医学界新聞

2011.03.14

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


《神経心理学コレクション》
脳を繙く
歴史でみる認知神経科学

M. R. Bennett,P. M. S. Hacker 著
河村 満 訳
山鳥 重,河村 満,池田 学 シリーズ編集

《評 者》酒井 邦嘉(東大大学院准教授・言語脳科学)

型破りな脳科学の入門書

 型破りな脳科学の入門書である。本の帯には,「脳研究の常識への挑戦状!」とある。確かに,原題の"History of Cognitive Neuroscience"(認知神経科学の歴史)からは想像もつかない,過激な本であると私も思う。それ故,類書にない面白さがこの本にはある。同時に,本気で自分の脳を使って,脳という奥深い書物を「繙く(ひもとく)」ことを読者に強要せずにはいられない本でもある。一読をお勧めしたい。

 本書の構想は,「脳科学全体にわたる主要な研究を網羅的に取り上げ,整理し,研究内容を歴史的に位置付け,批判的に考察する」というものだ。その一方で,巷ではちょっと不思議にも思えるくらいもてはやされてきた用語である「ワーキング・メモリー(作動記憶)」に関してはたった1か所,「ミラー・ニューロン」に至っては全く記述や議論がみられない。どちらの概念に対しても,特に言語への安易な適用に対して常に懐疑的な私には,むしろこれは適切な判断だと言えるのであるが,もしもこれらの点について徹底的に議論してもらえたら,盲信されている概念に対する多くの誤解が解けたことであろう。

 本書は,最終章の「認知神経科学の概念的前提」を除けば,すべての章に「ヘルムホルツからシンガーへ」といった具合に,そのテーマに貢献した有名な研究者の始点と終点を示す副題が添えられている。しかし,「○○へ」という側に置かれた現代の神経科学者は,「○○から」という側の往年の科学者を上回る貢献をしたとは,残念ながら思えないのである。そのような比較が容易にはできないくらい,ヘルムホルツやウェルニッケは偉かったのである。脳神経科学の歴史において,その未来を信じ,そして今なおその進むべき道を照らし続けているのだから。

 本書の内容に少し踏み込むと,「歩くあるいは話すといった後天的能力」(p. 115)というように,人間の本能に対して誤解を招く記述もみられる一方で,ダプレットとブックハイマーのfMRI実験に対する批判(pp. 192-196)は,正鵠を射ている。また,私自身の主張を取り上げてこき下ろしている部分(pp. 149-151)は,残念ながら根本的な誤謬に満ちている。むしろ,そんな危険を冒してまで脳科学のテーゼに斬り込んだ勇気を讃えるべきだろう。

 著者たちは,「神経科学者は自らの実験に注ぐのと同じくらい細心の注意を,概念の一貫性と明晰性を確保することにも注がなければならない」と述べている。しかし,私はそうは考えない。物理学の世界では,「熱」という概念の本質については何ら考察することなく,「熱力学」という厳然たる理論体系が成立し得るのだ(W・パウリ 著.田中實 訳.熱力学と気体分子運動論.講談社;1976.参照)。一つの学問領域の中に,一貫していなかったり明晰でなかったりする概念が紛れ込んでくるのは,やむを得ないことであり,むしろその健全な発展の一過程を示すものでもある。それまでは予想もつかなかった角度から,その現象の本質的な意味が見いだされて初めて,「概念」というものは科学者に雄弁にその本質を語り始める。脳神経科学はまだその段階に達していないのだから,過信はむしろ禁物であろう。今の神経科学に必要なことは,ただ一つのみ。証明も反証もできないような概念化をしたり,それを批判したりする暇があったら,何か新しい実験をすべきなのだ。

A5・頁432 定価5,040円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01146-4


認知症疾患治療ガイドライン2010

日本神経学会 監修
「認知症疾患治療ガイドライン」作成合同委員会 編

《評 者》野元 正弘(愛媛大教授・臨床薬理学)

現在の認知症治療を理解し,最善の治療を行う参考書

 米国の健康保険は企業により運営されているものが中心で,経費を少なくすることが経営上大きなメリットとなる。このため給付の要求に対して,エビデンスの有無を確認し,使用する薬剤や手術,検査など,なるべく支払いの少ない治療を医師に要求する。これに対して現場の医師たちが最新の治療基準を作成し,必要な治療薬...

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