MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2011.02.07
MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
個人授業 心臓ペースメーカー
適応判断から手術・術後の管理まで
永井 良三 監修
杉山 裕章,今井 靖 執筆
《評 者》大野 実(虎の門病院循環器センター内科部長)
循環器にかかわるすべての医療関係者に
最初は心電図での簡単な心拍数の推定法から始まり,最後まで読むと自分でペースメーカーを入れることができるようになり,また簡単なペースメーカーチェックができるようになる本である。私も管理職になり,特別な事情以外では自身がペースメーカーの植え込み手術に入ることは少なくなったが,そのような私でも良い復習となり,研修医の教育のために良い資料となっている。また新しいペースメーカーの機能など学ぶ点も多々ある。
本書は非常に読みやすく研修医,特に循環器を志す研修医に勧めたい本である。コメディカルの人たちにも適している。また循環器の専門医が復習および頭の整理に使用するにも良い本である。私自身新たに学ぶ点もあった。
合併症の記載も著者らの経験に基づいたもので,非常に具体的に書かれている。ペースメーカーは決して安全な手技ではなく,細心の注意を必要とする手技であることが理解できる。
本書は循環器にかかわるすべての医療関係者にお勧めしたい。
A5・頁264 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00952-2
加藤 英治 著
《評 者》橋本 剛太郎(はしもと小児科クリニック院長)
読後に自分の診療が変わったことを感じられる好著
診療の腕を磨く上で大切なことは二つ。経験例を振り返って吟味することと,教科書や文献に当たって軌道修正をすることである。しかしこの二つを不断に続けるのは難しい。経験例が多くても振り返りや読書が不十分だと,偏狭な「オレ流」に陥る。
福井県済生会病院小児科部長の加藤英治先生は,この不断の努力を長年コツコツと続け,たわわに実った小児診療の果実を一冊にまとめた。この本は教科書ではない。診療の現場で気を付けること,診療の進め方,考え方をあらためて気付かせてくれる本である。
例えば「腹痛の診かた」の章では,病歴からどのように迫るか,診察からどのように迫るか,診断できない場合は?……と実際の診療に即して展開し,急性虫垂炎や腸重積症を見逃さないための,著者の経験に基づいたアドバイスが続く。急性虫垂炎の項では,自験例を集計して何をきっかけに診断に至ったかを丹念に分析している。ほかの章でも自験例の集計と分析が随所に見られ,著者の振り返りの姿勢には敬服するほかない。さらに教科書や文献から著者が得た膨大な知識のエッセンスが提示される。このように,経験と知識に裏打ちされた記述なので,読んでいると重厚な迫力が感じられてくる。
複数の知人が「読んでいるうちにだんだん引き込まれて一気読みしてしまう」と言う。これは内容が豊かで痛快なだけでなく,著者の人柄が文章ににじみ出ているからだろう。よく食べ,よく飲み,よく話す,人の好いエネルギッシュな彼の文章からは,なんだか元気をもらえる。
写真の豊富さもこの本のメリットの一つで,写真を眺めるだけでも多くを学べる。忙しい診療の中でよくこれだけの写真を撮ったものだと感心する。実は,彼はもっともっと多くの貴重な写真を私蔵しているが,この本には載せきれなかったのである。死蔵するにはあまりに惜しいので,次は写真集を出版してもらえないものかと期待している。
参考書や文献のリストも豊富だが,その一つひとつに著者のコメントが付いているのがありがたい。「この本はイラストが豊富」「家庭医向けだが研修医にもお勧め」など,読者がさらに学ぼうとするときの指標になる。単なる引用源を示したアリバイ証明のような参考文献リストとは一線を画するこの新しいスタイルを,これからの本は踏襲してほしいものだ。
この本は学生・研修医に小児科医の心を教えてくれる。家庭医・内科医に小児診療の落とし穴を教えてくれる。ベテラン小児科医には知識と経験の整理を促してくれる。読んだ後の自分の診療がちょっと変わったな,と感じる好著である。
A5・頁360 定価4,200円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01128-0
