医学界新聞

2010.04.19

OSCEで育む,看護の実践力


 近年,高度化・多様化する臨床現場に対応できる「実践力」を備えた看護師の育成が,看護基礎教育機関に求められている。そのために有効な教育方法として注目されるのが,OSCE(Objective Structured Clinical Examination:客観的臨床能力試験)だ。

 医学・歯学教育では既に全国共用試験として実施されているものの,看護教育においてはまだ一部での試験的な導入にとどまっているOSCE。そのようななか,実践的に看護を学ぶことをいち早く重視し,2006年の開学当初からOSCEを取り入れているのが札幌市立大学看護学部だ。導入から4年目となる今年は全学年でOSCEが実施され,本紙では,そのうち4年生の試験のもようを取材。また,札幌市大のOSCEのめざすところについて,看護学部長の中村惠子氏にお話を伺った。


模擬患者(SP)「昨晩,眠れなかったんです。何だかイライラしてしまって」
学生「手術も近いですよね。緊張していらっしゃるのですか?」
SP「そういうわけじゃないんですが」
学生「何か悩みなどがあれば,話してくださいね」
SP「……実は,同室の方のいびきがうるさくて……」

 これは「看護管理」課題試験の一場面である。朝の申し送りで受け持ち患者2名がよく眠れていないと報告を受けたという設定。10分以内に,おのおのの患者の睡眠状態,不眠の原因について情報を集め,臨床指導者に伝えるまでを完了させなければならない。複数の患者から情報を収集し,不満感情の沈静化が図れるコミュニケーション能力が求められるとともに,指導者への的確な報告によりチームの一員としての役割を果たせているかがチェックされる。

 時間はあっという間に経ち,試験終了の合図が鳴ると,すぐにフィードバックが始まる。フィードバックを行うのは,評価担当の教員2名と模擬患者(SP)。約1年半のSP養成講座で学んだ一般市民が,試験に参加しているのだ。

SP「顔を見て話してくれたことに好感が持てました。声のトーンが少し聞き取りにくかったかな」
評価者「繰り返し共感的な発言をしていたのはとてもよかったですね。患者さんにはもう少し近づいて話したほうが聞き取りやすかったかもしれません。昼夜の睡眠についてよく聞いて,生活の全体像を理解しようとする意識が言葉に表れていました」

 学生は真剣に耳を傾け,時折思い当たる節があるようにうなずく。

 「看護管理」課題の評価は,「患者への挨拶ができた」「不眠の随伴症状について報告ができた」「部屋移動の希望があることについて報告ができた」など14項目で採点される。採点された内容は,看護学部とデザイン学部が共同で開発したデータ集計システム「Mulberryシステム」に入力され,当日のうちに評価表が学生に手渡される仕組みだ。

健康教室のテーマを導き出す

 OSCEが行われているのは,学内の大きな実習室。カーテンで仕切られたブースを4つ作り,午前中は「看護管理」課題と「地域看護」課題が実施された。入室してブースの前に座り問題に目を通すまで,学生にはどちらの課題を行うかは明らかにされない。

「地域看護」の試験。SPの言葉に耳を傾ける。
 「地域看護」の試験課題は,老人クラブ代表者2名との話し合いを通して高齢者集団の健康課題を見いだし,彼らのニーズに合わせた健康教室のテーマを提案すること。こちらも制限時間は10分間である。学生は,「クラブの男女比は?」「運動は好きですか?」など,さまざまな質問をしながらお年寄りの要望を探ろうとするが,なかなか会話の糸口がつかめない場合も。だが最終的には多くの学生が,転倒予防の体力づくりやストレッチ教室,といったテーマを導き出していた。

 この課題では,主に質問や聞き取りの際の態度や言葉遣いなどが,13項目で評価された。

複合課題で4年間の集大成を

 午後からは,3領域の複合課題が行われた。患者は脳梗塞の後遺症で片麻痺があり,さらには高齢で難聴。入院中にイレウスを併発,絶食して中心静脈栄養を行っているが,ベッドから車椅子に移動させ,X線検査室に連れていかなくてはならない。

