医学界新聞

寄稿

2011.06.13

interview

葛西龍樹氏(福島医大教授・家庭医療学)に聞く


【関連記事もご参照ください】

 福島医大の地域・家庭医療学講座では4月23日,月例のFaMReF(Family Medicine Resident Forum)を開催した。3月は震災後の地域医療支援を優先して5年前の講座開設後初めて中止になっており,久々の再会である。黙とうで始まった2か月ぶりのFaMReFは,「震災を語る」をテーマに講座員が各地での災害支援活動を報告した。教授の葛西龍樹氏に感想を聞いた。

――今回のFaMReFで各講座員からの活動報告を聞いて,いかがでしたか。

葛西 私たちの講座の研修拠点は学内だけでなく,被害の大きかった相馬市やいわき市を含め県内全域に広がっています。被災状況も活動も多様でしたが,皆よくやってくれました。

――プライマリ・ケアのリーダーになろう,という葛西先生から講座員への呼びかけが印象的でした。

葛西 例えば震災後,公立病院の看護師が市役所の保健師と一緒に地域を巡回する取り組みが始まっています。それまでは行政と公立病院の連携は難しかったようですが,地域の健康づくりに必要な枠組みを私から提案し,みんなで協力体制をつくりあげることができました。家庭医は,診療所や病院で患者さんを待っているだけではなく,地域全体の健康づくり(地域医療ガバナンス)において主体的な役割を果たす必要があります。特に震災後のプライマリ・ケアにおいては,そういった役割が求められるだろうと思います。

――葛西先生は,福島第一原発から20~30 km圏内(現在の「緊急時避難準備区域」)における県全体の支援チームのリーダーとしても活動されていますね。

葛西 原発20~30 km圏内ではヘルスケア,特に介護サービスが途絶えてしまったなか,要介護者が各地に点在しています。自衛隊,地元の保健師さん,長崎大や福島医大の医療者,福島県などとともに地域を巡回し,こうした被災者の発見とケアに取り組んでいるところです。そこには,持病のため避難所生活に耐えられず自宅に戻ってきた家族,震災で訪問看護の提供が途切れた後お互いの面倒を見合っていた認知症夫婦,近隣は皆避難して情報から取り残されたままの盲目の夫婦など,在宅療養支援を必要とする実に多くの方がいました。ただ,住民の健康情報に関するデータベースが日本にはないため,支援が必要な家庭を特定するのには大変苦労しています。

――BMJ誌のブログでは,見通しが不確かな福島の現状に触れた上で,この環境でしか学べないものがあること,そして「不確実性(uncertainty)をどう扱うか」が最初のレッスンであるとも書かれています。

葛西 これからの医療は,病院を受診する患者さんだけでなく,地域全体をみることも大事で,被災地の医療はその最先端にあると思います。また,放射線被ばくの影響がその最たるものですが,「不確実性をどう扱うか」は,災害時に限らず医師の能力として必要です。例えば,いくらエビデンスが高い薬剤でも目の前の患者さんには効かないかもしれないし,検査を尽くして診断を付けるよりもあえて経過を診たほうが望ましい場合だってあります。医療は不確かなことだらけで,患者さんはそれに耐えています。そういう患者さんの気持ちを理解するためにも,不確実性を扱う経験を積んでほしいと思います。

 医師だけではなく,地域の保健師さんや看護師さん,行政職員,皆が志を持って災害医療支援に取り組んでいます。そういう仲間と一緒に学べることは,若い人にとってかけがえのない経験になるはずです。

(了)

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook