医学界新聞

インタビュー

2010.04.05

【interview】

医学教育の質向上が
医療を変える原動力となる

伴信太郎氏(名古屋大学医学部附属病院総合診療科教授/日本医学教育学会長)に聞く


 昨今の医師不足や偏在に対する施策を受け,日本医学教育学会より本年1月7日に「医学部定員増に対する提言」「提言 地域医療教育の充実のために――地域枠制度の拡大を受けて」という2つの提言が出された1)

 真に社会に貢献できる医師を育成するためには,大学,自治体,現場医療機関,さらには地域住民をも巻き込んだ,一体型の教育が不可欠である。そのために医学教育をめぐる現状の課題をいかに克服し,医学教育の質向上をめざしていくか,日本医学教育学会長を務める伴信太郎氏にお話を伺った。


――このたびの2つの提言は,どのような経緯で出されたのですか。

 近年,地域における医師不足や医師の偏在などの問題が指摘されており,医学部入学定員の増加,地域枠制度の拡大をはじめ,医学教育にかかわるさまざまな対策が講じられています。しかし,国民の健康を支えていくためには,単に医師数を増やしたり,地域枠を拡大したりするのではなく,医学教育自体の質を高めることが不可欠です。そのために,教員数あるいは教育に伴う資源などの充実が必要であることを理解してほしいと考え,今回の提言に至りました。

人的・物的資源の充実が急務

――それではまず,「医学部定員増に対する提言」を出された背景についてお話しいただけますか。

 医学部は他学部に比べて学生数が少なく,労働集約型の教育を必要とします。また,現在の医学教育は非常に注意深い配慮が必要です。特に最近は少人数制の教育が推進されているので,教員がかかわる割合も非常に増えています。また,定員増員にあたっては,小グループ学習のためのセミナー室や実習室,解剖実習室,シミュレーション教育施設などの改修・増築,臨床実習において学生が扱う病棟の電子カルテ端末の造設などが必要です。ですから,10人以下の増員であっても,人的・物的資源全般に大きな影響を及ぼすのです。

 そもそも,わが国の教員数は欧米と比較して非常に少ないという問題があります。大学設置基準では,これまで医学部の収容定員の上限を720人(入学定員120人)と定めており,必要な専任教員数は140人と設定されていました。この人数設定は,臨床に必要な診療科に対応する講座を設けることを意図したものです。

 昨年10月,本年から10年間医学部入学定員が増員されることを受け,大学設置基準が改正されました。ここでは,入学定員120人を超えて増員する大学については,専任教員数を150人とするという基準が示されました。一方で,今回の提言では,例えば1学年の定員が25人増えると,小グループ学習や臨床実習指導に携わる専任教員数を53人増員する必要があるとの試算を出しており,実際の教員増とはかなりかけ離れた結果となっています。

――大学設置基準では最低限必要な教員数を定めていますが,各大学で専任教員数を増やしてもよいのですか。

 そうですね。これまで国立大学の教職員数は文部科学省が管理してきましたが,2004年に大学が独立法人化したことで,さまざまな面でフレキシビリティが出てきました。ただ,人件費等の問題もあり,これまでのあり方を変えていくには相当の時間と労力を要します。

 また,人的・物的資源の充実に向けては経営側や他部門の理解を得ることも重要ですが,医学教育の成果や有効性を評価する基準がほとんど構築されていないのが現状です。例えば,卒業生のキャリアパスをたどり,在学中の成績や臨床スキル,態度を調査するなどの縦断的な研究が考えられますが,そのような研究はわが国ではほとんど行われていません。最近は医学教育学を専門とする医師も出てきているので,彼らの研究を基にエビデンスを蓄積し,量と質の両面から医学教育の成果を示していくのが今後の本学会の役割だと考えています。

――提言では,教員評価の見直しの必要性も挙げられていました。

 大学の教員の業務は,研究,教育,診療,社会的貢献,学内管理など,多岐にわたります。このなかで,研究評価は,インパクトファクターや研究費の獲得で,診療実績は病院における各種の指標で評価につながりやすいのですが,教育は十分に評価されない傾向があります。本学会の教育業績評価ワーキンググループが2000年に教育業績評価基準についての提言を行いました2)。これは,量的な教育貢献の評価基準を提案したものですが,質的な面からの評価も必要です。そこで現在,業績評価委員会で,適切な教員業績の評価方法についてのガイドラインの作成に取り組んでいるところです。

