyが体感できる素晴らしい教本であり,医学生にとってまさに必読の書である。

B5・頁648 定価8,610円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01127-3


神経内科ハンドブック 第4版
鑑別診断と治療

水野 美邦 編

《評 者》高橋 良輔(京大大学院教授・臨床神経学)

ベッドサイドでも使いやすい実践的な教科書

 神経内科ハンドブックの初版は1987年4月に発行された。ちょうど私は卒後5年目で神経内科専門医(当時は認定医)試験受験の直前であった。コンパクトでありながら,読みやすい文章で多くの情報が無駄なく偏りなく取り上げられており,短時日で読みとおしてしまった。試験に役立ったのは言うまでもないが,それよりもベッドサイドでこれほど実践的な教科書はこれまでなかったのではないかという強い印象を受けた。

 最も目を瞠ったのは,編集者の水野美邦先生ご自身が執筆され,第4版でもそのエッセンスは変わっていない「神経学的診察法」と「局所診断」の項目であった。臨床に有用な神経解剖・神経生理の記載が充実しているだけでなく,初心者にやさしく語りかけるようなアドバイスも書き込まれている。

 例えば「局所診断」の章の最初に掲げられている「経験者は複雑な症候の患者を見ても,すぐどの辺りに障害があるか見当がつくが,初心者は末梢から順に考えていくとよい」という金言は,後に水野先生の病棟回診を見学する機会を得て,難しい症例に関しては水野先生ご自身がその通り実践されているのを目の当たりにすることができた。

 初版の序文に書かれている「卒業後比較的年月が浅く,熱意に燃えて臨床研修を行っている方々に読んでいただきたい」という意図は十分達せられ,多くの読者の支持を得て版を重ね,このたびの第4版発行に至った。第4版から新規に追加された点を列挙してみると,3章「症候から鑑別診断へ」に,「3.睡眠障害」「16.排尿・排便障害,性機能障害」を追加,5章「診断と治療」の「5.炎症性疾患」を「6.感染症疾患」「7.自己免疫性疾患」に分割,「15.神経筋接合部疾患」を「13.筋疾患」から独立させてある。また6章「基本的治療法・手技」に,「4.公的支援制度」を新しく設けてあり,わが国の神経内科医が患者の助けになる上で必要な基本事項はすべて盛り込まれていると言ってよい。

 全般的な特徴を述べてみると,順天堂大学脳神経内科のスタッフを中心にさまざまな領域の専門家が執筆者に名を連ねており,どの各論にも最新の知見に基づいた充実した記載が心掛けられている。神経学の基本的診察から症候学,病理・電気生理学・分子病態,治療などあらゆる事項を網羅する教科書は類書がない。また索引が充実しているため辞書的に用いることが容易で,日々の臨床で生じた疑問をすぐに解決できる。

 さらに進んだ知識を得るために足掛かりとなる,参考文献情報もアップデートされており豊富である。日常診療に用いる場合,目の前の患者の症候学から鑑別診断を本書で調べ,詳細な検査を追加し,また,診断がついた後は本書に従い治療を行うことも可能なほど詳細な記載がある。

 MerrittやAdamsの教科書に匹敵するほどの充実した内容がありながら,それがコンパクトな記載でハンドブックの形態に収められているのも,ベッドサイドで使いやすいように,との配慮であろう。ただ,版を重ねるにつれ,持ち運ぶには少々重くなっているので,私はオフィスと自宅に一冊ずつ置いて,いつでも参照できるようにしている。すでにわが国の標準的な教科書の地位を確立した本書であるが,これからも多くの若者が本書によって優れた神経内科医に育ってくれることを願う。

A5・頁1312 定価14,175円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00874-7


標準整形外科学 第11版

内田 淳正 監修
中村 利孝,松野 丈夫,井樋 栄二,馬場 久敏 編

《評 者》松山 幸弘(浜松医大教授・整形外科学)

充実の改訂内容:「痛みの生理学」は必読!

