中間解析と早期終了の問題点 その6――最新の論文から(植田真一郎)
連載
2011.01.10
論文解釈のピットフォール
【第22回】
中間解析と早期終了の問題点 その6
――最新の論文から
植田真一郎(琉球大学大学院教授・臨床薬理学)
(前回からつづく)
前回まで,5回にわたって早期終了の問題点を議論してきました。被験者保護,臨床試験結果を迅速に社会へ提供することが目的であった早期終了がいつの間にかさまざまな問題点を抱えるようになり,倫理的にも必ずしも正当ではないことをおわかりいただけたかと思います。
今回は,昨年11月に開催された米国心臓協会学術集会において発表され,すぐに「New England Journal of Medicine」誌に掲載された臨床試験がやはり早期終了となっていたので,これを読んでみたいと思います。本連載でお話ししてきたさまざまな臨床試験の見方とも合わせて考えていきましょう。
EMPHASIS-HF試験の背景と概要
EMPHASIS-HF試験は,NYHA心機能分類II度で左室駆出率30%未満(QRS 130 msec以上の左室駆出率30-35%を含む)の心不全患者を対象とした,抗アルドステロン薬エプレレノンとプラセボを比較した試験です1)。一次エンドポイントは"心血管死亡"と"心不全による入院"の複合です。これまでの心不全臨床試験の結果から,ACE阻害薬とβ遮断薬が死亡率を低下させることは明らかですが,依然として予後は悪く,またACE阻害薬のみではレニン-アンギオテンシン-アルドステロン系(RAAS)が十分に抑制されないという実験的な試験もあります。したがって,他のRAAS抑制薬の追加が予後をさらに改善できるかどうかは確かに重要な問題と言えます。
これまでARBの追加によって,カンデサルタンが総死亡率を改善したという試験結果が出されているものの(11%,統計学的には有意ではない),バルサルタンとプラセボを比較した試験では死亡率の減少はなく,予後の改善に関する一貫した成績はありません。むしろ有害事象が増加する可能性も示唆されています。
これに対し,抗アルドステロン薬は重症心不全では死亡率を低下させましたが,軽症から中等症の患者における臨床試験は行われていませんでした。このEMPHASIS-HF試験は,まさにこの比較的軽症の心不全患者を対象としたものです。結果は,中間解析で一次エンドポイント発生リスクの明らかな低下がエプレレノン群において認められ(47%リスク低下),観察期間(中央値)21か月で早期終了となりました(表)。
表 EMPHASIS-HF試験におけるエンドポイント発生(文献1より改変) | ||||||||||||||||||||||||||||||
|
イベントは十分に発生しているが……
EMPHASIS-HF試験では,一次エンドポイントが両群合わせて271例および542例(推定されたイベント数の30%,60%)発生した時点で中間解析を実施し,p<0.001であれば早期終了を考慮するという早期終了の基準が定められています。2回目の解析でこの基準を満たしたため,エプレレノン投与は明らかに有益であると判断されたようです。
またこの試験では,以前問題点を指摘した,重篤度,客観性に差がある複合エンドポイントを使用しています。二重盲検法を採用していますから,判定でバイアスが生じることはないとしても,本来は死亡率を重視すべきだと思います。実際,本連載第18回(第2894号)で取り上げたCHARM試験では,死亡率のみが早期終了の指標となっていました。心血管死亡のほうがより特異的に薬剤の効果を評価し得るという意見もありますが,死亡原因の診断は必ずしも容易ではなく,死亡リスクの高い患者では総死亡で評価すべきという考え方もあるのです。
EMPHASIS-HF試験では,総死亡が384例発生し,エプレレノン群で24%低下していました。以前述べたように,早期終了の問題点の一つは,エンドポイント発生が少ないときにrandom highが生じ,早期終了するためのリスク低下の過大評価(イベント数が少ないときにはリスク減少が大きくならないとp<0.001にならない)が生じることです。ですから,その点に関しては問題は少ないと考えられます。JUPITER試験では,複合エンドポイントはある程度発生していましたが,個々のイベントの発生が少なかった(心筋梗塞は99件)のです。ただし,表からわかるようにCHARM試験のように死亡率のみを基準にしていれば早期終了にはならなかった,という点は何かひっかかりますね。そもそも同じ疾患の臨床試験で早期終了を検討するエンドポイントが異なるのはおかしいと思います。
観察期間への疑問
本試験の問題点は,早期終了の結果,観察期間がわずか21か月となったことです。重症心不全を対象とした,より短い観察期間が正当化されるRALES 試験2)の24か月よりも短く,EMPHASIS-HF試験と同様に軽症から中等症の心不全患者を対象としたCHARM-Added試験(カンデサルタンとプラセボとの比較)3)やSOLVD試験(ACE阻害薬であるエナラプリルとプラセボの比較)4)の半分(いずれも観察は41か月)なのです。