医療の真髄を地域医療で学ぶ

――次に,「提言 地域医療教育の充実のために――地域枠制度の拡大を受けて」についてですが,地域医療教育の現状についてお話しいただけますか。

 地域医療教育は,2007年の医学教育モデル・コア・カリキュラムの改訂の際に初めて導入されました。この背景の一つには,小児科や産婦人科に代表される医師の不足,偏在による地域医療の崩壊がありますが,わが国の地域医療への取り組みは欧米に比べて20年ほど遅れています。その例として挙げられるのが,地域医療を担うジェネラリスト――総合診療の専門医資格の整備です。米国は1969年に家庭医が19番目の専門医として承認を受けており,英国ではやや遅れましたが,general practitionerが系統的なトレーニングを経て専門医認定されるようになっています。わが国では,一方で医師の専門分化が非常に進んでいるのに,家庭医や病院総合医の推進については,ようやく最近になって医療政策として提案されるようになりました。今後は家庭医や総合医が1つの専門領域として広く認識されるようにならなければ,現在の地域医療における医師不足は解消されないと思います。

 また,今回の提言のきっかけの1つとなった地域枠制度も,米国ではその有効性が1980年代から示されているのです。

――地域枠制度は,現在どのような状況にあるのでしょうか。

 わが国の地域枠制度は,その多くがこの4,5年ほどの間に導入されたもので,2009年度の時点で47の大学で地域枠制度を採用しており,定員は714人です。2010年度には,さらに313人の地域枠の学生増が予定されています。地元出身者を選抜し,一定期間地域で勤務してもらうという大学もありますし,全国の学生を対象としている大学もあります。人数もさまざまで,いちばん数の多い旭川医大では2010年度では入学定員のうち60人が地域枠の学生です。

 本学会がこの提言を出した背景には,地域枠の導入を機に臨床実習のフィールドを地域に広げて地域医療教育の充実を図り,学生全員に地域医療の魅力を感じてほしいという思いがありました。また,臨床教授制度などを活用し,地域で質の高い医療を行っている医師に医学教育に参画してもらい,地域と大学が連携できるような教育環境をつくるというねらいもあります。

――このような教育環境づくりのモデルはありますか。

 オーストラリアのフリンダーズ大学(4年制のメディカルスクール)では,地域立脚型の医学教育カリキュラムが組まれています。なかでも,3年次に行われる1年間の臨床実習には,地方都市にある総合診療クリニックや小規模病院での実習を行うParallel Rural Community Curriculum(PRCC)と呼ばれるプログラムがあります。大学病院でのローテート実習も選択できますが,PRCCのほうが人気も満足度も高いと聞きました。また,PRCCを3年次に選択しなかった学生にも,4年次に6週間の地域診療所での臨床実習が必修とされており,地域医療教育に非常に重点が置かれていると言えます。現在,わが国の地域枠は定員が10人以下の大学も多いので,まずは地域枠の学生に絞ってフリンダーズ大学と同じような教育をパイロット的に実施してみるのも1つの方法かと思います。

 また,卒後臨床研修における地域保健・医療研修も参考になるのではないでしょうか。愛知県では,“愛知県へき地医療支援機構”が愛知県下のすべての臨床研修プログラムに対し,へき地での地域保健・医療研修を提供しています3)。現在,4つの地域別研修プログラムがありますが,非常に人気が高いです。これらを参考にしていただければ,学生にとっても魅力的なプログラムになると思います。