松村 理司 編著
《評 者》堺 常雄(日本病院会会長/聖隷浜松病院院長)
地域医療再生のための処方箋
私が勤務する聖隷浜松病院では,過去10数年の間に各科の専門分化が進み診療の内容も高度化し先進的な医療にも対応ができてきた。それにもかかわらず,数年前から現在の診療体制はこれでよいのだろうかという漠然とした疑問が浮かんできている。例えば救急の場面で専門医が呼ばれ,「これはうちではないよ」という事例を散見するようになったからである。彼(彼女)自身からすればその通りなのかもしれないが,困るのは患者,看護師,初期対応の医師である。この時点では診療プロセスの中で何ら問題が解決されていないのである。
このような状況を改善し,診療の基礎となる部門の充実と総合的な診療の質の保証をめざして考え出されたのが「診療部門3階建」構想である。1階部分が総合診療内科と救急科よりなるGeneral Medicine(総合診療部門),2階部分がSpecialties(専門各科),3階部分がSuper-specialtiesという構造である。縦,横の連携の充実が図れればと願っている。まだ完成してはいないがこれから1-2年のうちに構築しようと考えている。
このような考えを持っているときに読んだのが本書『地域医療は再生する――病院総合医の可能性とその教育・研修』であり,まさに目から鱗が落ちた感じであった。本書は松村理司先生の36年にわたる医師としての経験をもとに書かれたもので現場の医療を知り尽くした上で地域医療再生のための処方箋を示されたものである。医療者が医療崩壊などと言っている場合ではなく,現場から医療を再構築しようという熱い心が込もった,しかも実現可能な提言である。
IからVIまでは松村先生がご自分の経験,具体的な提言を述べられ,VIIからIXは松村門下の先生が現場からの考えを述べられている。ここで感心したのは日常診療の忙しい中で臨床研究,教育研究の重要性に言及されていることである。普通ならば「そんなことは無理」とのひと言で無視されそうな,しかしながら大切な点に触れていただき,まさにその通りと思った。研究心を失ったら進歩はおぼつかないのである。最後のXでは松村先生が「展望」を担当され,管理者の目で日本の医療全般の問題点について独自の考えを述べておられる。
「医療崩壊」が叫ばれ,病院の勤務医は疲れきっている。すべてを政治のせいにするのは簡単であるが,現在の政治状況を考えると,残念ながら明るい展望は描けない。それではそのままでよいかといえばそうではなく,医療に携わる一人ひとりが自分にできることを実直に行っていく必要があるだろう。「誰かがやってくれる」ではなくて「自分たちがやらなければ何も起こらない」のである。その意味で本書は読者に何をやるべきかを示し,夢と希望を与えてくれるものとなっており,すべての医療人必読の書と言える。多くの読者が本書から刺激を受け,自分のやるべき方向性を見いだし,さらに前進することを切に願うものである。
A5・頁304 定価2,940円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01054-2
杉本 元信 編
瓜田 純久,中西 員茂,島田 長人,徳田 安春 編集協力
《評 者》本村 和久(沖縄県立中部病院プライマリケア・総合内科)
名医の思考過程をたどる,臨床推論の生きた教科書
表題の通り,病歴,身体所見から診断に迫る臨床推論の醍醐味を満喫できる名著である。難易度の低いものから,高いものの順に全部で40症例,どの症例も興味深い。東邦大学医療センター大森病院での経験をベースに書かれているとのことだが,臓器別ではない,診療科を超えた疾患のバラエティー,15歳から94歳までという年齢の幅,さまざまな垣根を取り払った総合診療の実践の素晴らしさを読んで実感できる。
1例1例は明快な症例提示で始まり,さらに臨床推論→確定診断と小気味よく,研修医と指導医の対話形式で展開していく。その議論はわかりやすく病態に迫るもので,重篤な疾患の見落としがないように,慎重に鑑別診断を絞っていくさまは,指導医の思考過程そのものであり,臨床推論のまさに生きた教科書であると感じた。
診断名は各症例の最後にしか提示されないので,必然的に的確に診断できるかと腕比べ(頭比べ?)となる。難易度が低いとされている症例も,診断を間違えてしまうかもとドキドキであった。難易度の高い症例になるにつれ,こういう展開もあるのかと膝を打つものばかりで,例えばCASE 36の35歳女性「両下腿浮腫と両下腿痛」は,「こんなに急激に悪化するものか,やはりダイエット……」,おっと,ネタばらしになるのでこれ以上具体的に症例をご紹介できないのが残念である。
本書は,単なる診断当てクイズでなく,病態生理に関する深い議論もあり,読み応え抜群である。研修医向けに書かれているように見えるが,内容は,明快,簡潔ながら深いもので,臨床経験の豊富な医師でもとても勉強になる内容である。優れた解説を読むにつれ,こんな名医の指導を受けることができる研修医は幸せだろうと,本の世界ながら引き込まれて,私は一気に通読したが,1例1例は,10ページ余りであり,忙しいときでも拾い読みできるのも本書の長所であると感じた。
最後になりましたが,多忙な臨床の中にもかかわらず,臨床推論の面白さを十分に知ることのできる本書をまとめられた編集の杉本元信先生をはじめ,東邦大学医療センター大森病院の先生を中心とする執筆者の皆さまに敬意を表します。
A5変型・頁456 定価4,410円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01057-3
渡邉 裕司 編
《評 者》山口 徹(虎の門病院院長)
医学生を実臨床の奥深さへ導くハンドブック
医学生の臨床実習も診療参加型になってきているというが,まだまだ見学的要素が少なくない。卒後臨床研修への連続性を考えると,学生のときからもっと実臨床に近い実習が必要であることは間違いない。4年生の共用試験(CBT, OSCE)の合格者にスチューデント・ドクターの資格を与え,より実質的な臨床実習を行おうとする動きがあるのも当然であろう。しかし現状では,研修医になって,主治医になって,初めて学生実習と実臨床との違いを思い知らされることになる。
特にあたふたするのは,診断の面よりも治療の面であろう。治療行為を自ら行ったことがない点はもちろん,現場で飛び交う治療薬や治療器具の名前にも面食らうはずである。例えば,代表的な利尿薬はループ利尿薬と抗アルドステロン薬で,「フロセミド」と「スピロノラクトン」と教わっていても,現場で飛び交っているのは「ラシックス」や「アルダクトンA」という商品名である。冠動脈狭窄の治療器具として冠動脈ステントの存在を知り,最近では薬剤溶出性ステント(DES)が広く使われていると知っていても,現場で飛び交っているのは商品名である「サイファー(CYPHER)」や「プロマス(PROMUS)」である。学生実習でこの差を詰める取り組みがぜひとも必要であろう。
本書は,医学生がベッドサイドでまごつかないよう,臨床現場の視点から治療薬について医学生用にまとめられたものである。「臨床上で使用頻度が高い」「医師国家試験にこれまで出題された」という条件で基本薬164が選ばれ,臨床使用頻度,国試出題頻度から重要度が「しっかり」「あっさり」に分類されている。国試も十分意識されており,頭の整理がしやすい。「しっかり」に分類された薬では,まず症例呈示があり,そしてその治療薬の必要性について病態も含めた考え方がまとめられている。医学生にはわかりやすいアプローチである。その後に具体的な薬について適応,製品名,用法用量,その使用上のポイント(Do & Don't),薬理作用がまとめられ,最後にエビデンスとなる臨床試験が紹介されている。
1つの基本薬の項を読み終えると,その治療薬について講義と実臨床との間の溝がぐっと埋まることは間違いない。時間に追われた研修医よりは,医学生が臨床実習で出合った症例ごとにこの基本薬を1つひとつ読み進んでいくのがぴったりである。実習には1冊持ち歩きたいものである。
本書は,治療薬の話を通して,医学生を実臨床の奥深さへと導いてくれる。このような医学生のためのハンドブックの出現が,より実効的な臨床実習への流れを加速することを期待したい。
B6変型・頁344 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00834-1
《脳とソシアル》
ノンバーバルコミュニケーションと脳
自己と他者をつなぐもの
岩田 誠,河村 満 編
《評 者》祖父江 元(名大大学院教授・神経内科学)
第一線の研究者による総決算
