アルツハイマー病の克服をめざして――診断・治療の最前線(下濱俊,朝田隆,石井賢二)
対談・座談会
2011.05.23
【座談会】
アルツハイマー病の克服をめざして
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平均寿命が女性86.44歳,男性79.59歳(2009年調べ)まで延び,世界一の高齢化進展国である日本。加齢が最大のリスクファクターである認知症の患者数も増加の一途をたどっている。2010年の時点で認知症の推定患者数は210万人ともいわれるが,全国の6市町で行われた調査(註1)では,65歳以上の認知症有病率は平均で約14%に達し,総人口で換算すると約400万人という非常に高い数値も報告されている。
もはや社会問題であり,その病態解明と克服が強く望まれる認知症。今回本紙では,認知症の基礎疾患で最多といわれるアルツハイマー病を中心に,画像診断・薬物治療における最新トピックから今後の認知症診療の在り方まで,広く議論していただいた。
バイオマーカーによる早期診断の時代へ
朝田 近年,病態が進行する前,ひいては症状が出現する前にアルツハイマー病(AD)を同定し,早期治療につなげようという動きが高まっています。米国でもこのほど27年ぶりに診断基準が改定され,ADの前駆段階といわれるMCI(Mild Cognitive Impairment:軽度認知障害),さらにはMCI以前のpreclinical stageの概念が取り入れられました(図1)。こうして超早期の介入・予防の方向性が明確になるなか,臨床診断の在り方も,大きく変化しつつあります。
図1 ADの進展におけるバイオマーカーの変化と,米国立老化研究所(NIA)/アルツハイマー病協会(AA)による新しい診断基準 グラフはLancet Neurol. 2010[PMID:20083042]より改変 |
石井 ADの臨床では従来,長期間経過を観察することで診断精度を高めてきたのですが,早期診断の観点からより客観的な指標が求められるようになっています。そこで最近では,ADの病態の進展を画像でとらえて診断に生かす,バイオマーカー研究が盛んに行われています。
朝田 バイオマーカーとして最も注目されている,アミロイドβ(Aβ)の研究も進んでいますね。
石井 そうですね。Aβ蓄積をAD発症における最初のイベントとする「アミロイド・カスケード仮説」は10年以上前から提唱されていましたが,最近では健常者やMCIの患者にもAβの蓄積が見いだされることがわかっています。AD発症に10-20年先立ってAβの蓄積が始まり,それが神経の機能障害や細胞障害を引き起こし,脳の局所的な代謝低下,あるいは海馬の萎縮につながるという病態の経過が明らかとなり,仮説が実証されつつあるわけです。
朝田 課題となるのは,バイオマーカーの診断精度だと思いますが,その点はいかがですか。
石井 J-ADNI(註2)のデータでは,臨床でADと診断された人の約90%がアミロイドイメージングでも陽性と判定されています。
10%の陰性の原因としては,神経の脆弱性が高く,アミロイドイメージングでは描出されないほど少量のAβでADが惹起されている可能性や,アミロイドイメージングトレーサーと親和性の低いAβによってADが起きるとする仮説などもあります。ただ,現実的には臨床診断の誤り,つまりAD以外の病態をADと診断していた可能性が最も高いと考えられます。
下濱 逆に,アミロイドイメージングで陽性所見が出た場合,ADである,もしくはADに進展するリスクはどの程度になるのでしょうか。
石井 その点については追跡研究による確認を待っている段階です。ただ,健忘型MCIの臨床症状を既に呈していてAβも蓄積している場合,ADに進展する可能性はかなり高いとされていますし,今後は「どの時点でアミロイドイメージングが陽性ならば,どの程度AD発症の可能性があるか」,という予測が徐々に可能となりそうです。
米国では既に,健常者にアミロイドイメージングを実施し,陽性者と陰性者の脳の萎縮度や糖代謝,認知機能を比較したり,経過を追跡する研究が進んでいます。中間報告の段階ですが,"健常者でAβ陽性の人は,海馬萎縮の進行が速い"など,いくつかのデータが上がってきています。
選択肢が一気に増えた治療薬
朝田 AD発症後の治療については,日本では今年に入って3つのAD治療薬,ガランタミン(レミニール®),メマンチン(メマリー®),リバスチグミン(イクセロン®/リバスタッチ®)が相次いで承認されました。
下濱 海外では既に,ドネペジル(アリセプト®)にこの3薬を加えた4薬が標準治療薬とされ,広く使われています。今回日本でも選択肢が増えたことは,患者やその家族,そして医療者にとっても非常に意義深いことです。
朝田 今回承認された3薬のうち,ガランタミンとリバスチグミンは,ドネペジルと同じアセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害薬ですね。
