臨床試験がかなえる看護師の新たなステージ(新美三由紀,樋之津淳子,中村直子)
対談・座談会
2010.07.19
【座談会】臨床試験がかなえる
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タイトルを見て「臨床試験なんて,私たちには関係ない」と,思った看護師の方もいるのではないでしょうか。しかしながら被験者となる患者の一番近くで患者の自己決定を支援し,有害事象のいち早い発見やケアを行うことができるのは看護師です。
臨床試験のスタッフというと,CRCを真っ先に思い浮かべると思いますが,CRCは主に試験中だけのかかわりとなるため,患者は試験後も継続して近くにいる存在を求めています。
未承認薬や適応外使用の問題から臨床試験のいっそうの充実が求められるなか,臨床現場にいる看護師だからこそできることがあります。本座談会では,わが国の臨床試験領域のパイオニアでありこのたび『ナースのための臨床試験入門』を上梓した新美三由紀氏を司会に迎え,臨床試験に看護師が加わる意義を臨床・教育・試験支援の三つの立場から議論しました。
新美 臨床試験と聞くと,決して嫌がっているわけではないものの「わからないから怖い」「怖いから触れたくない」と考える看護師がいるのも事実です。そこで本日は,看護師が臨床試験に加わることやもっと知ることの意義を3人で考えたいと思います。
それではまず,お二人の臨床試験とのかかわりからお聞かせください。
中村 私は看護師になって約10年は,臨床看護師として病棟勤務をしていたのですが,その後配置転換でCRC(Clinical Research Coordinator)となり,臨床試験にかかわるようになりました。3年半ほどCRCとして活動した後,厚労省医政局研究開発振興課で治験推進指導官として「新たな治験活性化5カ年計画」(註)の立案や中核病院・拠点医療機関の整備等,臨床試験を推進する業務に携わり,2008年に現在の国立がん研究センター中央病院(以下,がんセンター)に移りました。
がんセンターでは再び臨床看護師として,主に新規抗がん薬のヒトでの安全性確認を主目的とした第I相試験を行う計画治療病棟の看護師長をしています。また,臨床試験を推進するために設立された臨床試験管理室で,統括CRCとしての活動もしています。
樋之津 私は,臨床看護師を3年ほど務めた後,ずっと基礎看護学を専門として教育に携わってきました。臨床試験とは,私が博士課程で行ったがん患者のQOL調査の研究で,現在臨床試験の場でも使われるFACT(Functional Assessment of Cancer Therapy)というQOL調査票の翻訳と日本への導入を行ったことでかかわりが生まれました。これに関連して,現在はがん看護や看護研究についても指導しています。
教育環境から臨床試験を考える
新美 樋之津さんは看護研究の教育にも携わっていますが,看護学生は臨床試験や看護研究を含めた臨床研究をどうとらえているのでしょうか。
樋之津 実は,私の大学では臨床試験そのものを教える科目はありません。看護研究の講義で少し触れるのですが,“第I相から第III相というフェーズがある”といった話をするだけなので,臨床試験は看護研究とは少し違うものととらえているかもしれません。
新美 その講義では,研究倫理や患者保護について学びますか。
樋之津 ええ,研究倫理や患者さんを守るアドボカシーの話はよくします。しかし,臨床現場でどのように倫理的な問題を取り扱っているかは,それぞれの施設によって違う部分もあると思うので,審査などには全く触れていません。
新美 看護研究の教育はどのくらいの期間で行われているのですか。
樋之津 現在は半年間,15回の講義で,研究デザインや研究方法の種類,倫理,文献検索とレビュー,統計を含めた方法論,研究計画書の作成,発表方法までを教えています。
この講義は卒業研究に着手するまでの助走と位置付けていますが,臨床での介入研究を卒業研究で学生が行うには限界があるので,なぜ研究が看護にとって必要なのかが実感を伴ってわかるようになるのは,やはり卒業してからと感じています。
新美 実際の臨床での研究は現場に出てからということですね。
中村さんは,病棟では臨床試験をどのように学んできたのでしょうか。
中村 私が看護師になったころを思い返すと,臨床試験や臨床研究に意識してかかわることはなく,「番号が付いているバイアルは大切なお薬なので捨てないで」と医師から告げられ,後から「そういえば,臨床試験だったな」と思うことがあるだけでした。
臨床試験や治験という認識はあっても,その目的やどのような有害事象が予想されるかといった試験担当医から看護師への説明は一切なく,自分からも知ろうとはしませんでした。そのため,患者さんから「抗生剤の臨床試験に参加しているのですが,この薬は効くのでしょうか」と不安を訴えられてもうまく答えることができず,今考えると患者さんの不安を助長させていたかもしれません。
新美 現場に出てからも,臨床試験を学ぶ機会は少なかったということですね。
現在がんセンターでは,学生実習を受け入れていますよね。
中村 国立看護大学校の学生実習を受け入れています。臨床試験の講義もあり,試験に参加する患者さんがどのような気持ちでいるのか,臨床試験にどのようなスタッフがかかわっているのか,看護師の役割は何かといったことを1クール2週間の実習で学びます。