インターネット時代に入ってわれわれは大きく世界が広がったように感じている。e-mailにより,外国の相手とも瞬時にコミュニケーションが可能となっており,われわれはこのe-mailなしには一日も過ごせなくなっていると言っても過言ではない。しかしこのe-mailは相手の顔が見えないし,声が聞こえない。われわれは文字情報に頼って真意を汲み取ろうとする。
一方電話は,相手の声が伝わる。大切な相談や伝達は電話を使うことが多い。相手の声の中に本音を読み取れると感ずるからではないか。相手の気持ちを確かめながら,情報の交換ができると感じている。
しかし,さらに相手の本音や心に触れるコミュニケーションをとりたいときには,実際に会って話をするということを行っている。相手の表情,目の動き,手振り,声の抑揚,姿勢などその情報は格段に増すことになる。われわれは言葉以外の部分にその人の本音の部分,本当の部分が読み取れることを本能的に知っているように思われる。最近では,このノンバーバルなコミュニケーションが大変希薄になっているように感じられる。しかしこのノンバーバルの部分がヒトの成長・発達や社会とのかかわりの中で,より重要で本質的ではないかとわれわれはうすうす感じている。インターネット時代の中でのこの部分の希薄さが,最近の社会性の欠如した人間の出現や犯罪にもひょっとして関連しているのかもしれないと感じたりしている。
このような時代の中で,本書はノンバーバルコミュニケーションの重要性について説いている。それはどのようなもので,どのような脳のメカニズムによって行われるのか,どのような研究が進行しているのか,ノンバーバルコミュニケーションの領域の第一線の研究者による総決算が提示されている。本書を読み進むに従って,それがいかに重要なものなのかがあらためて認識させられる。人格や社会性とその破綻や,さらには脳科学の社会的意義という脳科学の中心課題にも踏み込んでいる。
中でも,顔認知の脳科学と身体性コミュニケーションの脳科学に大きなスペースが割かれており,ノンバーバルコミュニケーションの重要性とその脳メカニズムが,異分野の人にもわかりやすく解説されている。
さらに本書の魅力は,岩田誠,河村満の両編者が,「発刊に寄せて」,あるいは「あとがきにかえて」として対話の形式をとりながら,ノンバーバルコミュニケーションの本質を語り合っている点である。これは随想風の「こぼれ話」と相まって,ノンバーバルコミュニケーションについての本音の部分が盛り込まれているように感じられる。各章のエキスパートによる文字情報に対して,本音の議論がアクセントを作っているという構成は実に見事である。
本書はノンバーバルコミュニケーションの重要性を脳科学の立場から解説した啓発の書である。脳科学によって人の心や文化といったさらに高度の脳活動を読み解くことが可能であることを示唆するチャレンジの企画であると思う。
本書はわれわれ神経内科医など,脳科学の領域に携わる者にも心地よい内容であるが,広く一般の人々や異分野の人々にこそ推薦したい。
A5・頁240 定価3,780円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00996-6
影山 幸雄 著
《評 者》冨田 善彦(山形大教授・腎泌尿器外科学)
「症例から学ぶ」 真摯な態度に基づく良書
これまで,特に和文で書かれた手術書については個人的に苦い経験がある。あまりに自信たっぷりで思い入れが強すぎ,アートのみが先行して論理的な思考が欠落した,科学的でないものや,現場で場数を踏んでいない医師の執筆による,お話にならないものが多く,大枚をはたいて入手しても使い物にならないという経験をした。一方,英語で書かれたものにも良書はあるが,なにせ白人や黒人を主な手術対象として書かれているわけで,われわれ東アジア人の解剖にはマッチしない面も少なくない。
そのため筆者は,とかく学会のビデオ演題,DVD,ネット配信画像,AVソースを利用したり,手術後は囲碁将棋のごとく,検討会において手術後の「感想戦」を行ったり,あるいは場所を変えて(居酒屋などで)の「雑談学」により,手術のスキルアップを図るほうが合理的と考えてきた。
