進化を続ける骨折治療(糸満盛憲,田中正,澤口毅)
対談・座談会
2010.05.17
【座談会】
進化を続ける骨折治療
AOがもたらした新たな概念と治療法
骨折治療は,新しい手技の開発,インプラントや機器の導入などにより,近年目まぐるしい進歩を遂げている。その発展に中心的な役割を果たしてきたのがAO(Arbeitsgemeinschaft für Osteosynthesefragen)グループである。AOグループは最先端の科学やテクノロジーをもとに新たな治療法を開発するとともに,研究や臨床評価によってエビデンスを蓄積し,世界中の外傷外科医に教育を展開している。
本紙では,このほど『AO法骨折治療(英語版DVD-ROM付)第2版〈訳〉』の発行を機に座談会を企画。AOを中心とした骨折治療の現在と今後の課題についてお話しいただいた。
糸満 本日の座談会では,骨折治療に革新的な変化をもたらしてきたAO法の成り立ちから概念,考え方の変化を踏まえて,日本における骨折治療の現状と,そこに至った経緯,これからの方向性についてお話しいただきます。まず,先生方とAOのかかわりについてお話しいただけますか。
田中 私はもともと脊椎外科医で,大学では側彎などの特殊な分野を専門にしていたのですが,その後赴任した君津中央病院は外傷の患者さんが非常に多く,どのような治療を行ったらよいのか,苦慮することが多くありました。そこで,何を参考にすべきか考えた末に出てきたのがAO法でした。とは言うものの,AO法の実態をよく理解しないままに『図説 骨折の手術AO法』(医学書院,原書“Manual der Osteosynthese”)を片手に治療を行っていました。
当時は骨を“つける”ことに主眼を置いていて,今思うとプラモデルを組み立てるような骨折治療という感じでした。その後,スイスのダボスで行われたAOコース註)にも参加して,AOの教育体制の素晴らしさに触れ,それまでの見よう見まねの治療では駄目だと気付き,本格的に勉強を始め,今日に至っています。
澤口 私が整形外科に入局した1979年当時も,まだまだAOの概念が浸透しておらず,骨折はスクリューやプレートを使って“とめる”という考え方で治療を行っていました。AO法の理論や実際の技術を学習することなくAOのインプラントを使っているわけですから,力学的に安定した固定を行うという考え方はなく,不具合が生じるとインプラントのせいにしていた気がします。
卒後4年目に,バイオメカニクスを学ぶために米国のピッツバーグ大学に留学しました。その際,私が入ったグループの先生がAOのFacultyを務めていたので,そこで系統立った指導を受けるうちに,AOの概念と技術を習得しなければきちんとした骨折治療は行えないと痛感しました。帰国後は,AO法で手術を行うようになりました。患肢をきちんと内固定して早くから動かすので,関節部骨折などは非常によい成績が出るようになり,次第に地域にもAO法が浸透していきました。
糸満 日本では,1970年の『図説 骨折の手術AO法』の発行を機に,少しずつAO法が広まっていきました。しかし,日本でAOコースが開始されたのが1987年だったこともあり,この間の治療は見よう見まねに過ぎませんでした。ですから,初期にはAO法の是非について,さまざまな議論がありました。
機能的な治療と早期機能回復
糸満 近代的な骨接合術の歴史を振り返ると,1948年のEggersの「Internal Contact Splint」(J Bone Joint Surg Am. 1948[PMID:18921624])に始まるslot plateなどによる内固定がその先駆けですが,当時はまだしっかりした固定が難しく,術後にギプスなどの外固定を併用せざるを得ませんでした。その上,手術しても関節の動きが悪くなる,損傷部位の萎縮が起こるなどの問題が続発していました。そのため,骨がつながったからといって骨折治療が終わるのではなく,むしろそれは長い長いリハビリテーションの始まりだったわけです。
それをなんとか克服しようと,骨折治療に関する研究グループであるAOグループが開発に取り組んだのが,圧迫骨接合術(compression osteosynthesis)です。この治療法は,(1)解剖学的な関係を回復するための骨折整復,(2)骨折とその損傷の特徴が必要とするだけの固定あるいは副子による安定化,(3)注意深い操作と愛護的な整復技術による骨・軟部組織への血行の温存,(4)患部と患者の疼痛のない早期および安全な運動,という4つの治療原則に則って開発されたものです。この原則は,時代に即して少しずつ変化しながらも,現在もAOの根幹を成すものとなっています。
また,器械をシステマチックにそろえ,手順を決めることで一定水準の手術を行えるような仕組みをつくったことも,AOの大きな功績であったと思います。
澤口 AO法以前の治療では,外固定により四肢機能が阻害されるという問題があったので,AOが導入した機能的な骨折治療と早期機能回復という考え方は,骨折治療における非常に重要な転機であったと思います。
軟部組織重視への転換
糸満 骨折治療に大きな影響を与えたAO法でしたが,1980年代まではあまりにもメカニクスが強調されすぎた時代でもあり,その弊害が起こってきました。
