医学界新聞

2011.06.13

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


プロメテウス解剖学アトラス コンパクト版

坂井 建雄 監訳
市村 浩一郎,澤井 直 訳

《評 者》依藤 宏(群馬大大学院教授・機能形態学)

医学生必修の解剖図を凝縮したアトラス

 解剖実習は医学生が専門課程に進学して最初に突き当たる一大関門である。集中力を要求される剖出作業,剖出した多数の構造に付けられた見慣れない名称の暗記。そこには,電車の中でよく見かける,高校生が教科書の単語をマーカーで塗り,その上に反対色の透明シートをかけて単語を隠し覚えるといった方法ではこなしきれない質的に異なる勉強法が要求される。すなわち解剖学では,というより専門課程の科目では,すべて必要事項の重要度のランク付けを行い,その重要度の高いものを押さえた上で,徐々に重要度の落ちるものへと手を広げていくという勉強法が必要なのである。

 今回,解剖実習で医学生が押さえておくべき解剖図を集めた図譜が出版された。それがこの『プロメテウス解剖学アトラス コンパクト版』である。この本の図はコンピューターグラフィックスによる美しい図譜として多くの医療関係者にインパクトを与えた『プロメテウス解剖学アトラス』のシリーズの1冊『コア アトラス』から選んだものである。学生の勉学用にカード式として出版された原書を,監訳者が長年の教育者としての見識を基に,本来のカードにはなかった工夫を随所に盛り込んで書物の形としている。

 この本の特長を挙げてみると,(1)単行本になったことで,カードのようにバラバラになることもなく,部位別の各図に容易に到達できる。このことは学生が実習と並行して復習あるいは試験勉強する際に役に立つ。(2)見開きで左に図,右に解答の和名および英名が併記されている。カードのように解答を確認するのに毎回裏返す必要がなく,また英名も併記されていることで積極的に医学用語を英語で覚えていこうとする学生にとって,図,和名,英名の対比,対照が容易に行える。(3)図・解答の下に関連問題とその解答や解説,臨床関連事項が記載されていて,単なる図と用語の対比に終わる図譜ではない。(4)英文・和文の索引が付いている。この索引が付いたことで,この本が単に暗記用に終わることなく,辞書,参考書として活用することが可能となっている。(5)『プロメテウス解剖学コア アトラス』の対比頁・図番号が各頁に付されている。これにより,さらに詳しい周辺構造を確認したい場合や詳しい説明が欲しいときに容易にその情報にたどり着ける。すなわち,いちいち別の本の目次や索引に当たって調べるという手間をかける必要がない。

 このように,このアトラスは学生にとってまさに至れり尽くせりで,評者も学生のころにこのような本があればと思わずにはいられないような本である。値段がもう少し低価格であれば一層多くの医学生に活用されるのではないかという点が少し残念だが,このような良質の本が加わったことは医学生にとっての朗報である。学生諸君はぜひこの本を大いに活用し,解剖の関門を突破する一助としていただきたい。

B6・頁816 定価4,725円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01126-6


《標準言語聴覚障害学》
聴覚障害学

藤田 郁代 シリーズ監修
中村 公枝,城間 将江,鈴木 恵子 編

《評 者》大沼 直紀(東大先端研客員教授/前 筑波技術大学長)

待望の標準的「聴覚障害学」のテキスト

 聴覚にかかわる問題は人の一生を通じて扱われる。特に近年は"聞こえのバリアフリー"を必要とする二つの世代ピークがある。一つは加齢による聞こえの不自由さに悩み,周囲とのコミュニケーションに困難を感じる高齢者。もう一つは,新生児聴覚スクリーニングにより早期に難聴が発見されるようになった聴覚障害幼児とその家族である。

 世界では言語聴覚障害にかかわる"ST"と"Audiologist"の資格や専門領域が独自に定められているのが一般的であるが,日本では「言語士」と「聴覚士」のどちらをも合わせた「言語聴覚士」として広範な専門性を身につけなければならない。かねてから,オーディオロジーに詳しい「言語聴覚士」の養成が質量ともに遅れがちなことを私は心配していた。

