コンコーダンスに基づいた対話で患者の価値観に沿った医療を(安保寛明,武藤教志)
インタビュー
2010.06.21
【interview】コンコーダンスに基づいた対話で |
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患者の気持ちやライフスタイルと医療との調和をめざすコンコーダンスの考え方が注目を集めている。コンコーダンスは服薬を拒否する精神科患者の思いを理解し,患者の望む医療を実践するための概念として見いだされ,現在はその概念を実践に活かすためのスキルも開発されて慢性疾患患者との面接などに有効とされている。そこで本紙では,コンコーダンスとそのスキルに詳しい安保寛明氏と武藤教志氏にインタビューを行い,この対話術について聞いた。
患者さんの服薬を妨げる壁
――薬を飲まない精神科患者さんの心理は,どのようなものなのでしょうか。
安保 入院直前の患者さんは,人とのやりとりに不信感を持っている方が多いと考えられます。統合失調症などの患者さんでは,幻覚や妄想といった精神症状が強く,周囲の人の言うことを理解できなかったり自分の考えを否定されたりする経験が続くためです。そうなると,医師が勧める服薬にも不信感が及びます。統合失調症の薬の場合は効果が実感されるまでに3-4週間とも8週間とも言われる時間が必要ですから,服薬の効果を疑う気持ちと戦うのは大きな苦痛なのです。
また,飲み忘れなどによる自責の念は病気の苦しみを大きくし,治癒への希望を失わせることがあります。これは学習性無力感と呼ばれ,服薬を拒否する患者さんによくみられます。このほか,副作用への懸念および経験や,治療効果を実感できないことなども服薬拒否の要因となります。
このように,患者さんが服薬の気持ちを持つためには,いくつかの克服すべき壁があります。この壁を患者さんが乗り越えるには,医療者が患者の考えを理解してから支援する必要があり,そのとき私たちが重視するべき概念をコンコーダンス(調和)と呼びます。
――服薬の議論で頻出するアドヒアランスとの違いを教えてください。
安保 患者さんの服薬を考えるときの,視点の置き場所ですね。アドヒアランスは患者の服薬への積極的な参加を意味する概念で,服薬を「必須の行動」として正当化し,患者は熱心に服薬すべきだという考えに基づいています。一方,コンコーダンスは患者さんが元来持っている価値観,ライフスタイルを基準にしているのです。
武藤 コンコーダンスの考え方で最優先されるのは患者さんで,服薬遵守は絶対ではありません。患者さん自身が自分の人生・生活に対して服薬が利益をもたらすと判断したとき,彼らは薬を飲むのです。
――「服薬を拒む」という意思を認めることもあるのでしょうか。
武藤 基本的には,私たちが薬物療法,あるいは治療が持つ効果を患者さんに正しく伝えれば,服薬の必要性を理解してもらえると考えています。しかし,それでも「飲みたくない」という患者さんに接するときは,配慮が必要です。服薬拒否の背景にある事情を共有し,解決できるものは解決して薬を飲んでもらうためには,まず患者さんの思いを認めることが必要なのです。
安保 服薬拒否の患者さんと対話する際には,患者さんが自分の内面をある程度話せるような信頼関係を築くことが大切です。「医療者にこんなこと言ったら馬鹿にされないか」といった恐れを取り除く対話が必要になります。私たちは,患者-医療者関係を協調関係に発展させる技術をコンコーダンス・スキルと呼び,専門職に必要な対話技術と位置付けています。
――服薬指導以外への活用例もみられるそうですね。
安保 エビデンスレベルが高いRCTとなると,精神疾患以外の領域でコンコーダンス・スキルが効果を発揮したという報告はまだありません。しかし,実践レベルではさまざまな活用例があるようです。例えば,小児の慢性疾患では,コンコーダンスの概念に基づいた対話により,喘息の子どもが治療を受け入れてくれるようになった事例があります。また米国では,下腿潰瘍の患者さんが治療からドロップアウトしにくくなるという報告もあります。
個人的には,あらゆる健康行動に関する対話でコンコーダンス・スキルを活用できる可能性があると思っています。 病気と長く付き合っていく必要がある慢性疾患の患者さんに接するときや,高齢者に予防的な健康行動を喚起するときにも役立てられると考えています。
21のスキルで6種の介入を行う
――コンコーダンス・スキルの具体的な方法論について,ご紹介下さい。
安保 コンコーダンス・スキルを用いた対話は,2つの要素から構成されます。1つは,私たちが計画的に治療的意図をもって患者さんに行う対話内容の指針となる[介入]。そしてもう1つが,[介入]を効果的に進めていくための対話技術で【スキル】です。まず,【スキル】の一例として【要約】について紹介します。
【要約】のスキルとは,患者さんの話のポイントを短く,かつ正確にまとめて伝えることです。これにより,医療者が患者さんの話を理解していることを伝えることができると同時に,患者さんにとっては今まで自分が話してきたことを振り返る機会になります。