本書は従来の手術書とは異なるもので,著者の影山幸雄氏のこれまでの経験に基づいた論理的な思考と実践的な眼により著されている。69ページと71ページを見てほしい。尿道後面の2つの膜をこのように理解して手術できる術者は果たして何人に1人いるだろうか。年間何例と症例数を誇ってみても,楽曲のネット販売のダウンロード数ではあるまいし,手術の質はその「数」では担保できず,1例手術するごとに解剖学,および手術学の良書をその都度参照し,反省し,次例に生かすような「症例から学ぶ」真摯な態度がなければ,何例やっても質の高い手術はできない,と個人的には思っている。本書はそのような真摯な態度に基づく良書の1冊と考え,自信をもって推薦する。
A4・頁312 定価12,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01021-4
ローレンス・ティアニー,松村 正巳 著
《評 者》岸田 直樹(手稲渓仁会病院総合内科・感染症科)
丁寧に症例をひもとく思考過程を的確に文章化
幸いにもティアニー先生のケースカンファレンスへ幾度となく参加し,ケースプレゼンテーションもさせていただくことができた。そんな自分が回を重ねていくうちに,その真の魅力として感じはじめていることがある。「鑑別診断学の神様」として名高いティアニー先生のすごさを皆で語ると,"網羅的な鑑別疾患"や"まれな疾患の知識"となることがやはり多い。しかし,それは真の魅力ではないのであろうと……。ティアニー先生のすごさは,鑑別疾患を網羅的に挙げるマシーンとしてのすごさ,重箱の隅まで行き届いたサイボーグのような知識量,そんなものでは全くないと回を重ねるごとに感じている自分がいる。「いくつもあるプロブレムリストから,鑑別疾患を挙げるに値するプロブレムのみを抽出し,優先順位をつけて鑑別疾患を挙げていく時間的空間的アプローチ」。そのすごさである。
自分では言葉にできなかった,瞬時に判断するその眼力が,なんと本書では単なるセンスとして語られるのではなく,的確に文章化されている。読者には,症例によってどの陽性所見を組み合わせたかや,鑑別疾患に優先順位を与え得るclinical pearlの使い方にぜひ注目してほしい。そして,結局はティアニー先生の鑑別は2つか3つとなっている(が,2つ目以降にも,もはや重みはそれほどない)ことに気が付く。診断がつかないときは,多くの微妙な陽性所見に振り回されているのであるが,ティアニー先生にはそのブレがない。最近では,なんとかティアニー先生を振り回してやろうとケースプレゼンテーションで仕掛けている自分がいるが,敗北する。
本書は診断の神様として有名なあのティアニー先生の本であり,マニアックな最終診断となる難しい症例のオンパレードと思っている方も多いかもしれないが,そうではない。そのほとんどが誰もが知らなくてはいけない基本的な疾患であり,非常に丁寧に症例をひもとくそのさまは,初学者にとっても意義ある学びになることは間違いない。にもかかわらず,中級以上の者が読むとなぜか味わい深く,網羅的な鑑別なようで,実はclinical pearlを自在に操り,基本的な疾患に対してもいつもと同じように数点の真のactive problemに瞬時に注目しているその思考過程がしっかり文章化されており,新鮮さとともに感動をも感じるであろう。自分自身,文章化はできていないが,clinical pearlは僕たち日本人の思考過程には非常に馴染みやすい。本書をきっかけにティアニー先生の魅力を垣間見ることができるだけでなく,その診断過程が僕たち日本人の思考過程にも違和感なく,何とも言えない心地良さすら与えてくれていることに気が付く。何より本書をきっかけに,ティアニー先生のケースカンファレンスに足を運んでいただきたい。そこにはまた本では表現しきれないティアニー先生独特の"間"としての診断アプローチの魅力を感じることができる。
A5・頁164 定価3,150円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01177-8
国立がん研究センター内科レジデント 編
《評 者》高野 利実(虎の門病院臨床腫瘍科部長)
その「迷い」が役に立つ
『がん診療レジデントマニュアル』は,オンコロジストのバイブルである――。
なんていうのは間違いである。本書がバイブルであってはならない。でも,オンコロジストをめざす若手医師が,何か1冊,白衣のポケットに入れておくとすれば,本書であろう。
バイブルではないが,役に立つ。役に立つが,書いてあることをただ信じてしまうのは,本書の正しい読み方ではない。
バイブルは書かれてから何千年たとうとも,信じる人にとっての「絶対的真理」を常に示してくれるが,医学書はどんなに権威があろうとも,活字になった時点ですでに「過去の情報」である。それは,新しいエビデンスが日々標準治療を書き換えていくEBMの時代にあってはやむを得ない。そもそも最先端の最高レベルのエビデンスであっても,「現時点での相対的な事実」にすぎないのであって,「絶対的真理」はどこにもない。
それでも,オンコロジストは持てる限りの力を尽くして,がん患者に向き合わなければならない。次々と生じる「臨床上の疑問」に直面しながらも,迷える患者の道案内役となり,チーム医療のかじ取り役とならなければならない。そんなオンコロジストの強い味方が,本書である。簡単な疑問であれば,本書で当座の答えが見つかるかもしれない。ただ,そのためだけに本書を持ち歩くのは,肩こりが悪化するリスクも考慮すれば推奨できない。本書の真の存在意義は,活字の裏にある著者(国立がん研究センターの内科レジデント)たちの想いや迷い,あるいは本書をきっかけに広がるEBMの世界にあると,私は思っている。
本書では,治療法の信頼度を★の数(1-3個)で示しているが,この★の付け方や,説明文のニュアンスには,著者たちの想いや迷いが読み取れる。★にこめられた重さが伝わってくるというのは,星の重さが年々軽くなっていると言われる「ミシュランガイド」とは大きく違う点である。若手医師の皆さんには,同世代のレジデントたちが,日々の疑問と向き合い,エビデンスと格闘しながら書き上げた本書のページをめくって,そこから疑問解決の糸口を見つけていただきたい。疑問は解決しないことのほうが多いし,本書だけで疑問が解決してしまったような場合は,その答えを疑ったほうが良いかもしれない。むしろ大事なのは,本書のページの裏側にある広大な「エビデンス」の海に自ら飛び込むことであろう。エビデンスが十分でなくても意思決定はしなければならないが,そんなときにこそ,本書で読み取れる「迷い」が役に立つ。
本書は1997年に初版が刊行されて以降,レジデントが執筆するという伝統を守りながら,3年ごとに改訂を繰り返し,第5版となった。実際に執筆したレジデントに聞くと,「研修の集大成としてこれ以上ない貴重な経験ができた」という声もあった。最先端の情報という点ではインターネットにかなわないし,今どき,紙媒体を持ち歩くこと自体が時代遅れなのかもしれないが,それでも,「レジデントの情熱」がつまった本書は,(肩こりが悪化しようとも)白衣のポケットに入れておく価値がある。
B6変型・頁504 定価4,200円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01018-4
Andrew Kertesz 著
河村 満 監訳
《評 者》中島 健二(鳥取大教授・脳神経内科学)
FTDを知るための入門書にも最適
本書は,ウェスタン失語症総合検査(WAB)という失語評価法を開発したAndrew Kertesz氏が"The Banana Lady and other stories of curious behaviour and speech"と題し,英国においてペーパー・バックとして一般読者向けに出版された本の日本語訳版である。本書の監訳は神経心理学に精通された本邦の代表的な神経内科医の一人である河村満氏である。原著者のKertesz氏とは30年近くの付き合いだそうである。
前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia ; FTD)は,医学的にいまだ不明な点が多く,実際の頻度も明らかではないが,本邦においても神経変性性の認知症の中ではアルツハイマー病,レビー小体型認知症に次いで多いとされる。1900年前後にArnold Pickが記載して以来,一つの臨床症候群として知られてきたが,臨床的・病理学的特徴の多様性から,別々の疾患として報告されたりしてきた経緯もある。そのため,日常診療においてはアルツハイマー病や躁うつ病などと間違えられたりすることも多く,多くの症例が診断されなかったり,死後の病理学的検討によってやっと診断されたりしてきた。
しかし,FTDという疾患名が登場して以来,再び注目が集まるようになった。また,近年ではタウ蛋白に続いて,TDP-43やFUSなどの新たな関連異常蛋白が報告され,その基礎医学的研究の発展も目覚ましく,大きな関心を集めるようになっている。このような時期に本書が発刊されることは,まさに時宜を得ているものと思われる。