田中 AOにより圧迫固定法という,当時としては非常に画期的な方法が開発されたことで,機能の面でそれまでになかった成績が得られるようになりました。そのため,従来の問題がすべて解決したように受けとられ,すべて圧迫固定法が用いられるようになってしまいました。しかし,実際に治療を行うなかで,侵襲が非常に大きいという問題が新たに浮き彫りになってきました。
本来,AOグループが意図していたのは,できるだけ早く患肢を動かし,早期の機能的リハビリテーションを行うことで骨折後の機能障害を予防しようということであり,そのためにはラグスクリューなどで骨片間圧迫固定をして強固な固定力を得る,ひいては解剖学的整復が必要不可欠である,という考えだったわけです。しかし,“解剖学的整復・強固な固定”がひとり歩きし,いつの間にか骨折治療の主目的になってしまったということもあると思います。そのようななか,さまざまな合併症や感染が起きたことで,すべての骨折で圧迫固定法が必要なわけではない,また侵襲の小さな手術手技も考えなければならないと気付いたわけです。ですから,1990年代以降はそのような考えから生物学的内固定という新たな流れが生まれました。
澤口 メカニクスを重視していた時代には,例えば脛骨近位部の骨折の治療の際,解剖学的整復を急ぐあまりに軟部組織に注意を払わないで手術を行っていたため,骨や軟部組織の壊死や感染が多く起きていました。そのような失敗から,軟部組織の重要性を強調するようになってきたのは,AOの大きな変化だと思います。
糸満 骨は軟部組織に根を生やした木のようなもので,骨膜などの周囲の軟部組織を剥離すると,骨膜性の血行が完全になくなって,壊死してしまいます。そうすると,骨癒合も進まなくなるし,感染も起こりやすくなります。そういうわけで,現在は生物学的内固定の根幹にある軟部組織が強調されるようになってきたわけですね。
澤口 ただ,最近は軟部組織を強調し過ぎるきらいがあります。現在のAOの考え方は,メカニクスとバイオロジーの両方を満たそうというものですが,そのような意図を理解しないままにロッキングプレートなどを使用しているケースも見られます。また,さまざまな手術において最小侵襲(minimal invasive)が重視されるようになっていますが,これは決して皮切を小さくするということではなく,軟部組織を傷めないことが基本なのだということに留意すべきです。
糸満 ご指摘ありがとうございます。骨折治療の概念の大きな変化は,これまでのさまざまな反省の上に立ったものですが,AO法の原則の内容も同様に,次第に変化しています。
田中 骨折した患者さん,外傷の患者さんの機能回復というAOのゴールは一貫して変わりませんが,やはり内容自体は変化してきています。先ほどの4つの治療原則で言うと,(1)はすべて解剖学的整復ではなく,例えば骨幹部は解剖学的alignmentを修復すればよいとされています。(2)の固定に関しても,部位によって,あるいは骨折型に応じて絶対的安定性か,相対的安定性かのどちらかを選ぶようになっています。それから,(3)の血行の温存という点では,外傷自体による軟部組織の損傷と,手術によって二次的に加えられる傷害の両方を考える必要があり,手術法がよりバイオロジーを考えたものに変わってきました。(4)は,患肢はもちろん,血栓塞栓症や肺塞栓などを引き起こす危険性があるので,全身的な面でもなるべく早く起こし,早く動かすという方針に変わってきています。
急激な変化のなかでも重要なのは“原理原則”
糸満 AOの概念がメカニクスからバイオロジーへと移行するなかで,近年インプラントも非常に多く開発されています。このような急激な進歩に,実際に使用している整形外科医が新しい知識や手技をアップデートできていないなど,さまざまな問題も生じているように思います。
田中 現在特に懸念されているのは,新しいインプラントに目を奪われて,その原理原則がなかなか守られていないことです。例えば,固定法について,学会誌や雑誌などに「インプラントの不具合があった」「ロッキングプレートが折れた」などの症例報告が散見されます。
そのなかに,私たちから見ると,何を目的としてそのような固定をしたのか,固定原則が見えてこない例があるのです。原理原則を守った上でインプラントが折れるなどの不具合が生じたのであれば原因の解明が必要ですが,前提が間違っているのではないかというものについては,まずは原理原則を見直すべきだと思います。
澤口 ロッキングプレートは,優れた固定性を有するなどのさまざまなメリットがあり,急速に普及しました。しかし,従来のプレートとは使い方がかなり異なると同時に従来のメリットも有しているので,田中先生がおっしゃるようにAO法をきちんと理解しなければ,質の高い治療は行えません。特に...
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
対談・座談会 2025.03.11
最新の記事
-
対談・座談会 2025.04.08
-
対談・座談会 2025.04.08
-
腹痛診療アップデート
「急性腹症診療ガイドライン2025」をひもとく対談・座談会 2025.04.08
-
野木真将氏に聞く
国際水準の医師育成をめざす認証評価
ACGME-I認証を取得した亀田総合病院の歩みインタビュー 2025.04.08
-
能登半島地震による被災者の口腔への影響と,地域で連携した「食べる」支援の継続
寄稿 2025.04.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。