樋之津 計画治療病棟での実習は,どのようなことを行うのですか。
中村 実際に臨床試験に参加する患者さんを受け持ち,治験薬を投与したり試験治療を受ける場面や,バイタルサインを取る場面を経験します。また,治験薬管理を学んだりCRCから話を聞く時間も設けています。
新美 現在,がん領域では治験だけでなく多くの研究者主導臨床試験(臨床研究とも呼ばれる)が行われているので,実際に被験者となった患者さんを担当することができますよね。
中村 はい。実習後には学んだことを発表する機会があるため,実習では臨床試験にかかわらなかった学生も臨床試験を知ることができます。
樋之津 きちんとフィードバックをすることで,自分が経験できなかったことも学べるわけですね。
新美 いろいろな経験をした人がお互いにフィードバックし合い,経験を語ることによって知識を増やせるのはよい方法ですね。現場に出る前に少しでも臨床試験の知識を身に付けると不安を減らせると思います。
樋之津 新人看護職員研修では,臨床試験の教育は行われていますか。
中村 がんセンターでは今年の新採用者の集合教育として,看護師を含めた全職員向けに,臨床研究に関する倫理指針についての講義が行われました。
新美 医師や他のコメディカルと一緒に勉強するのは素晴らしいですね。それによって,全員に関係するという意識が芽生えます。
■看護師だからできる,“寄り添い”
新美 臨床試験で「看護師だからできる」ことは,どんなことでしょうか。
中村 私は“患者さんに寄り添う”ということだと思っています。臨床試験の完遂を求められる医師やCRCは,時として無理に試験を進めてしまうことがあるかもしれません。ですので,あくまでも臨床試験と患者さんの立場をよく理解した上でですが,患者さんの話をよく聞き,必要であれば医師の言葉を通訳しその気持ちを代弁するといった役割が看護師にはあると思います。
新美 そうですね。患者さんからみると,CRCなどの臨床試験専門のスタッフは,試験が始まったら突然登場し,終了後はすぐにいなくなるように感じても仕方ないのかもしれません。やはり長い闘病生活で,また入院生活で患者さんのそばにずっといるのは現場の看護師ですよね。
中村 ええ。看護師だからこそ,一番に患者さんの変化や気持ちの揺らぎをキャッチできます。
新美 しかし,自分の働く現場で臨床試験が行われていること自体を知らなかったり,知っていてもかかわろうとしない看護師もいます。試験に参加したために看護師に「私たちはわからないので,先生やCRCに直接聞いてください」と扱われ,つらい思いをしたという患者さんの話を聞き,身につまされたことがあります。
中村 臨床試験が少ない部署では敬遠してしまったり,怖いという気持ちが先に立ってしまう現状はあるでしょう。「未承認の薬は,怖いので取り扱いたくない」「試験実施計画書から逸脱すると,大変なことになる」という考えがこの背景にあると思います。ですので,そのような考えを持つ看護師は,怖さを取り除くためにも試験薬やその試験の目的,また予測される結果を知ることが重要です。そして,“こういう目的のために,この検査と観察をこのタイミングで行う”といったことがわかると,臨床試験にも自然に入っていけると思います。
新美 看護師が抱くのは,おそらく表面的な怖さだと思うのです。臨床現場では,個人輸入した薬や評価療養をはじめ,実は未承認や適応外の医薬品を扱う機会も多いと思います。慣れているという理由だけで怖くないと感じるのかもしれませんが,安全性という面では臨床現場も多くの臨床試験と違いはないのですよね。
試験終了後からが本当の出番
新美 臨床現場ではあまり意識されていないかもしれませんが,臨床試験では試験治療に効果があれば継続することが多いため,試験が終わるときはたいてい悪い理由です。副作用や重篤な有害事象,また効果がないといったことが終了理由となるため,その後の患者さんに対するケアが重要となります。観察は続くかもしれませんが,治療という面では患者さんは試験から外れるので,そこからが看護師の本当の出番だと思います。
樋之津 バッドニュースを伝えられた患者さんをどのように支えるか,ということですよね。私はコミュニケーションの講義で,臨床実習場面で患者さんが経験する「つらい思い」をどのように共感的態度を持って受け止めるか,という演習をしているのですが,臨床試験を題材としたものはありません。と言うのは,教材となる事例が思い浮かばないのです。
新美 先日,ハーセプチンという乳がんの薬の開発過程を描いた『希望のちから』という映画を見たのですが,そこに登場する患者さんがよい事例になるかもしれません。主役は乳がん患者と薬を開発する医師で,看護師やCRCはあまり登場しないのですが,ある患者さんは薬が多少効いてはいるものの期待された効果ではなかったため,医師から「次のフェーズには,あなたは参加できません」と告げられます。その患者さんは非常に大きなショックを受け,「少しはよくなっているので続けさせてください」と医師に訴えかける。まさにバッドニュースを告げるシナリオがこの映画にはたくさんありました。
樋之津 「アドボケート」といっ...
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