医学界新聞

2010.03.08

一般診療としての産科救急を身に付ける

――ALSOプロバイダーコース


 みなさんは“ALSO”を知っていますか? 心肺蘇生トレーニングコースであるACLSや,外傷治療を学ぶATLSに基づいて考案されたALSOは,周産期救急に効果的に対処するためのトレーニングコースです。産科医療体制の崩壊が叫ばれ,わが国の周産期医療を支える医療者の養成と人材の地域間偏在の解決が急務となるなか,地域での周産期救急に適切に対処できる医療者の養成をめざした新しい取り組みが始まっています。本紙では,2月6-7日に台東区立台東病院(東京都)で開催された「ALSOプロバイダーコース」を取材しました。(関連記事


 ALSO(Advanced Life Support in Obstetrics)は,周産期救急に効果的に対処できる知識や能力を発展・維持するための教育コースだ。1991年に,米国ウィスコンシン州の2人の臨床医によって考案されたALSOは,米国家庭医療学会(American Academy of Family Physicians)によって認可され,現在では全米のほとんどの分娩施設で,分娩にかかわる医療プロバイダーがその受講を義務付けられているという。現在までに50か国以上でALSOプロバイダーコースが開催され,10万人以上が修了している。わが国においては,2008年11月に金沢大学医学部が開催したことから始まり,現在はNPO法人周生期医療支援機構(OPPIC)がALSO-Japan事業として普及活動を行っている。

講義+実技で学ぶ

 ALSOプロバイダーコースは2日間,「講義(レクチャー)+実習(ワークショップ)」の形で行われる。今回のコースでは,産婦人科医をはじめ,プライマリ・ケア医,内科医,初期研修医などさまざまな立場の18人が全国から集まった。

 コースはまず,難産のレクチャーからスタート。ここで難産における分娩管理の全体像を学び,引き続き肩甲難産への対処と鉗子・吸引による分娩について,4-5人のグループに分かれワークショップを行った(写真)。ワークショップは,実際の分娩で高頻度に発生し,慣れていないと慌ててしまうシナリオに基づきマネキンを用いて一人ずつ行う実践的なものだ。特徴として,語呂合わせの手順に則って手技を行っていくことが挙げられる。これによって緊迫した状況でも,落ち着いて必要な手技を安全に行うことを目標としている。インストラクターの経験談も織り交ぜながら,参加者は産科救急の実際を学べたようだ。

 コースでは,妊婦時の合併症や産後大出血・妊婦の蘇生などが続き,周産期に生じる困難な状況への対処法を幅広く身に付ける。2日間のコースの終わりには,筆記試験とマネキンを用いた実技試験(メガデリバリー)を行い,合格者は5年間有効の認証を受ける。

写真
<左上>肩甲難産の新生児を取り上げる
<左下>シミュレーターで胎児の超音波診断を学ぶ
<右>ALSOの特徴の一つである語呂合わせ

周産期医療を守るために

18人の受講者と6人のインストラクターにより,今回のALSOプロバイダーコースは行われた。
 受講者アンケートによると,ALSOに参加した“動機”は,産科医では「周産期プロバイダーとしてのスキルアップ」,救急医,プライマリ・ケア医,そして初期研修医では「産科救急に強い興味」,また助産師では「チーム医療への貢献」という項目を選ぶ人が最も多いという。それぞれ異なる理由ではありながらも,産科救急に貢献したいという姿勢がうかがえる。

 今回受講した産婦人科後期研修医は,「このような産科救急を系統的に学ぶ機会はあまりないので,良い機会となった。技術の再確認もできた」と語った。ALSOには,知識に偏重したわが国の医学教育で足りない手技の部分を補う効果もあるようだ。また,1年目研修医からは「参加前は,1年目には内容が難しいのではないかと考えていたが,何とかプログラムについていくことができた。テキストも充実していて勉強になった」との声も聞かれ,初学者にとっても産科救急に一歩を踏み出すきっかけになるのではないだろうか。

 ALSO運営に携わる新井隆成氏(金沢大)は今後の課題として,コースのインストラクターが候補者を入れても20人ほどとまだ非常に少なく,開催回数を増やすことが難しい状況にあることを挙げた。わが国でのALSOはまだ始まったばかりだが,産科医以外の医療プロバイダーがALSOを身に付けることで,特殊診療ではない一般診療としての産科救急も実現できるかもしれない。もはや待ったなしの産科医不足のなかで,ALSOがわが国の産科医療体制を守るための新たな形となることが期待される。

参加者の声――2日間のコースを終えて

望月崇紘さん(山北町立山北診療所・所長)


 「オルソー」,セミナー開始のときのインストラクターの先生の言葉にまずびっくりしました。

 私は現在,山間へき地の診療所でシニアレジデントとして研修中なのですが,総合医をめざす中で産科領域の研修が手薄であると感じていました。そんな中で今回のコース開催の話を耳にして,この「ALSO(オルソー)」の読み方も知らず,よく下調べもせぬまま反射的に参加申し込みをしていたのです。最初は場違いな所に申し込みをしてしまったかもしれないと不安がよぎったのですが,他の受講者も私と同様に必ずしも産科に携わっているわけではない方が多数おられ,温かい雰囲気の中で学ぶことができました。講義形式の時間と実技形式の時間がミックスされていて,2日間みっちりのスケジュールではあったのですが,最後まで飽きることなく受けられました。

 講義についてはエビデンスに基づいた知識が提供され,初期研修のときに何となくそういうものだと理解していたことがブラッシュアップされました。実技に関しては,マネキンや練習用の超音波装置,縫合のグッズなど,用意されているものが豊富で,楽しみながらやることができました。一人でお産を取れるようにとまではいきませんが,地方病院で急な事態が発生し産科スタッフの方が猫の手も借りたい状況下では,猫の手よりはまだましなお手伝いができるようになったのではないかと思います。

 お忙しいなか充実したセミナーを用意していただきましたインストラクターの先生方,スタッフの方々,どうもありがとうございました。

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