――地域医療で学ぶ内容には,医師免許を有していなくてもできることが多く,卒前教育に地域医療教育をもっと取り入れるべきだという声もあります。

 卒前教育で学ばなければいけない最先端の基礎医学や社会医学,臨床医学の内容も年々増加しているので,その辺りのバランスは難しいと思います。ですから,まずは少しでも地域医療に触れることで,地域医療の楽しさや喜び,あるいは自分たちに求められる役割などを知るきっかけにしてほしいと考えています。卒後臨床研修あるいは後期研修までは幅広い領域を経験し,その上で最終的には専門性を持ちたいという学生も多いですが,そのような学生にとっても,地域医療を経験することで患者の多様性を知り,専門性を深く追究するモチベーションも上がるのではないでしょうか。

――地域医療で学んだ成果は,国家試験ではなかなか表れにくいと思いますが,どのように評価するのでしょうか。

 地域医療教育では,知識に加え,臨床能力や医師としての態度などの評価が欠かせません。最近,よく話題に上る“プロフェッショナリズム”は,医師としての姿勢に重点を置いており,多角的な評価が可能なポートフォリオが注目されています。ただ,ポートフォリオ評価は手間がかかりますから,まずは地域医療教育に限定して導入してみるのが現実的な試みと言えると思います。

――卒後臨床研修でも,1か月以上の地域医療研修が必修となっています。

 地域医療は,大学病院や総合病院で優れた医療を行っていた人がすぐに力を発揮できる,というものではありません。医学教育の世界では,これを「臨床能力の内容特異性」と呼んでいますが,質の高い地域医療を実践するには,知識や技能のほかに住民と積極的にかかわる姿勢が必要です。

 また,地域住民は,必ずしも高度最先端医療を受け続けたいと思っているわけではないし,高齢化社会が進むなか,家族に囲まれて,あるいは地域が支えて,いかに安心して人生の最期を迎えるかということも重視するようになっています。このような地域住民の願いをかなえるには,介護や福祉を支援したり組織したりすることも必要です。このように,医療だけではカバーできない部分があることを知るためにも,地域医療研修はすべての医師が経験すべきキャリアだと思います。さらに,いちばん望ましいのは,どんな専門領域の医師であっても,地域医療の診療能力を基盤として持てるような教育システムの構築だと考えています。

すべての医師に教育的思考を持ってほしい

――今後,学会としてどのようなことに取り組まれる予定ですか。

 医学教育については,これまで入学試験,教養教育,臨床前教育,クリニカル・クラークシップ(診療参加型実習)など,さまざまな提言がなされてきましたが,特に臨床教育については,なかなか抜本的な改革には至りませんでした。最近になって,基本的臨床能力についての教育が全国的に行われるようになってはきたものの,わが国の医学生の臨床能力の獲得レベルは国際的なスタンダードに比べてなお低いことが指摘されています。その一因としては,これまで教員が教育学の理論や方法を学ぶことなく教育に携わってきたことが挙げられます。知識や技能を教えるだけでなく,学生を動機付けたり,行き詰まった学生の支援を行うことなども,教員の重要な役割です。診療のトレーニングを積んでいない医師が患者を診ることがあってはならないのと同様に,教育について学んでいない教員が学生を教えている現状はおかしいのだという認識を共有していく必要があります。

 他学部と比較して,医学部は教育活動に熱心に取り組んでいることも事実です。しかし,今は大学病院においても診療科の患者数やベッドの稼働率,収支などを考えなければならず,教育にかかわる医師の診療負担も非常に増えています。それに加え,研究も行わなければいけないので,時間的な制約がどうしても出てきてしまいます。

――タスクが多いと,教育にかける時間はどうしても減ってしまいますね。

 現在,ほとんどの大学に「医学教育研究室」や「医学教育センター」など,教育専任の部門ができていますが,教育にかかわるあらゆる業務がそこへ集中してしまうという弊害が出てきているところもあります。さまざまな立場の人が皆で効率的に教育にかかわることができるように調整するのが教育ユニットの役割なのに,個々の教員が自身の診療や研究に追われて教育へのかかわりが少なくなっては本末転倒です。

