医学界新聞

寄稿

2011.01.31

寄稿

臨床倫理コンサルテーションの実際
――米国視察を終えて

瀧本禎之(東京大学医学部附属病院患者相談・臨床倫理センター副センター長/心療内科特任講師(病院))


 昨今,臨床現場で,「倫理的問題」という単語を耳にする機会が増えてきたと思う。何をもって倫理的問題とするかという問題はさておき,医療技術の進歩,患者の権利の確立などに伴い,現場に携わっている医療者が「これでよいのか」「医療が難しくなった」という気持ちを抱く機会が増えたことには,異論がないであろう。裏を返せば,昨今の臨床現場は倫理的支援を必要とするようになったと言えよう。


臨床倫理コンサルタントは臨床現場のトラブルシューター?

 臨床倫理的支援の一つとして,臨床倫理コンサルテーション(Clinical Ethics Consultation;CEC)がある。CECは「臨床場面における倫理的問題を相談に応じて分析し,対応方針について適切な助言を行うことによって解決に導く」サービスである。2003年4月の医療法施行規則の改正に伴い,特定機能病院および臨床研修指定病院に対して「患者相談窓口の設置」が要求されたことを契機に,筆者が所属する東京大学医学部附属病院は患者相談窓口を設置した。さらに,厚生労働省による「終末期の医療ガイドライン」にて「倫理的助言を受けられる専門家で構成された委員会の設置と支援」が言及された流れを受けて,患者相談窓口に臨床倫理センターを併設する形で,2007年に患者相談・臨床倫理センターを全国に先駆けて設立した。センターの設置を契機に,東京大学医学部附属病院では正式にCECサービスの提供を開始している。対応件数は,2007年度37件,2008年度51件,2009年度108件と,増大傾向にある。

 CECを開始して,現場の臨床倫理支援のニーズを感じるとともに,臨床現場から依頼が寄せられるのは外来や病棟での対応に苦慮しているときであり,現場では問題解決につながる実際的かつ具体的な助言が求められている,ということに気付かされた。つまり,臨床現場が求めているCECは,単なる倫理的観点からの分析や助言のみではないということである。筆者は,実際にCECサービスを提供し始めるまでは,CEC に対して,机に向かいながら臨床倫理4分割表に代表される分析シートを用いて倫理的考察を行うようなイメージを持っていた。しかし,実際に始めてみると,時に医療チームの中に入って活動したり,時にトラブル解決のための具体的な臨床面からの助言を行ったりするなど,むしろ,一般臨床場面で行われている主科の求めに応じて専門科が助言を行うような通常の臨床コンサルテーション活動に近い作業を経験することになった。そこでは,倫理的知識は当然必要になるものの,むしろコミュニケーション技術や医学的知識,医療制度,法に関する知識などが有効に働くことが多かった。その結果,倫理コンサルタントの仕事は,倫理的観点からの検討を踏まえたトラブルシューターとしての側面を有しているのではないかとの印象を,筆者は持つに至った。

米国CECを視察して

 米国では2000年の調査でCECが400床以上の医療施設の100%で提供されていると報告されているように,CECサービスが確立されている。また,bioethicistの呼称で,専門職としての倫理コンサルタントが認知されつつある。米国の文献に目を通していると,筆者らの行っているCECとは異なり,米国において提供されているサービスは洗練されたものである印象を受ける。そのため常々,米国のCECについて,実際はどのように行われているのか,具体的な方法や院内における倫理支援体制を担う病院倫理委員会(Hospital Ethics Committee;HEC)との関係性などについて関心を持っていた。

 昨年10月に念願がかない,渡米して実際の臨床現場における倫理支援と教育を見聞する機会に恵まれた。Cleveland Clinic, Hospital of the University of Pennsylvaniaなどをはじめとした大規模病院から小規模病院まで,急性期病院からリハビリテーション専門施設まで,系統の異なる8病院を訪問し,実際のCEC活動やHECに参加させてもらう経験を得た。そこで感じたことは,どの医療施設においてもHECが活動しており,CECサービスも提供されているが,それは決して洗練されたものではないということであった。