 私が学生であったころ,『標準整形外科学』は第2版であった。当時の表紙は茶色のレザーに似せたビニール表紙で,第3版まではこの茶色表紙が継続し(~1989年ころ),第4版(1990年発行)以降は青に黄色,そしてこの第11版は白地に赤いリボンのいでたちとなった。監修をされた内田淳正先生はこの表紙を「清潔感の中に医療への熱い情熱を感じさせるもの」と表現された。まさにその表現がふさわしい表紙であり,また内容もそのとおりとなっている。

 肝心の内容の,主な改訂点としてまず注目したのは「痛みの生理学」という章が第I編の「整形外科の基礎科学」に追加されたことである。

 患者さんは痛み,とりわけ難治性の痛みに悩まされることがあるが,運動器と痛みは切り離せない関係であるにもかかわらず目を伏せてきた感がある。近年この痛みに対する注目度が増し,難治性疼痛に対する治療概念に変化がみられる。本書ではこの痛みの生理学,そして治療学が実にわかりやすく解説されている。まさにタイムリーな章であり,難治性・神経障害性の痛みに対するアプローチには必読といえよう。

 さらに第I編の「整形外科の基礎科学」から第VIII編の「リハビリテーション」までの冒頭にそれぞれ構成マップが追加された。このマップは自分が調べたい内容がどこにあるか一目にしてわかる便利なものとなっており,特筆すべき工夫である。絶賛である。また,腫瘍は骨腫瘍と軟部腫瘍とに分けて章が設けられているなど,本書の章の総数は多くなっているが,内容はより充実したものとなっている。

 これはすべての章についていえることであるが,今回の改訂版では最新の治療が盛り込まれ,さらにその説明には多くのカラー写真がふんだんに使用されており理解しやすい構成となっている。その結果として総ページ数は第10版より100ページほど多くなっている。持ち運びには少し不便ではあるが,内容の充実度を考えれば十分許容できる。

 この『標準整形外科学』は初版以来,学生や卒後研修医などの読者に「わかりやすく,考える整形外科学」を提供することに重点が置かれてきたが,整形外科専門医試験作成において一番信頼のおける参考資料としても使用されている。

 私自身,専門分野以外での疾患についての理解にはよく使用させていただいている。とにかく写真が多くわかりやすいのが特徴だ。

 これから整形外科を学ぼうとする学生諸君,卒後研修医,そして専門医試験を受けようとされている方にぜひ購入をお薦めする書籍である。

B5・頁1052 定価9,870円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01070-2


誰も教えてくれなかった
血算の読み方・考え方

岡田 定 著

《評 者》神田 善伸(自治医大さいたま医療センター教授・血液科)

血算の読み方・考え方をマスターするための最短コース

 岡田定先生が執筆された『誰も教えてくれなかった血算の読み方・考え方』が届いた。岡田先生といえば,学生・レジデントの人気No. 1である聖路加国際病院で内科統括部長・血液内科部長として活躍され,教育に熱心であることでも有名で,数多くの教育的著書を執筆・編集されている。特に『内科レジデントアトラス』は今,私の目の前の本棚のすぐ手が届くところに並んでいる。「血算」だけをテーマに一冊の書籍にまとめ上げたという本書にもおのずと期待が高まる。

 血液の疾患というと,難しい,怖い,という印象が先行し,専門医以外からは敬遠されがちである。日常診療においても,白血球が少ない,ヘモグロビン値が低い,血小板が少ない,ということだけで,自分でしっかりと考察することなく即座に専門医に紹介されてくることが多い。もちろん,重篤な疾患が潜んでいる可能性があるので,診断に自信がない場合に専門医に紹介することは重要であるが,実際にはこれらの多くは少し考えれば自分自身で診断にたどりつくことができるものである。教科書に書かれていることをしっかりと読めば,初期対応としての鑑別診断は容易に実施できる。しかし,インターネット全盛の時代において,分厚い文字だらけの教科書を読み解くことは簡単ではないのかもしれない。

 書籍全般の売り上げが低下しているインターネット時代においても,本書は,血算の読み方・考え方をマスターするための最短コースとなることであろう。既存の書籍との違いは明確である。これまでにも血算の異常に対してどのように対応すべきか,ということは多くの書籍に記述されてきたが,それらは一冊の書籍のごく一部分として記載されたにすぎない。2011年4月28日現在,Amazonのホームページで「血算」のキーワードで検索を行うと,当然のごとく本書が1番に表示され,以下,書名に「血算」の二文字が含まれるものは一冊もない。そして,何よりもの特徴は,さまざまな血算の異常のパターンに対して「スーパールール」という血算の読み方の原則についての紹介があり,それに続いて多数の実際の症例に基づいて診断までの思考過程を1ステップずつ丁寧に解説している点である。その後,もう一度,「ワンポイントレッスン」「基本ルール」で確認する。予習,復習がワンセットになり,いや応なしに血算の読み方・考え方が頭にたたき込まれる。図表が多く,読み続けることになんら苦痛を感じさせない配慮もありがたい。「脱水」のワンポイントイメージとして用いられている砂漠のらくだの写真は岡田先生がご自身で撮影されたものだろうか? 機会があれば伺ってみたい。