武藤 ポイント整理のフレームワークに従って,患者さんの話を再構築するのです。フレームワークの一例は,(1)事実,(2)事実をどのようにとらえたかという認知的解釈,そして(3)認知的解釈に基づいた事実への反応,です。患者さんとの会話から,フレームワークに該当する部分を抜き出したものを例に挙げます(表1)。実際の会話では,各要素が順番どおりに出てくるとは限りませんが,聞き出せたことを,フレームワークに合わせて並べ替えていくというのがこのスキルの原則です。
表1 服薬を中断した患者の発言を【要約】のフレームワークにあてはめた例 | |
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*出典:安保寛明,武藤教志著『コンコーダンス――患者の気持ちに寄り添うためのスキル21』(表2も) |
安保 この【要約】のほか,21種の【スキル】があります。そして,これを活用して行っていくのが[介入]で,6種あります(表2)。
表2 6個の介入と21個のスキル | |
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その1つが[コンコーダンス・アセスメント]です。これは,患者さんに提案する治療内容に関する医学的事実と,患者さんが持つ治療に対する不安や期待などの感情の整理をめざした対話です。この対話のなかで,治療や服薬を開始・継続するために行うべき対話の論点を探っていきます。
聞き上手な看護師の対話術を体系化
――このたび,コンコーダンスの概念とスキルについてまとめた書籍『コンコーダンス――患者の気持ちに寄り添うためのスキル21』(医学書院)を出版されますね。
武藤 本書ではここまででお話しした【スキル】と[介入]について,その実践方法を詳しく解説しています。私たちは,話を親身になって聞いてくれる看護師には患者さんはいろいろなことを話すことを経験しています。その背景には,経験によって築かれた看護師の「妙」とでも言うべき,対話のスキルがあります。コンコーダンス・スキルは,この「妙」を学びにより得られるものにしたと言うことができるかもしれません。
――セミナー「薬を飲みなさいと言う前に行ってほしいこと――患者の気持ちに寄り添う技術『コンコーダンス・スキル』を用いた服薬支援」の開催も決まりました。
安保 コンコーダンス・スキルは,武道でいう「型」だと思うのです。例えば,空手の「型」は教本を見れば学ぶことはできます。でも教本だけでは,空手の面白さまでは感じられないと私は思うのです。面白さを知るには,空手の試合を生で見たり,空手家のドキュメンタリーを見たりして,空手の魅力を体感することが必要ですね。
私たちの仕事も同じです。マニュアルだけでは伝わりにくい部分を,ライブで感じていただく予定です。「型」を知り身に付けた上で,最終的には「型」破りでカッコいい臨床ができる看護師がたくさん生まれてくれることを願っています。
――読者へメッセージをお願いします。
武藤 看護の世界で重きが置かれている考え方に,患者さんの全体像をとらえるということがあります。しかし,患者さんについてどの程度知ればよいのかということが議論されないまま,理念だけが一人歩きしてしまっている気がしています。コンコーダンス・スキルは,その答えの一つの方向性を示しています。このスキルを使って,患者さんの生活の実際や,人生における目標を聞くことができたとき,本当に看護師をしてきてよかったなぁと思える瞬間が多々あると思うのです。それをぜひ体験していただきたいと思います。
安保 「患者さんの視点に立つ」ということは,私たち看護師の心がけの一つとされています。これまで私たちは,それを「愛情」といったもので表現しようとしてきました。しかし私は,「患者さんの視点に立つ」ことを技術として行えて初めて,プロフェッショナルを名乗れるのだと思っています。その意味では,コンコーダンス・スキルは,これまで“ハート”で表現していた看護の精神を“アート”にできるものです。ぜひ,多くの方に取り組んでいただきたいですね。
――ありがとうございました。
(了)
安保寛明氏
2005年東京大学大学院医学系研究科博士後期課程修了(保健学)。看護師・保健師・精神保健福祉士。東京大学大学院医学系研究科客員研究員(精神保健・看護学教室)。今回の著書『コンコーダンス』に登場する対話技術では介入[先を見据える]とスキル【コーピング・クエスチョン】【コラボレーション】を用い,患者の希望とリソースを明らかにし回復への自信を強化することを重視している。
武藤教志氏
2006年大阪府立大大学院博士前期課程修了後,医療法人北斗会さわ病院/ほくとクリニック病院で勤務。08年日本看護協会の精神看護専門看護師認定。医師からの依頼を受けて,コンコーダンス・スキルを用いた看護面接を実施している。臨床現場の「“わかる! できる! がだんだん増えていく”のお手伝い」をコンセプトにした活動を院内外で展開している。
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