 補聴器フィッティング理論の基礎をつくり"Father of Audiology"と呼ばれたカーハート博士(Raymond Carhart, 1912-1975)が,米国ノースウエスタン大学に初の「オーディオロジー学科」を設置したのは1946年のことである。その後,20世紀後半には欧米先進国ではAudiologist制度が確立され,専門家を育てるための多くの成書が出版された。

 なかでも耳鼻科医やAudiologistの必読教科書として世界中で読まれた名著の一つが,CID(Central Institute for the Deaf;ワシントン大学医学部附属中央聾研究所)のハロウェル・デービス博士とリチャード・シルバーマン博士の編著による"Hearing and Deafness"である。版を重ね,その第4版は1980年に出版された。

 当時の日本にはオーディオロジーの専門書がほとんどなかったので,CID留学仲間の数名の研究者が集まりこの第4版を翻訳することになった。原本名の"Hearing and Deafness"を何と訳したらよいか議論するなかで,私が"聴覚障害学"という訳語を提案し,ある医学出版社から訳本『聴覚障害学』が刊行された。これが「聴覚障害学」の用語が活字となって広まるきっかけとなったわけである。

 本書は聴覚障害乳幼児から高齢難聴者まで,生涯にわたる聞こえの補償と支援を行う専門家(言語聴覚士や補聴器相談医に限らず,教育オーディオロジー担当教師,認定補聴器技能者,情報保障支援者など)になるための内容が充実している。最新の理論・技術を紹介する「Topics」や,先駆的な試み・知見・展望を解説する「Column」は臨床家や研究者にとっても有用である。

 章ごとの知識を整理させてくれる「Key Point」は言語聴覚士を志す学生に役立つであろう。特にページの要所に配置されている多くの「Side Memo」が専門用語の理解を助けてくれる。これらの「Side Memo」を集めただけでも新しい「聴覚障害学の用語辞典」となりそうでうれしい。

 日本で初めての多チャンネル人工内耳手術が行われてから25周年に当たる今,標準的「聴覚障害学」のテキストが世に出たことは意義が深い。私にとっても"Hearing and Deafness"(第4版,「聴覚障害学」)以来,待ち望んでいた教科書といえる。

B5・頁368 定価5,460円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00993-5


《神経心理学コレクション》
脳を繙く
歴史でみる認知神経科学

M. R. Bennett,P. M. S. Hacker 著
河村 満 訳
山鳥 重,河村 満,池田 学 シリーズ編集

《評 者》村井 俊哉(京大教授・精神医学)

こんな本を読みたかった!

 「こんな本は読んだことがありません」と,訳者の河村満教授は序文で述べています。私もまったく同意見ですが,さらに「こんな本を読みたかった!」と付け加えたいと思います。

 原書タイトルの"History of Cognitive Neuroscience"や,目次を眺めただけでは,認知神経科学の主要な発展が網羅的に整理されている百科事典的な書物を想像してしまいそうになります。そんな本ならおそらくほかにいくつも出版されているでしょう。本書も確かに情報量は豊富ですが,アンソニー・ケニーのまえがきにも記されているように,この本の狙いは,網羅的知識の提供とはまったく別のところにあります。

 本書では,認知神経科学の歴史上の主要な業績・仮説が順に紹介されていきますが,そのような業績に対する賛否両論の併記という穏便な方法をとらず,本書の著者,マックス・ベネットとピーター・ハッカーは,何らの遠慮・躊躇もなく,古今の学説の矛盾点を批判していきます。どうして彼らにそのような思い切ったことができたのでしょうか?

 それは著者らが,明晰で一貫した「概念分析」という方法論に立脚し,その統一的視点で,本書を書き上げたからなのです。彼らの方法は,分析哲学の文献になじみのない読者にとっては,最初は何をめざしているのかわかりにくいかもしれません。しかし,著者らが立脚している方法は,哲学についての特別な知識を必要としない,筋道立ったものの考え方です。論理的にものごとを考える力と,論理的にものごとを考えることを楽しめる知的センスを備えた読者であれば,しばらく読み進めるうちに著者らの視点を共有し,最後には,この本で最も難解な最終章の議論にもつい...

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