とりわけ,CHARM試験は数回の中間解析で比較的明瞭な死亡リスクの減少(開始後1年で30%以上,p=0.0002,総死亡は331例)が認められたにもかかわらず観察を続けたところ,リスク減少は徐々に低下し,最終的にはCHARM試験全体で10%程度でした。18-24か月後のリスク減少は25-20%ですから,この時点で試験を終了していればEMPHASIS-HF試験と同程度のリスク減少が報告できたわけですが,これでは過大評価になります。したがって,21か月と短い観察期間で結論を出したEMPHASIS-HF試験でも同じことが生じた可能性は否定できないのです。
しかも本試験では,ほぼ90%の被験者が(死亡率を低下させる)ACE阻害薬またはARBとβ遮断薬を服用しており,単独の薬剤の効果は証明しにくい試験であるにもかかわらず,研究者が予想した以上の相対リスク減少が得られています。例えばSOLVD試験では,当然それらを服用していない状態での比較でしたが,死亡率の低下は16%です。一方で,重症心不全におけるRALES試験ではACE阻害薬を服用していても抗アルドステロン薬スピロノラクトン群で死亡率が30%低下しており,この結果からは対象患者,薬剤が異なるとは言え,一貫性があるように見えます。つまり心不全患者において,抗アルドステロン薬による治療が最も有益であることを示唆しているのかもしれないのです。ただし,RALES試験も早期終了試験であり(平均観察期間24か月),過大評価されている可能性に留意すべきです。
安全性評価の観点から見ると,やはりEMPHASIS-HF試験の観察期間は短すぎ,危険性を過小評価している可能性があります。本連載第4回(第2837号)において,RALES 試験では重篤な高カリウム血症の発生がプラセボ群と比較してさほど多くなく,安全であると報告されたものの,その後のコホート研究ではスピロノラクトンの処方の増加とともに入院を要する高カリウム血症や死亡が倍増したことをお話ししました。EMPHASIS-HF試験でも,やはり重篤な高カリウム血症の発生は少ないのですが,これは,本試験の対象患者が心不全患者としては若く,腎機能もよく,何より臨床試験に参加することでより頻回に検査を受け,安全性確保のためプロトコル上さまざまな努力がなされていた結果だとも考えられます。さらに観察期間が短いことも影響しているかもしれません。結局,今後外的妥当性の高い観察研究を実施しなければ安全性は評価できないかもしれませんが,EMPHASIS-HF試験においても比較的軽症だからこそ,エプレレノンの有害反応のデメリットを重視し,より長期の観察によって評価すべきであったと思います。
あらゆる薬物療法において,有益さと危険性のバランスを慎重に検討しなければなりませんが,早期終了はどうしても前者を過大に,後者を過小に評価してしまう可能性があります。早期終了試験結果を読み,診療に応用しようとするとき,この点を忘れてはなりません。
(つづく)
参考文献
1)Zannad F, et al ; The EMPHASIS-HF Study Group. Eplerenone in patients with systolic heart failure and Mild Symptoms. N Engl J Med. 2010 Nov 14. [Epub ahead of print]
2)Pitt B, et al. The effect of spironolactone on morbidity and mortality in patients with severe heart failure. N Engl J Med. 1999 ; 341(10) : 709-17.
3)McMurray JJ, et al. Effects of candesartan in patients with chronic heart failure and reduced left-ventricular systolic function taking angiotensin-converting-enzyme inhibitors : the CHARM-Added trial. Lancet. 2003 ; 362(9386) : 767-71.
4)The SOLVD Investigators. Effect of enalapril on survival in patients with reduced left ventricular ejection fractions and congestive heart failure. N Engl J Med. 1991 ; 325(5) : 293-302.
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
PT(プロトロンビン時間)―APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)(佐守友博)
連載 2011.10.10
-
事例で学ぶくすりの落とし穴
[第7回] 薬物血中濃度モニタリングのタイミング連載 2021.01.25
-
寄稿 2016.03.07
-
人工呼吸器の使いかた(2) 初期設定と人工呼吸器モード(大野博司)
連載 2010.11.08
最新の記事
-
取材記事 2024.12.11
-
連載 2024.12.11
-
対談・座談会 2024.12.10
-
循環器集中治療がもたらす新たな潮流
日本発のエビデンス創出をめざして対談・座談会 2024.12.10
-
対談・座談会 2024.12.10
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。