病院倫理委員会
 渡米前,筆者は,CECサービスはHECの機能の一部であり,倫理コンサルタント単独やチーム形式でCECを行っている場合もHECに属していると考えていた。つまり,HECが,院内の倫理支援活動の中心を担っていると考えていた。しかし実際は,病院内のCEC をはじめとした倫理支援の大半は,臨床倫理もしくは生命倫理の修士号を取得しているbioethicistが一手に担っていた。そして,院内の倫理コンサルタントであるbioethicistは,必ずしもHECに属してはいなかった。対して,HECは,臨床倫理に関する1 日程度のセミナーを受講した程度で,一定期間から成る臨床倫理の正式な教育コースを受けたことがないメンバーが中心となって構成されていた。あえて乱暴な表現をすれば,臨床倫理に興味はあるが素人に近い医療職で占められていた。そのため,HECのミーティング時間の大半は,実際の倫理支援活動よりも,専門家によるHECのメンバーへの教育に費やされていた(写真)。

 また,倫理コンサルタントの活動内容は,通常の臨床コンサルテーション業務と類似しており,彼らは依頼に応じて病棟に出向き,医療チームの一員として機能していた。個別のCECは,現場で判断し現場で解決していくことが一般的であり,机に向かって倫理的考察をしているといった印象からは程遠いものであった。倫理コンサルタントの医療チームにおける役割は,倫理的観点からの助言はもちろんのこと,チームの中の関係調整やトラブル回避のための知恵を出すなど,まさに倫理的調整役,トラブルシューターといった様相であった。考えてみれば,多くのトラブルは価値観の衝突から生じるのであり,価値観の衝突は広義の意味で倫理的問題ととらえることができる。また,16 人の倫理コンサルタントにインタビューしたところ,彼らが考える倫理コンサルタントに一番必要な技術は,臨床技術の重要な要素であるコミュニケーション技術であり,「倫理コンサルタント=倫理的トラブルシューター」を裏付けるかのような結果となった。

 さらに,大規模病院では倫理コンサルタントは24時間365日当番制でポケベルによる対応をしており,その点も通常のコンサルテーション業務と同様であった。また彼らは,緩和ケアやICUといった病棟のカンファレンスにメンバーとして常に参加し,チーム医療の一翼を担っていた。

 米国で実際に行われているCECは,筆者が当センターでCECに従事しているときに感じていることと共通するところが多いものであった。

臨床技術としてのCECとわが国の可能性

 つまるところ,筆者は,CECは広義の臨床技術上に位置付けられると感じた。日本においては,専任の倫理コンサルタントは皆無に近く,多くは医療従事者が臨床業務と兼任していると考えられる。結果,彼らが提供しているCECは,自然と彼らが慣れ親しんだ臨床におけるコンサルテーションに近いものになっていると推測される。その意味で,日本において行われているCECは,米国の実際のCECの形に近いと言える。もし,日本において倫理学者などの医療に従事した経験を持たない者が,専任の倫理コンサルタントとして病院内で採用されるようになったとしよう。しかしながら,米国の現実をみるにつけ,臨床現場に慣れ親しんだことのない彼らが倫理的観点を臨床現場に持ち込んだところで,有効に機能することは難しいのではないだろうか。幸か不幸か専任者が少なく医療従事者が兼任する日本の現状は,かえって実効性のあるケースコンサルテーションを行いやすい状況なのかもしれない。


瀧本禎之氏
1997年神戸大医学部卒。2004年東大大学院医学系研究科博士課程修了。東大生命医療倫理人材養成ユニット特任研究員を経て,06年同大病院心療内科助教,09年より現職。臨床倫理コンサルタント。医学博士,心療内科専門医,総合内科専門医。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook