医学界新聞

2011.04.11

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


大腸癌の構造 第2版

中村 恭一 著

《評 者》平山 廉三(埼玉医大客員教授・消化器外科学)

後世に残る国宝級の書

 初版から20年余を経ての大改訂のもと,『大腸癌の構造』(第2版)が上梓された。

 著者の中村は常に,「腫瘍発生の基本概念」を公理として要請し,研究の出発点とする。細胞分裂の際の突然変異細胞が排除されずに増殖するとき癌巣が形成される。よって,細胞分裂のあるすべての所に癌が出現。胃癌,大腸癌では正常粘膜からのいわゆる'de novo癌'が大部分。良性限局性病変からの胃癌や腺腫由来の大腸癌もあるが少ない。胃癌については'de novo癌'と良性限局性病変との比率,大腸癌では'de novo癌'と腺腫由来の癌との比率こそが重要。単純・明解である。40年前,わが国の癌の大御所・超大家たちはこぞって胃潰瘍,胃ポリープ,胃炎などを「胃癌の前癌状態」と決めつけて胃切除をしまくった。中村は先の公理の演繹から「胃癌の大部分は'いわゆる正常粘膜'から生じ,胃潰瘍などとは無関係」なる事実を証明し,'前癌状態'なる超大家たちの迷妄を完膚なく否定して葬り去った経歴を持つ。

 胃癌の前癌状態に決着をつけたころ,Morsonらによるadenoma-carcinoma sequence(腺腫-癌連続学説;以下,ACS)が世界中に流布し始めた。大腸癌の大部分は'de novo癌'が占めるはずと考える中村は,'de novo癌'と'腺腫癌化'の比率,ACS下支えのdysplasia/adenomaの異型度分類と癌組織診断基準に疑義を投げかけて,『大腸癌の構造』初版を出版した。ここでは,真実の大腸癌組織発生,ならびに,望ましい大腸癌の組織型分類案を予報しているが,その後中村は,「大腸癌の大部分は'de novo癌'」という証拠をそろえ,ACSの矛盾,誤謬を力強く指摘し続けたが,今回の第2版において,「白壁フォーラムにおける報告:2 cm以下の大腸癌4,959例の統計的解析の成績」を詳細に解説し,ACSの息の根を止めた。

 さらに,大腸癌組織診断基準に関する国際的会合における「国際コンセンサス分類」(ウィーン,1999)の不備を指摘して渾身の分類案を示し,ACSゾンビが息を吹き返すのを封じた迫力ある提案となっている。また,退官最終講義で共鳴を得た「異型度係数による癌組織診断基準」も完成された姿が盛り込まれている。

 医学書においては,推論にかかわる約束事(前提肯定など)の破られた非論理的議論,偏見による議論,錯覚の追認,結論先にありきの推論も多いなか,本書では,愚直なほどの注意が推論過程に払われている。論理的整合性にあふれる本書は,まずは医学者,学生諸君にとって,研究の方法のお手本となる。

 余録を一つ。中村の記述には,見事なlogical consistencyが見て取れ,過度に細分化してとらえた所見や,分断的な結論がいささかも見当たらない。中村の友人の多くは,「癌研病理の最奥の部屋で,斜めに構えて,夏でもセーターを着て,いつ自宅を訪れても顕微鏡を眺めていて」と中村の観察への集中力,持久力を強調する。実は,中村の切片凝視の時間は短い。そのあとの,切片を眺めつつの黙思・暝想にこそ,長い時間が割かれる。概算すると,約50年で約20万時間の暝想が凝縮して本書が生まれた。中村の独特な黙思・暝想と,雪舟の描く達磨(慧可断臂図)とは重なる。壁面が達磨の眼前20 cm弱に迫るように,中村は接眼レンズ下20 cmの標本をボンヤリと見渡しながら想いを巡らす。そのとき,連想・妄想が消えて,癌が真相を語り始める(試しに,眼前20 cm弱に4本の指を立て,この指が5本,6本に見え始めたとき,連想・妄想も,喜怒哀楽も消え去ってしまう,という極意がある由)。

 1960年代から,わが国の消化管の癌診断学が世界をリードし続けた。この大戦果の多くが,個性あふれる中村の癌科学思想,およびこれに共鳴した同志によって成就した。中村による『胃癌の病理』(金芳堂書店),『胃癌の構造』『大腸癌の構造』(ともに医学書院)に今回の改訂版が加わったことで,日本の診断学が完勝を続けたころの「作戦書および戦勝の記録集」の完結をみた。後世に残る国宝級の著書である。

