今,求められる「診断」とは(金澤一郎,永井良三)
対談・座談会
2010.06.14
【対談】
今,求められる「診断」とは
かつて診断とは,適切な検査を選択することだと言われた時代もあった。しかし検査や技術が大きく進歩し,情報化社会を迎えた今日,得られる膨大な情報をどのように活用するかが診断にはいっそう求められてきている。一方,診断に至るプロセスを考えると,いつの時代も変わらない「診断の本質」とも言える部分があるのも実際だ。
臨床現場では,エビデンスに基づく科学的かつ正しい判断が求められるようになってきているが,本対談ではそういった医療環境の変化を踏まえながら,これからの医学における「診断」をあらためて考えてみたい。診断とは何か,何を重視すればよいのか。わが国の臨床医学をリードする金澤一郎,永井良三の両氏が診断のフィロソフィーを語る。
金澤 診断といえば,まずクレンペラーの教科書(『Grundriss Der Klinischen Diagnostik』Georg Klemperer著,1909年)を思い出します。学生時代は,これと冲中重雄先生らの『内科診断学』(医学書院)を使って診断を勉強していましたが,面白いことに両者の診断に至る過程は非常に似ていました。
永井 私の学生時代には,吉利和先生の『内科診断学』(金芳堂)が診断の教科書としてありました。ただ,これは診断の考え方よりも鑑別診断に重点を置いた本で,病態や生理といった診断に必要な知識は他の教科書で学ばなければならないものでした。私には,そういった鑑別診断重視の考え方には少し違和感がありましたね。
金澤 診断のプロセスが大事ということでしょうか。
永井 ええ。「診断する」という過程を考えると,もちろん鑑別診断,すなわち疾患を分けるという目的はあるのですが,一方で「分かる」と「分ける」は同じ語源です。分かるという意味を持つ「訳」や「釈」という漢字のつくり“尺”には,「何かを引き出す」という意味があるので,診断はただ分類するだけではなく情報を引き出して次につないでいく。つまり,治療はもちろんのこと,医療の発展にもつなげていかなければいけないと考えています。ですから,診断が鑑別診断だけを目的に,何か当て物をするようなものになってはいけないと思います。
また私自身,教育に携わるようになって,学生は既成の概念にいかに当てはめるかを考える傾向が強いと感じています。確かにそれも大事なのですが,頭を柔軟にして概念と概念のはざまにあるさまざまな問題をもっと考える必要があります。診断の次のステップとなる治療でも,既成の概念だけではうまくいかない部分があるのではないでしょうか。
金澤 難しい話ですね。私は学生の臨床実習で,「君たちが卒業して2-3年の間は,一人の患者さんについてゼロから診断に至るプロセスを踏むことはできないだろう」とよく言っていました。というのは,大体の患者さんは外来の医師が診断をつけてから入院してくるため,病棟に配属される研修医にとっては診断プロセスを考える必要がないのです。
永井 結論を既に知ってしまっているわけですね。
金澤 はい。ただこれは医学教育全体にもかかわりますが,やはり“ゼロから考える”ということが必要です。一人の患者さんを最初から診察して検査・診断までを考えるといった,臨床推論の学習を医学教育のどこかできちんと行わなければなりません。
患者さんしか知らない情報を引き出す「問診」
金澤 先ほど疾患を「分ける」と言われましたが,診断を行う上では自分なりの疾患の分け方の基準やカテゴリーを持つことが大切です。
私の専門の神経系では,特に中毒はきっかけがないと診断できないため,「カテゴリーに中毒を入れておけ」と若い医師たちに言っています。中毒を見抜くには,患者さん本人しか知らない情報を手に入れる必要がありますから,やはり問診が重要となります。
私はかつてゲルマニウム中毒を診た経験があるのですが,その原因は健康食品でした。普通,健康食品が原因なんて考えないので,あえて「健康食品を利用していますか」と尋ねなければ原因を突き止めることができない。この場合,「変なものを食べていませんか」では駄目ですね。
一方で,患者さんしか知らない情報というと多くの学生は「主訴」を挙げるのですが,そのなかでも特に時間的な経過が大事だと教えています。
永井 そうですね。つい教科書的な思考に流れがちですので,既に診断がついた患者さんにも根掘り葉掘り経過を聞き,「ああ,そういう経過もあるのか」と現実の多様性を再認識するよう私も心がけています。その意味でも問診の重要性を感じます。
また,問診は患者さんが入院してくる過程で受診した医療機関がきちんと機能しているかを判断するきっかけにもなります。いろいろなことが患者さんの口から出てきますね。
