医学界新聞

寄稿

2010.11.22

寄稿

ワーク・ライフ・バランスの実現に必要な「基盤づくり」を

原田博子(九州大学准教授・看護管理学/日本看護協会「地域へのワーク・ライフ・バランス普及推進プロジェクト」委員長)


働きやすい勤務体制の実現へ3つの取り組み

写真 「看護職のWLB推進ワークショップ」の模様(写真中央が原田博子氏)
 2009年11月に萩市民病院は,(財)日本生産性本部「次世代のための民間運動――ワーク・ライフ・バランス(以下WLB)推進会議」によるWLB大賞に選出されました。受賞理由として,職員全員参加型会議によって働きやすい勤務体制を検討し,実現したことが挙げられています。

 私は1999年から10年間,萩市民病院の看護部長を務めました。その間に実現したのは,主に以下の3つの事業です1)

1)臨時職員の多様な勤務形態の導入
 現在,全国に50万人以上いるとされる潜在看護師が,もう一度医療現場に復帰するのは,画一的な勤務時間や業務内容のままでは不可能です。子育てや介護などの事情を面接の際に話し合った上で,勤務形態や勤務場所を決めるようにしました。

2)市民誰もが利用できる24時間保育体制の確立(市の委託事業として)
 医療現場のみならず福祉現場で交替勤務をしている人も対象に,山口県看護協会萩支部が主体となり500人余りに子育てアンケートを実施しました。その結果を,職能団体からの報告として萩市役所に提出したところ,既設の認可保育園に市が補助金を出すことになり,24時間認可保育所が実現しました。

3)短時間正職員制度の導入
 地方公務員法改正(2008年1月1日)に合わせて短時間正職員制度を導入し,制度の周知も進めました。一例を挙げます。制度導入とほぼ同時期に,「子育てのために家族から退職を勧められた」という情報が2人の看護師から寄せられました。それぞれの看護師を仲介して,ご家族にも納得できる働き方を病院から何度も提案した結果,短時間正職員制度を利用することになりました。ご家族からは「ここまで一生懸命な病院なら安心だ」と評価され,勤務を継続することができたのです。

目標管理制度と全員参画型委員会による「基盤づくり」

 こうした取り組みにより,結婚や子育てをしながらでも働き続けることができる職場風土が醸成され,2000年当初は10%あった離職率が,09年には4.4%に下がりました。また,看護師の定着だけでなく,新たな看護師確保も可能となり,開院10年以内で7対1入院基本料の算定ができたのです。

 これらを可能としたのは,能力開発を目的に2004年から導入した目標管理制度です2)。まずは一人ひとりの看護師がキャリア開発の視点から目標を描けるよう,看護師長による年3回(4月・10月・2月)の面接を始めました。目標管理制度の導入により,「師長と看護師が一緒に目標を考えていく」という姿勢が生まれ,一人ひとりの看護師がめざしていることや悩みなども把握することができるようになりました。

 さらに,看護師に役割と権限を譲渡するために,卒後2年目以上の全看護師が病院の委員会に参加する方式の「全員参画型委員会」を導入しています3)。一般に病院では,看護管理者が中心となり委員会が運営されているところがほとんどです。しかし,若い看護師が業務とは違った視点で,院長・事務部長・副院長などを含む他職種と委員会活動を行うことは,組織運営をとても活発にしてくれました。

 そのほか,看護師たちが自分の意見を自由に言えるKJ法による会議を行っています。こうした会議により,一人ひとりの意見を公平に聞き取ることができ,そこからさまざまな取り組みが生まれました。

 WLBの取り組みは2階建てと言われます(図1)。2階の部分は,多様な働き方に関する制度の充実や運用です。1階の部分では,組織の人事労務管理や福利厚生を見直し,整えることが必要です。また,組織だけでなく,一人ひとりの職員が自律して自らのワークとライフのバランスを考えることも大切です。中でも看護師としては,タイムマネジメント能力が非常に重要だと考えています。

図1 WLBの2階建て構造

 本当のWLB(2階部分)は,1階の基盤ができていないと実現困難なのです。さらに,1階部分と2階部分を昇ったり降りたりしながら,改修し補強することが医療現場には求められているのだと実感しています。

日看協「看護職のWLB推進ワークショップ」の展開

 日本看護協会では,看護職が働き続けられる労働条件・労働環境の実現を目標とした「看護職のWLB推進ワークショップ」を今年度は8都道府県31施設を対象に開催しています。私はその中で,WLBの概要や実際の取り組み例を紹介し,WLB実現に向けたアクションプラン策定の支援をしています。

 ワークショップに先立ち,参加施設のWLB施策整備状況と看護職員のWLB実現度についての現状把握を目的として,「看護職のWLB指標調査」を実施しています。それらの分析結果をもとに,参加施設の看護部長・事務部長など参加者の方とアクションプランの立案をします。各都道府県看護協会やワークショップ支援者,参加施設が一体となって,どうすれば働きやすい職場作りができるのか,知恵を出し合っています。

 さまざまなところでWLB推進のためにお話をする機会があるのですが,WLBは“組織が取り組んでくれるもの”と考える傾向がどうしても根強いようです。しかし,組織がWLBに取り組むと同時に,看護師個人が,自らの充実した生活やキャリアを自律して考えることが重要なのです。その上で,看護管理者として看護師一人ひとりを支援する,という認識を持ち,行動することを大切にしています(図2)。

図2 看護職のWLB概念図(日本看護協会「2009職場づくりサポートブック」6頁より)

 前述のワークショップに事務職が参加するなどして,WLB事業に対する施設幹部の理解が得られているため,WLB実現が組織全体の取り組みになりつつあります。これは事業の開始以前であれば困難だと考えられていたことです。さらに,指標調査結果をもとに話し合うことによって,「自施設で考えていたアクションプランから発想の転換ができた」という声が参加者から出ています。

 ワークショップの4か月後には,自施設での取り組みを踏まえたフォローアップワークショップが開催され,結果報告と次年度に向けての課題整理が行われます。今後各地で開催予定のフォローアップワークショップでどのような成果が発表されるのか,いまからとても楽しみにしています。

参考文献
1)日本看護協会編.看護白書〈平成20年版〉多様な勤務形態導入へのチャレンジ――看護職定着に向けて.日本看護協会出版会;2008.
2)原田博子.こうすれば成功する目標管理導入――やればやるほど成果が上がる楽しい目標管理.看護部マネジメント.2005 ; 10(214) : 15-26.
3)原田博子.個人の意識が委員会を支える「全員」委員の取り組み.看護学雑誌.2006 ; 70(6) : 502-7.


原田博子
1972年順正短大保健学科卒。離島での養護教諭,済生会山口総合病院勤務を経て,99年4月より萩市民病院看護部長。2010年1月より九大准教授。委員長を務める日看協「地域へのワーク・ライフ・バランス普及推進プロジェクト」では,初年度(2010年度)8都府県,3年間に47都道府県でのワークショップ開催を目標としている。山口大大学院医学研究科公衆衛生学博士課程修了。認定看護管理者。

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