B5・頁232 定価12,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01143-3


高次脳機能障害のリハビリテーション 第2版
実践的アプローチ

本田 哲三 編

《評 者》小川 恵子(聖隷クリストファー大リハビリテーション学部長)

初心者にもベテランにも参考となる実践の手引き書

 本書の初版(2005年)が出版された後,2006年の診療報酬の改定時には,リハビリテーションの長期にわたる継続が制限される中,高次脳機能障害は継続的なリハビリテーションが必要な障害と認められた。つまり国ですら,この障害が日常生活に与える影響は大きく,長期にわたって適切なリハビリテーションを行うべき障害であると認めたと言える。当然,そのアプローチは,エビデンスを持った効果的なリハビリテーションであるべきであるが,高次脳機能障害の症状は多様であり,さまざまな職種が手探りで個別に対応していたのが現実であったと思われる。

 そこで,現場のセラピストたちが実践の手引き書として活用できると感じたのが本書であった。診断の基準,評価の視点,日常生活の状態に合わせた対応と復職に至るリハビリテーションプログラムが具体的に提示され,「見えない障害」をどのようにとらえ,支援を行うかについて,即運用が可能な内容で,しかも読みやすい文章で紹介されていた。これは,医療福祉に携わる人間だけでなく,障害を持つ対象者の家族にも高次脳機能障害に対応する道しるべになったのではないかと思われる。しかしながら,高次脳機能障害の研究の発展は著しく,発刊から5年が経過して,その記載された知見に付け加えて他書を参考にすることがあったのは否めなかった。

 そしてこのたび,第2版が出版された。今回の改訂版は,高次脳機能障害の研究からの最新の知見が加筆修正されただけではなく,薬物療法や高次脳機能障害を持つ対象者の社会参加における困難さについて,さまざまな調査結果から解説されており,総合的な視点からのアプローチが示唆されている。これらの改訂によって,今まで個別に書物を探し一つひとつの問題を理解しながら治療や対応を進めてきたがために,つながりのない断片的なアプローチになりがちであったこの障害への対応を,一つにつなげる役割を果たすことができるのではないだろうか。その意味で,本書は入門書でありながらも,同時にベテランのセラピストにも参考となる実践の手引き書として,再度生まれ変わったと言えよう。ぜひ手に取っていただきたい一冊である。

B5・頁272 定価4,200円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01024-5


消化管の病理と生検診断

中村 恭一,大倉 康男,斉藤 澄 著

《評 者》柳澤 昭夫(京府医大大学院教授・人体病理学)

消化器にかかわる医師の必読書

 生検の組織診断は,非常に小さな検体を顕微鏡的に行うが,誤らずに診断するためには,検体に含まれている病変の病理を正確に把握することが要求される。そのためには,観察している検体が含んでいる病変の情報のみならず,その病変が発生した環境・病態も十分理解しておく必要がある。本書は,まさに,生検を正しく診断するために書かれた教科書であり専門書である。

 本書は30年前,わが国初の本格的な消化管の生検病理診断書として出版され,長年にわたり病理医・臨床医のバイブルとして用いられてきた当時筑波大学教授・中村恭一先生,浜松医科大学教授・故喜納勇先生により出版された『消化管の病理と生検組織診断』(医学書院)の流れをくむ専門書である。共著者には,現在は筑波大学・東京医科歯科大学の両校の名誉教授でおられる中村先生のほか,中村門下の杏林大学教授・大倉康男先生と国立国際医療センター病理検査科医長であった,故斉藤澄先生が当たっている。

 本書の特徴は,前述したようにただの生検診断書ではなく,豊富な材料を縦横に駆使して適切かつ簡明に病変を解説し,病変の病理を正確に把握した上で正確な生検診断を行えるように述べられている点である。このことは,病理医のみならず臨床医にとっても,肉眼像から病態を理解し,生検組織から病変を正確に診断するために有効な教科書となっている。

 今日,消化管疾患の診断には内視鏡的生検による組織診断が不可欠のものであるが,胃の生検診断の歴史はそれほど古いものではない。胃生検診断が始まった当初は,病理医がそれまで経験がないようなマッチ棒の頭ぐらいの小さな組織で診断するため,その診断結果は,癌であるにもかかわらず癌と診断されないなど混乱状態があったと,著者の中村先生が冒頭で触れている。このような生検診断の混乱状態を経て,生検診断は消化管疾患の診断になくてはならない地位を確立してきたわけである。