下濱 そうです。これまでの薬理学的研究で,記憶,判断,思考,注意などの脳機能にアセチルコリン(ACh)が非常に重要な働きをするというエビデンスがあり,ADの患者の脳ではAChが減っているという事実もあります。そのためACh の分解を抑制することでAChの濃度を高めるAChE阻害薬が,ADの治療薬として世界的に主流になっているわけです。
ただ,ガランタミンもリバスチグミンも,AChE阻害作用のほかに,それぞれ特有の薬理作用を持っています。ですから臨床で使われるようになれば,ドネペジルではあまり効果がなかった方にも効く可能性が十分にあると思います。
朝田 それぞれ,どのような点でドネペジルと異なるのでしょうか。
下濱 まずガランタミンは,AChE阻害作用に加え,AChが結合するニコチン性ACh受容体の感受性を高めるアロステリック・モジュレーター(Allosteric modulator:受容体本来の活性部位とは別の部位に結合し,活性の度合いを変化させる薬剤)としての作用も二重に持っています。
朝田 具体的にはどのように働くのでしょうか。
下濱 ガランタミンは,シナプスの前膜と後膜のニコチン性ACh受容体の,AChの結合部位とは異なる部位に結合し,その立体構造を変化させてシグナル伝達の感受性を亢進させます(APL作用)。さらにシナプス前膜ではAchはもとよりノルエピネフリン,セロトニン,グルタミン酸,GABAなどの神経伝達物質の放出を促進し,認知機能を改善させると考えられています(図2)。
図2 ガランタミンの作用機序 |
朝田 ニコチン性ACh受容体アゴニスト(受容体に働きかけ,神経伝達物質と同様に作用する薬剤)は,長期投与すると,受容体の感受性が低下するという薬剤耐性上の問題が論じられてきましたが,その点はいかがですか。
下濱 ガランタミンの場合,受容体に直接アゴニストとして作用しないため,持続的にニコチン性ACh受容体の感受性を促進させ,認知機能を維持する効果が期待されています。
海外の論文では,AD患者に対して3年といった長期にわたり,かなりの症例数で認知機能を維持する作用があることや,ドネペジルとの比較でガランタミンのほうが認知機能の維持効果が高いことが報告されています。ただ,これらに関しては,日本でもこれから臨床で検証していく必要があると思われます。
朝田 症候学的なAD治療から一段階進んだ根本的治療(disease modifying therapy)に寄与する可能性があるという点でも,ガランタミンは注目されていますよね。
下濱 ええ。これまでADの治療薬には,"病態の進行によって生じる症状を改善する"という症候学的な治療効果が求められてきました。しかしアミロイド・カスケード仮説が確立しつつある今,"病態の進行そのものを食い止める"根本的治療薬が望まれています。
神経の変性を止める薬は残念ながらまだありませんが,Aβの過剰産生を抑制,もしくはAβのクリアランスを促進し,ADの進行を止める薬が研究されています。現在,過剰産生を防ぐ点からはアミロイド産生酵素の阻害薬の臨床試験が,クリアランスを促進する観点からはアミロイドワクチン療法の臨床試験が世界中で行われている状況です。
朝田 下濱先生のグループでも研究を続けておられますよね。
下濱 われわれが最近報告したのは,ADモデル動物を用いた研究の成果です。Aβを貪食するミクログリアにニコチン性ACh受容体が発現しており,ガランタミンを投与することでAβの貪食・分解が促進され,Aβ沈着が著明に減少,学習機能も改善するという結果が出ています。
朝田 ありがとうございます。
次にリバスチグミンですが,どのような作用を持っているのでしょうか。
下濱 リバスチグミンには,AChEとブチリルコリンエステラーゼ(BuChE)の両方を阻害する作用があります(図3)。
図3 リバスチグミンの作用機序 |
正常脳のコリンエステラーゼのほとんどはAChEであり,BuChEは約10 %にすぎませんが,海馬にはBuChEが多く存在しています。また,AChE は神経細胞に発現しますが,BuChE は神経細胞のほか,グリア細胞や血管内皮細胞にも発現するのが特徴です。
ADの進行に伴って,神経細胞の脱落が起こりAChE活性は低下しますが,一方でグリア細胞は増生し,BuChE活性が上昇します。そこにリバスチグミンのBuChE阻害作用が働くことで,シナプス間隙のACh濃度が上昇し,記憶や思考力の維持,行動障害の改善,日常生活対応の改善といった効果をもたらすことが期待されています。
朝田 海外ではカプセル剤も使用されていますが,日本ではパッチ剤での導入となります。これはなぜなのでしょうか。
下濱 リバスチグミンは末梢...
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