 ところどころに診療現場での逸話を紹介する「ちょっと休憩」というコーナーも挿入されている。「Paraneoplastic love」なんて,タイトルだけで引き込まれてしまうではないか。このように,医学書というだけでなく,一般文芸書のような感覚で,一冊の読み物として楽しむこともできるのである。そうして最後まで読み終えると,こう感じるはずだ。

 「なんだ,血算って簡単じゃん。」
 私だけでしょうか?
 いいえ,誰でも。

B5・頁200 定価4,200円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01325-3


とことん症例から学ぶ感染症
Infectious Disease : Clinical Cases Uncovered

木村 哲,四柳 宏 監訳

《評 者》青木 眞(サクラ精機学術顧問・感染症コンサルタント)

Pearlの詰まった好著

 著者は全員,英国の医師たちである。そのためか,病歴や身体所見を重視するなど診療のスタイルがよりオーソドックスであり,予防医学,疫学的な視野も広く,筆者としても非常に好感を持った。当初,初学者向けの本ということで軽く“斜め読み”していくつもりであったが,あまりに臨床感染症学的にも教育的にも優れた内容であったため,途中まで読んでから引き返し,最初から丁寧に読み直した。読み飛ばしてしまったかもしれないPearlが惜しくなったのである。

 筆者は各地で症例検討会をして生活をしているが,その内実は,原著のタイトル“Infectious Disease : Clinical Cases Uncovered”にあるごとく,正解の知らされてない症例の蓋を少しずつ開けていくプロセスの共有である。本書は極めてCommonな疾患を扱いながら,読者に各臨床像,病態にマッチした病歴,身体所見,検査を考えさせつつ,少しずつ疾患の正体を明らかにしていく。これだけであれば単なる症例集のようであるが,本書では極めて日常的な臨床状況の中で熟練・熟達の医師しか説けない,しかし誰もが知っておきたいPearlや本質が披露されているのである。その意味では,医学生・研修医はもちろんのこと,感染症に興味のある指導医クラスの先生方にもお薦めである。

 ここに一部を紹介しよう。

[臨床的なPearl]
・髄膜炎菌感染症のように非常に速く進行する皮疹は患者がその存在に気付かないことがある。
・肺炎球菌やマイコプラスマによる髄膜炎では,これらの微生物がもともと肺炎を起こす微生物であるため,胸部写真の検討が重要である。
・体温は,38℃以上はもちろんのこと,35.5℃以下であれば感染症を疑う(“感染症診療の原則”!!)。
・インフルエンザの症例にいちいち検査を行うな。さもないと検査室がすぐにパンクしてしまう。検査結果が診療内容に影響を与えることもほとんどない。アセトアミノフェンの投与で十分である(そのとおり!!)。
・検体を送ったら検査室に連絡し,「検体が行くことを伝え,結果がいつ出るかを確認しよう」(場合によっては検体の扱いに特別な注意が必要なこともあろう)。
・簡単に言えば,ICUにおける敗血症の診療とは,機能不全に陥っている臓器・組織の補助をしながら感染巣を治療すること。
・腸チフスは咳が出て,便秘をする。

[疫学的なPearl]
・パルボウイルスB19の症例から:患者本人の診療だけに満足せず,周囲の家族,友人などの状況に気を配ることも重要。患者は比較的健康な症例でも,家族の訪問者に妊婦がいたりすれば注意が必要である。その妊婦には何もなくても胎児に貧血が生じ,場合によっては子宮内輸血が必要になるかもしれない。
 このほか,症例集の前に置かれている「感染症の検査室診断」「抗微生物化学療法」「感染と免疫」の章にも,臨床的なPearlや逸話がさりげなく目白押しである。例えば,
・真菌の同定には細菌のそれよりも形態が重要である。
・MICと感受性は異なる概念である。前者はin vitroの現象。後者は臨床的な有効性も考慮した概念。
・シプロフロキサシンは数少ない経口の抗緑膿菌薬。
・心内膜炎の診断基準Duke criteriaは,著名な循環器医師がいないDuke大学で学生などのチームにより作成された。

 こなれた読みやすい日本語訳など,まだまだ紹介したいことはあるが,残念ながら,紙面の関係でこれ以上はできない。実際に手に取り熟読されることをお薦めする。このような感染症診療の原点に立ち戻らせる優れた視点を持った本を,発掘し翻訳することを考えた先生方に敬意を表し,一人でも多くの読者が得られることを望むものである。

B5変型・頁180 定価3,990円(税5%込)MEDSI
http://www.medsi.co.jp/

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