 イレウスの随伴症状である腹痛・腹部膨満感もあるため,行うべきはまず腹部の問診。腹痛の有無から排便の有無まで,聞き取るべき項目は6つある。さらに触診・聴診を行った上で,移動の介助を始める。

 移動の際に気をつけるのは,麻痺に配慮した介助と,点滴ラインの処理。車椅子をベッドに近づけておき,患者をベッドサイドに腰掛けさせる。健側の手で車椅子の手すりをつかんで立ち上がらせ,点滴に注意を払いつつ,足を軸にして身体を移動し,車椅子に座らせるまでを行う。

 評価項目は,はじめの声掛けから移動時の寒さへの配慮まで20にわたる。慌てていて麻痺側への配慮が十分でなかったり,点滴の管が絡まってしまうハプニングも見受けられた。しかし,聞き取りやすい大きな声で挨拶する,聴診器を手で温めて使う,介助時にこまめに声を掛けるなど,各学生が4年間学んできた看護の精神を生かした実践を精一杯行っていた。SPからも「真剣さが感じられた」「スムーズに動け,身体が楽だった」という声が聞かれた。

実践の場で飛躍するために,もう一度確認してほしいこと

総評のもよう。和やかな雰囲気ながら,集計データをもとにしっかりと試験の振り返りを行う。
 試験終了後には総評が行われた。まずSPの代表者が挨拶し,「1年生のときからOSCEにかかわり,成長の過程がよく見えた。患者の立場に立った発言ができていたところはさすが4年生だと感じた」と学生をたたえた。

 続いてなされたのは各課題の講評。「看護管理」課題で指摘されたのは,「患者さんの話から,症状をアセスメントするために必要な情報を抽出できておらず,報告につなげられていない場合が多かった。情報をどう評価するかが重要」ということ。「地域課題」では,「お年寄りは,今は元気にしていても将来的な健康不安をかかえている。そのことを念頭においてつぶさに聞き出すと,より多くの生活のエピソードが表れ,具体的なテーマが浮かんでくるはず」との指摘がなされた。

 「複合課題」における注意点は,「高齢の患者さんへの配慮を忘れずに。イレウスの随伴症状の知識や,腸蠕動を確認する聴診技術などももう一度しっかり確認してほしい。現場に出たときには,病室の環境を整え,その上で安全に移動する習慣付けを」ということ。

 中村学部長からの「症状をダイレクトに尋ねるだけでなく,その人の身体の中で何が起こっているのか考えてほしい。今日のOSCEを受けて,それぞれが不足している部分がわかったはず。卒業まであと1か月だが,自分の足りないところを補うために各人ができるだけ練習を積んでほしい」という激励の言葉で,OSCEは終了した。

 

 試験が実施された実習室は,常に自主学習ができるよう設備が整えられており,インストラクターも常駐している。試験終了後,卒業までの間に実習室を訪れ,苦手分野の復習に励む4年生も数多くいたとのこと。国家試験直後,解放的な気分になりがちな時期のOSCEへの参加は,巣立っていく学生たちにとって,初心に返って気持ちを今一度引き締める機会となったようだ。

 彼らは,在学中の4年間毎年OSCEを受けた初めての卒業生となる。OSCEを通して育まれた「実践力」が,看護の現場で生きることが期待される。

4年生への課題
<午前>2課題のうち1つ
(1)看護管理「不眠を訴える患者への対応と臨床指導者への報告」
(2)地域看護「老人クラブ代表者とのグループ討議による健康教室実施のためのニーズアセスメント」
<午後>
複合課題(基礎・成人・老年)「イレウスを併発した片麻痺と難聴のある高齢患者の観察と移動介助」

試験を終えてひとこと――4年生に聞く
●「緊張して,勉強してきたことがあまり生かせなかったかもしれません。でも,毎回学ぶものはあったし,1年生のころ取り組んだ課題から比べると,格段に複雑な課題をこなしているなと思います。振り返って,自分の成長を実感できました」
●「出題者の先生の思惑にまんまとはまってしまった感がありました。評価表を見て,はっと気づく項目もあり,悔しいです。フィードバックを通して,緊張すると犯しがちなミスなどにも気づくことができたので,とてもためになりました」
●「地域看護学の課題では,保健師のような役割が求められていたと思います。これまでの授業や実習ではグループで取り組んでいたので,自分ひとりでは話の運び方が難しく苦労しました」
●「複合課題では,緊張して手順をうまく考えられなかったし,周りの環境を把握しつつ行動しなければならないと痛感しました。毎年OSCEが終わるたびに,自分の成長した部分と,足りない部分の両方を実感させられます」