 著者らは,消化器の病理研究における第一人者であるとともに日常診断に従事しており,診断の難しさや犯しやすい間違いにも精通している。特に,中村先生は,生検組織検査が始められた当初から生検組織診断にかかわっており,この分野の先駆者である。本書は,生検診断に誤りがないように,診断に有用な解剖組織学,基礎的な外科病理組織学,その後の生検診断について記述する形をとっている。このことは,日常生検診断に従事している病理医が正確に病理診断するため,内視鏡検査を行っている内視鏡医が病態を理解するため,また,新たに消化器の病理や生検診断を学ぼうとしている臨床医・病理医のために有効である。すなわち,本書は,消化器に関与する医師にとっての入門書,専門書であり,必読書と言える。

B5・頁464 定価15,750円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00600-2


認知行動療法トレーニングブック
統合失調症・双極性障害・難治性うつ病編
[DVD付]

古川 壽亮 監訳
木下 善弘,木下 久慈 訳
Jesse H. Wright,Douglas Turkington,David G. Kingdon,
Monica R. Basco 著

《評 者》池淵 恵美(帝京大教授・精神神経科学)

治療の実際がわかるDVDで,臨床を学べる

 認知行動療法が,多くの治療ガイドラインでエビデンスのある優れた治療と推奨されるようになって久しい。わが国でもうつ病についての診療報酬請求が,2010年春から認められるなど,関心と評価が高まっている。しかし本格的に学びたいと思っても,なかなかその機会に恵まれないというのが,多くの方の思いではないだろうか。学会の研修会や,訳書などで認知行動療法を紹介するものは多いが,理論と技術論が中心で,治療の実際までには触れられないことがしばしばであるように思う。そうした方にとって,本書は「トレーニングブック」と銘打っている名に恥じず,実際の臨床を学ぶのに最適であると思う。2009年に英国医師会の表彰を受けていることも,理があることと思われる。

 本書の大きな特長は,なんと言っても付録のDVDである。全18場面,158分に及び,詳細な治療の実際が紹介されている。出演しているのは,統合失調症はターキントン医師とキングドン医師,双極性障害はバスコ心理士,重症うつ病はライト医師であり,いずれも第一人者と呼べる人たちである。模擬患者が相手ではあるが,よく疾患の特徴が演じられていて迫力満点であり,ト書きなしなので,リアリティがある。まさに治療場面を垣間見る醍醐味のあるDVDであり,これだけでも本書を手にする価値があるといっても過言ではない。

 認知行動療法の専門書をひもといた方はしばしば,理知が勝って言葉の力に頼った,西欧的な精神療法であるとの印象を持たれることがあるように思うのだが,このDVDを見ると決してそうではないことがわかる。丁寧に患者の話を聞き,共感し,その意味するところを言葉にしていく作業が繰り返され,個人精神療法の基本がしっかり踏まえられていることがよくわかる。治療者の視線や表情,間合い,言葉遣いなども,DVDによって手に取るようにわかる。ゆっくりと無理なく,認知的介入に進んでいくのである。また認知的介入は進んで,症状がもたらした生活の影響を探求し,さらに生き方を変えていく,少しずつでも着実な試みが勧められる。用いられる対処スキルは幅広く,行動的な技術を多く含んでおり,重い精神障害についての評者のこれまでの臨床経験からしても,うなずけるものである。

 本書の構成は,まず概論が示された後で,治療関係の形成とアセスメント,ノーマライジングと心理教育から,治療効果の維持まで,一連の治療経過に沿って章立てがされ,それぞれにDVDの場面が対応している。また統合失調症の妄想や幻聴,躁病,重いうつ症状などについては,それぞれ章が設けられて詳しい解説が行われている。さらに陰性症状や認知機能障害など,どのような心理社会的介入であれ障壁となる障害についても,章が設けられている。これらを通読すると,認知行動療法は,患者が自身の問題をより健康的で適応的な形で理解できるよう支援するものであることが実感されることと思われる。

 翻訳は正確でこなれており,大変読みやすい。訳者のお二人は統合失調症の認知行動療法の泰斗であるキングドン医師のもとで勉強してこられたとのことであるし,監訳者はわが国でも有数の認知行動療法の学者である。誠に人を得た翻訳と思われる。

A5・頁452 定価12,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01081-8

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