医学界新聞

寄稿

2011.04.18

寄稿
「口腔ケア」から「オーラルマネジメント」へ

岸本裕充(兵庫医科大学歯科口腔外科講座准教授)


「オーラルマネジメント」とは

 最近,口腔ケアの重要性が見直されてきました。口腔ケアが肺炎の予防に有効であること,また各種栄養摂取法のなかで,経口摂取が生理的で,患者の生きがい・QOLを重視する面からもベストな選択であることは言うまでもありません。

 口腔ケアには,狭義の口腔ケアとしての,歯みがきや洗口などの口腔清掃を中心とした「器質的口腔ケア」のほかに,経口摂取をめざす嚥下リハビリテーションを含めた「機能的口腔ケア」という考え方があります。臨床の現場で,さまざまな取り組みがなされていることは口腔の専門家からみて非常に喜ばしいことですが,「がんばっているのに成果が上がらない,実感できない」という声を耳にすることも多くなってきました。

 皆さんは,器質的/機能的な口腔ケア,この2枚看板についてどこで習いましたか? 正しい方法で実践できていると自信を持っていますか? ――口腔ケアの成果が思うように上がらない原因の1つには,「教育」の問題があると思います。教育というと,歯ブラシの当て方,口腔洗浄の方法のようなケア技術のみに目を奪われがちですが,どのようなケアを実施すべきか,その前提となる口腔の「アセスメント」も軽視されてきた印象があります。

図1 舌苔が目立つ状態
 例えば図1のように舌苔が目立つ場合です。舌苔を単純に不潔なものと捉えれば,できるだけ全部除去すべき,ということになりますが,これは不適切なアセスメント&ケアです。舌苔が厚い,というのは糸状乳頭が延長した状態で,その隙間に菌や微細な食物残渣などが堆積しやすいため,ケアは必要ですが,糸状乳頭は除去できません(すべきでありません)。

 さらにもう1つの問題点,それは「歯科治療」の不足です。歯科治療は,医師も看護師も行えません。また,病院で歯科を併設しているところは多くありません。「口腔ケア時に動揺歯が抜けそうで,対応に困った」というような例を挙げるとわかりやすいでしょう。上述の「アセスメント」の不足もあって,歯科的な問題があるために口腔ケアがうまくいかない,さらにそれに気付いていない,というケースが実は非常に多いのです。

 そこで筆者は,口腔ケアだけで足りなかったものを盛り込んで,オーラルマネジメント(OM)という概念を提唱しています。OMの構成要素は,CREATEという英単語に当てはめて整理できます。まず,口腔ケアの2枚看板である清掃(Cleaning)とリハビリテーション(Rehabilitation)から始まり,教育(Education),評価(Assessment),さらに歯科治療(Treatment),そして,口腔の健康が得られれば,おいしく食べる(Eat)ことが可能となります。これらの頭文字を順に並べるとCREATEになります。

看護師にできること

 「マネジメント」と言うと少し難しく感じるかもしれません。では,「やりくり」ならいかがでしょう? 毎日の生活の中で,時間やお金のやりくりをたくさんこなしているはずです。やりくりなんて気にせず,自分の好きにできればありがたいですが,臨床の現場ではさまざまな制限があります。OMにおいても,時間(ケアする時間がない),お金(人件費・マンパワーが足りない,便利なケア用品を購入できない,など)の不足は否めませんが,なんとかやりくりして,口腔の潤いを保つ(=保湿)ことを心がけるところから始めてください。なぜなら,口腔が乾燥すると汚染物が固着しやすく,次回以降のケアに時間がかかるためです。

図2 サージカルマスク装着による保湿
保湿のためには,加湿と蒸発予防を心がけます。水を含ませた綿棒で口腔内を清拭するのは「加湿」,閉口できないときにマスクを装着するのは「蒸発予防」に有効です。
 口腔ケアは「乾いたら負け」です。時間がなくても,水を含ませた綿棒で口腔内を清拭する,経口気管挿管中で閉口できない患者にマスクを装着する(図2)といった程度ならすぐに始められるでしょう。そのためには,口腔が乾燥していないかというアセスメントも必要となります。

歯科と連携し,予防的介入を

 OMでは歯科治療(T)はとても重要な要素です。「歯肉出血が怖くて歯みがきできない」という背景には,たいてい歯周病が隠れています。また,発熱の原因が放置されたむし歯であるとか,歯周病と早産,糖尿病や心筋梗塞など歯と全身のかかわりについても注目されつつあります。

 歯が痛い,といった症状が出てからではなく,疾患の治療「前」から,歯科で口腔を専門的見地からアセスメント(A)し,患者教育(E)としての歯みがき指導を行い,必要なら歯科治療を提供する,という予防的介入,つまり「口腔環境の整備」が有効です。例えば,骨髄移植をはじめとした移植治療では,口腔に感染源となり得る病巣がないかを術前にスクリーニングして,必要なら治療します。

 この「術前に」という考え方を,移植治療に限らず,手術や化学療法(抗がん薬,ステロイドなど)にも拡大すべきでしょう。術後肺炎が減った,早期に経口摂取を再開できるようになった,口内炎が重症化しなくなった,といった劇的な効果をすぐには実感できないかもしれませんが,術前に歯科と連携しておくことで,歯や義歯が痛い,歯肉が腫れた,というようなトラブルを確実に少なくすることができます。

 具体的な連携方法として,あらかじめ歯科受診を院内のパスに組み込み,患者には歯科受診を済ませた上で入院してもらうようにします。これによって口腔環境が整備され,看護師が実践する口腔ケアにおいては,出血しやすい,口臭が改善しない,という悩みが少なくなります。

 こうした方法により,入院中に口腔に関連したトラブルが生じる頻度は大幅に減ると思われますが,緊急入院の患者も含め歯科受診が必要な場合はやはりあると思います。それに備えて,近隣の歯科による訪問診療を依頼できる体制を確立しておくと,さらに安心です。

 術前パスへの組み込みと訪問歯科診療,この2つの連携がうまくいけば,毎日の口腔ケアが容易になり,効果も高まるでしょう。


岸本裕充氏
1989年阪大歯学部卒。卒後兵庫医大にて臨床研修。96年同大助手,2002-04年米国インディアナ大医学部外科に留学。05年兵庫医大講師,09年より現職。口腔ケアから頭頸部癌治療,インプラントまで幅広く取り組む。このほど編著『《看護ワンテーマBOOK》成果の上がる口腔ケア』(医学書院)を上梓。

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