【interview】

学生も教員も「育てる」OSCE
中村惠子氏(札幌市立大学看護学部長)に聞く


中村惠子氏

――OSCEでめざしているのは,どのようなことなのでしょうか。

中村 まず大きな目的としては,学生の自主学習能力の向上があります。各学年次の到達目標に見合った課題シナリオを作り,学年末にOSCEを実施することで自分の到達度を知ってもらうのです。成績順に振り分けることではなく,学生が自分の得意な部分と苦手な部分について,理由と原因をきちんと理解することが重要だと考えています。

 もう1つの目的は,教員の指導力の向上です。

――OSCEが,学生のみならず教員の育成にも役立つということですか。

中村 ええ。OSCEによって学生の到達度を客観的に把握することは,教育・指導方法の検証・改善につながります。また,OSCEの準備から実施,評価までを1年間かけて看護学部総出で行い,自身の専門領域以外の教員とも意見を交わします。こうした一連の流れこそが,継続的なFD(Faculty Development)になると感じています。

――学部ぐるみで取り組むということも,重要なのでしょうか。

中村 私はそう思います。本学では,看護学科の全教員がOSCEにかかわること,看護の全9領域で課題作りを行うこと,この2点を柱にしています。大学教育においては,同じ領域内では教員同士の密なコミュニケーションやディスカッションがあっても,他の領域とはともすればつながりが希薄な場合があるのではないでしょうか。しかし,全教員でOSCEに取り組むことによって,領域の垣根を超えた交流が生まれてきたと感じます。

 また,4年生の授業担当の教員が1,2年生のOSCEで評価を担当するなど,普段はあまり携わらない年次の教育内容について知る機会にもなります。それにより,前の年次から次の年次へどう教育が繋がっているのか,あるいはどう教育を繋げていくか,教員各自が考えるようになるのです。

――市民の方々がSPとして参加しているのも,特徴の1つですね。

中村 本学は「市民に開かれた大学」をコンセプトに掲げており,市民の方々の社会参加の一環として,2007年からSP養成講座を開設しています。約1年半の講習を経て,現在のところ約30名がSPとして活躍しています。OSCEだけでなく,通常の授業における演習や,科目によっては技術試験にも参加をお願いしており,まず授業でのロールプレイなどで“デビュー”の上,OSCEの標準患者役を担っていただくことにしています。

 総評でもSPの方がおっしゃっていましたが,OSCEにSPとして毎年参加することにより「教育によって,4年間で学生はこれだけ成長するんだ」ということを実感する機会が得られます。それが,教育とは何か,看護とは何か,市民の方々に理解していただく一助となっていると思います。

―― 今後の課題をお教えください。

中村 本学のOSCEは,進級や卒業を判定するものではなく,自由参加です。1-3年生は約7-9割の参加率を保っているのですが,今年初めての実施となった4年生は,国家試験後という日程もあり参加人数が伸びませんでした。私としては,あくまで学生自らが進んで学習する機会の1つとしてOSCEをとらえており,全員の自発参加を促すためのさらなる工夫が必要だと感じています。その点で,教員が常日ごろから学生に働きかけることに加え,日程も大きな要素であることが今回あらためてわかりました。

 あと1点,自主学習を促すために試みたいのは,4年間かけてストックされた各学年の課題を,web上で学生に提示して各自が予習できるようにした上で,その課題を使ってOSCEを実施することです。こちらは近いうちに実現したいと考えています。

 また,今年度から看護師の臨床研修が努力義務化されます。基礎から臨床へ,継続性のある教育を行うことが重要になってくると考えられます。そうしたことを考慮した課題作りも,次のステップとして考えています。

―― ありがとうございました。

(了)

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