 私は,これからはすべての医師が教育的思考を持ち,若い医師の能力を引き出すための知識や技能を身に付ける必要があると考えています。例えば,ITは“general purpose technology”と言われるように,ビジネスだけでなく,工業生産やジャーナリズム,学問にも役立ちます。教育能力も同様に“general purpose competency”であり,学生教育だけではなく,教室運営,患者との関係など,さまざまな場で活かすことができます。昔から「教育は国家百年の大計」と言われるように,教育活動はすぐには成果が出なくても,計り知れない広がりを持っています。ですから, わが国の医学・医療の発展に向けて,教育の重要性をもっともっとアピールしていきたいと思っています。

――ありがとうございました。

(了)

文献
1)http://jsme.umin.ac.jp/ann/jmse_proposal_1002_1.html
2)日本医学教育学会教育業績評価ワーキンググループ.報告(提言) 教育業績評価基準.医学教育.2000;31(4):209.
3)http://www.pref.aichi.jp/aichi-hospital/rinsyo/kensyu.htm

◆「医学部定員増に対する提言」の概要

 本提言では,医学部定員増がどのような根拠とプロセスに基づいた計画であるのかを社会に対して明示する必要があると指摘。さらに,医学部定員増にあたり,下記の5点について適切な対応を望むとしている。

1.人的資源の確保(教員の増員に加え,シミュレーション教育施設専任職員の増員,模擬患者,診療補助職員の確保)

2.物的資源の確保(大教室,小グループ学習のための学習室,実習室などの改修・増築/シミュレーション教育施設の整備/OSCEのためのコンピュータ端末の造設や実技試験会場の整備/臨床実習における診療端末や学生実習室の造設/学外実習施設の教育機器などの整備)

3.教員に対する教育・研究支援(学生数が増えても効果的な授業を実施できる教育技法の開発や導入の支援/人的・経済的教育支援体制の改善/研究費の確保/実効性のある教員評価とインセンティブ)

4.リスクマネジメント([入学生の質低下を招く恐れがあることから]従来以上の臨床準備教育の努力/医学生による医行為の水準の明文化や補償制度の整備)

5.教育評価の構築(質の高い医学教育のアウトカムを測定する指標についての検討)

◆「提言 地域医療教育の充実のために――地域枠制度の拡大を受けて」の概要

1.地域医療教育の目的では,地域の医療ニーズに対応し地域に貢献する良医を育成するために,大学と地域が連携して地域医療教育を推進することの重要性が述べられている。また,地域医療の理解だけでなく,プロフェッショナリズムを学ぶことをめざすとしている。

2.地域医療教育カリキュラムの構造では,地域医療教育は医学生全員を対象とし,保健・福祉,地域でのチーム医療などについて,低学年から卒業時まで一貫して継続的・系統的に学習することが望ましいとしている。学習方法は,講義と実習を組み合わせ,地域医療を実践しているロールモデルのもとで参加型の実習を行うことを提言している。さらに,地域医療教育カリキュラムに関する評価を継続的に行い,カリキュラム改善に役立てることが重要だと述べている。

3.地域医療教育カリキュラムの運営では,大学だけでなく,地域の教育環境を充実させるためには,自治体,現場医療機関,地域住民,患者の理解と協力を得ることが重要だと指摘。そのための方策として,(1)大学,自治体,寄附者,現場医療機関等による,情報交換,共有を行うための協議会の設置,(2)地域住民,患者への広報・啓発活動,(3)各大学や自治体が有する既存システムの有効活用,を挙げている。

4.地域医療教育の将来に向けてでは,卒前-卒後-生涯教育のすべての段階における継続的かつ体系的な教育体制と,地域で安心してキャリアを重ねていける支援体制の整備が必要不可欠だと提言。さらに,地域医療教育カリキュラムの成果を検証するための医学教育研究を推進し,わが国の実情に合わせた効果的な地域医療教育モデルの確立をめざすことが必要だとしている。


伴信太郎氏
1979年京府医大卒。同大小児科研修を経て,80年米国クレイトン大家庭医学科レジデント。83年国立長崎中央病院にて卒後研修指導医。89年川崎医大総合臨床医学教室に移り,93年より同教室助教授,98年より現職。2009年より日本医学教育学会長を務める。教育,診療,研究,社会的貢献という4つの柱を基盤とした“総合する専門医(ジェネラリスト)”の育成に尽力している。

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