現在,認知症の診断において脳脊髄液を用いたバイオマーカーや脳画像検査などの補助診断法が発達してきているが,FTDの臨床診断の基本は詳細に聴取された病歴と診察に立脚する。しかし,FTDに特徴的な症状・症候を示す医学用語は,わかりにくい表現である傾向がある。例えば,「関心と洞察の欠如」と書かれても,これまで全くFTDを診たこともない者にとっては,その用語から実際の症状を想像することは難しい。
本書の前半部のエピソード編では,FTD患者について19編の物語として構成されている。
本書のタイトルとなっている「バナナ・レディ」はエピソード1に記載されているバナナを大量に摂取する女性患者を示し,本エピソードではFTDの典型的な強迫的な食行動が鮮明に描かれている。それ以外にもすべての症例に興味をそそるタイトルが付けられ,それが描かれている人物の異常行動や症状を印象付けられる。これらの19の物語を読むことにより,実際の患者を診なくても,FTDの重要な症状を容易に理解することが可能である。
後半の解説編では,FTDをめぐる歴史的な概念の変遷などを中心に,認知症の専門家である著者の研究的レビューがあり,一読に値する。また,日常診療においてすぐにでも役立つ介護者へのアドバイスも記述され,FTDの理解をさらに深めてくれる。まさに,FTDの教科書ともいえる内容でもある。
本書は,一般の読者向けに書かれているものの,FTDを学ぶ医学書としても十分に活用できる書物であり,FTDを知るための入門書として最適と思われ,医師ばかりではなく,コメディカルの方々や学生にもぜひともお薦めしたい。
A5・頁232 定価3,570円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00961-4
聖路加国際病院ブレストセンター 編
《評 者》田村 和夫(福岡大教授/臨床腫瘍学・血液学)
専門医以外の医療者にもお薦めしたい良書
本書は乳癌患者を実際に診療するに当たってガイドとなる,B6変型判224ページの白衣のポケットに容易に入るサイズの書籍である。表紙はピンク色でピンクリボンを思わせ,乳腺を扱う本であることを想定させる。
執筆は中村清吾センター長(現・昭和大学病院乳腺外科教授)を中心とした聖路加国際病院の乳腺科のチームが担当されているが,チームで乳癌患者を診療する視点から記載され,極めて実践的ですべての職種が利用できる内容となっている。
内容を点検してみると,マニュアル本にありがちなknow-howものではなく,疫学,予防,検診から診断・治療まで通常の診療について記載されていることはもちろん,乳癌の生物学的な特徴を理解するためのホルモン受容体,HER2を含む病理組織検査について図入りで概説されている。また,まだ日本では一般化していないが,将来導入される可能性のある遺伝子発現解析についても言及している。さらにインターネットを通し患者が入手できる豊富な最新情報に対し,医療者が相談を受けた際に対応ができるよう配慮されている。
治療のセクションでは,乳癌治療チームがbad newsを伝え,がん治療(手術,薬物,放射線療法)を実施する際に直面する問題を,副作用,医療費,再発・終末期に至るまで患者が置かれているそれぞれの段階に応じて,適切に治療・マネジメントができるようにチームとしてかかわっていくためのポイントがわかるように書かれている。
さらに大きな特徴は,ガイドラインの枠を超える最新の薬剤については第III相試験の概要とその結果を紹介し,担当医が考察,決定できるようにしていることである。小冊子にもかかわらず重要な文献がどの章にも取り上げられており,単に執筆者の考えあるいはガイドラインの押し付けになっていないところもよい。
本書は,これを参考に乳癌専門の医療ができ,さらに乳癌診療に対する基本的な考え方も理解できる内容となっているので,乳癌専門の医療者ばかりでなく,乳癌を専門にしていない医師やプライマリ・ケアを行う看護師・薬剤師にも推薦できる良書である。病棟・外来の机の引き出し,あるいは白衣のポケットにちょっと入れておくと便利である。
B6変型・頁224 定価3,780円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00942-3
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