金澤 問診は鑑別診断が重視されようと,検査が進歩しようと欠かせないものです。大事なのは患者さんしか知らない情報を引き出すことで,その感覚を常に忘れてはいけません。
ただ,患者さんは医療者が思いもよらないことを考えていたりするので,知りたい情報をいつも正確に教えてくれるわけではないことに注意が必要です。これは私の研修医のころの話なのですが,どう診ても子宮外妊娠の患者さんがいて「下から出血しているのではないですか」と聞いたところ「していません」と言うわけです。納得がいかないので「申し訳ないけど診察台に乗ってくれ」と言って診察したところ,ちゃんと黒いものが出ているわけです。「出ているじゃないですか」と言ったら,「それは血じゃないでしょ。赤くないもの」と言われ,大変驚いた経験があります。
永井 患者さんの話を聞くときに,医療者が誘導しないとなかなか本当のところがわからないこともありますね。例えば重篤な心不全で,いわゆる泡沫状態の痰が出ていても,患者さんは咳をし過ぎて血が出たと理解していることがある。
金澤 自分で解釈してしまうわけですね。
永井 ええ。ですから,医療者は「泡の混じったピンク色の痰ですか」といったふうに具体的に患者さんに尋ねる必要がありますし,普段の生活のなかの話もよく聞いて対応することが大事だと思います。また,訴えから重症度を判断することも重要ですね。
金澤 患者さんの話がすべてという面がある一方,例えば虐待を受けている子どもの場合,親は絶対に虐待したとは言わないので,患者さんや家族の人のどの言葉を信用すべきかは一口には決められません。とはいえ,患者さんと自由闊達に言葉を交わすことは必要でしょう。診断に至る最初のステップとしては,「融通無碍」と「臨機応変」をキーワードに患者さんといい付き合いを構築し,できるだけ情報をもらうに尽きますね。
■求められる情報の“重みづけ”
金澤 医療環境は科学技術の進歩に伴い変化してきましたが,特に大きく変わったのは検査だと思います。昔と比べ,信頼度の高い検査がものすごく増えました。
永井 特に画像検査は劇的に進歩しました。例えばCTでは,症状が全くなくても病気が見つかることがあります。
金澤 画像検査は非常に大きなインパクトをもたらした一方で,CTやMRの画像がないと何もできないといった“画像神話”も生み出しました。さらに言えば,診察なんかしなくても画像さえあればいいという感覚を持つ医師すら現れてきています。
永井 ええ。そのほかの検査項目も大きく増加したので,確かに検査結果だけからでも鑑別診断をかなり絞り込むことができるようになりました。それでも,「何を検査するのか」ということには頭を使う必要があり,また「異常値に気付く」とか「変化を時系列のなかで見る」といった得られた情報への感受性を持つことが重要ですので,ただ情報が増えれば正確になるわけではないと考えています。
金澤 その通りですね。
永井 もう一つ,母集団とともに判断は変わることも忘れてはいけません。ある検査値が特定の疾患を意味するにしても,もともとその疾患がまれな地域では別の疾患も考える必要があります。そこで問診が生きるわけです。つまり,心電図だけでは判断が難しい場合でも,そのなかで「胸が痛い」と言ってきた人に可能性が高い疾患というものもあるので,そういった“重みづけ”が診断のコツになると思います。
金澤 鑑別診断では,症状や経過の相互関係を見ながら「何に注目するか」が要求されるわけですが,ただこれは情報技術の発達した今だからこそ,より強く問われている部分です。
例えば,甲状腺腫を呈する疾患にはどんなものがあるかを調べる場合,昔は図書館でIndex Medicusの「甲状腺腫」というキーワードを全部見て,効率は悪いのですが気になる文献を一つひとつ当たっていました。
現在はコンピューターにキーワードを入力して検索するわけですが,非常に多くの情報が得られる一方でそのなかのいったいどれを取り上げるべきか,という重みづけがやはり求められています。
永井 ええ。私も反省することがあるのですが,コンピューターは可能性が高い順に結果を返すため,重大な結果をもたらす疾患でも頻度がまれなものは順位が低くなる傾向があります。しかし,重大なことが起こり得る疾患は,たとえ可能性が低くても自分の中の順位を上げておかないといけません。
インターネット時代の診断法を考える
永井 ただ,現在の情報収集にコンピューターは欠かすことができないのも事実です。インターネット上の電子教科書「UpToDate
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