医学界新聞

寄稿

2010.02.08

【投稿】

米国医師免許実技試験を体験して
医学生からみた日米の医師国家試験の比較

柴田綾子(群馬大学医学部医学科5年)


 医師法第9条には“医師国家試験は,臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して,医師として具有すべき知識及び技能について,これを行う”(傍点筆者)とあります。しかし,現在の国家試験は多肢選択式の筆記試験のみで,技能について評価を受けることなく医師免許が与えられているのが現状です。

 一方米国では,2005年より国家試験として厳しい実技試験を全医学生に課すようになりました。また国民から募り,トレーニングを受けた模擬患者(Standardized Patient;SP)が医学生の診察方法や態度を評価し,その合否に大きな影響を与えています。昨年の夏休みに実際にUSMLE(United States Medical Licensing Examination)のSTEP2CS(Clinical Skills:実技試験)を受験し,国民が医師養成に大きく参加するシステムに感銘を受けました。日本においてもこのようなシステムが必要だと感じましたので,ご報告いたします。

米国試験の最も重要な項目は患者との信頼関係づくりの能力

 米国の実技試験について概要を表に記しました。

 USMLE STEP2CSの概要
・受験資格:医学部の授業を最低2年間履修している者(基礎医学の履修に相当)
・試験時間約8時間。全米の5か所でほぼ毎日,午前・午後の2回行われている。
・費用は$1200(宿泊費や交通費は個人負担)。
・不合格者には,どの項目が不十分であったのかがわかるレポートが通知される
・試験内容:
 (1)SPを相手に,15分間で主訴に応じた問診および身体診察をし,その後,問診や身体診察の結果・考えられる疾患と今後の検査についての説明を行う。評価はSPが行い,チェックリストに基づいて必要な項目を網羅できたか判定する。同時に話し方,診察のマナー,手洗い,服装等が基本的事項としてチェックされる。
 (2)続いて,10分間でカルテ記載,考えられる疾患(5つ),必要な検査項目(5つ)を記入する。これは実際の医師によって評価が行われる。
・診察する患者は12人で,その年齢・人種は多様。また,12人のうち1人は電話による病気相談の形式をとる。休憩は昼30分間と途中15分間のみ。
・予防医学に力を入れており,患者に対して食事・運動・違法薬物使用・アルコール・喫煙・避妊について問診し,問題を見つけた場合は15分の枠内で簡潔に患者教育を行うことが必要。
・合格には,(1),(2)にSPによる口語英語の評価を加えた3項目すべての平均点が一定基準を超えていることが必要。

 今回,米国の実技試験を経験し,試験の準備・受験を通して,実際に臨床現場に必要な知識・技術が身についたこと,自身が非常に成長したことを実感しました。米国の実技試験では,問診・診察が医学的に正確であることはもちろん必要ですが,それだけでは合格できません。「15分間で患者と良好な関係を構築できるか」が一番重要であると言われています。

 誤解を恐れずに言えば,問診・診察で少しミスがあったり,必須の質問項目を忘れてしまっても,言葉遣いやマナーが適切であり,SPが「納得できる」診察を15分間で行えた受験者は合格しています。逆に医学的には完璧であっても,不適切・不愉快な言動があったとSPが判断した場合,不合格となる確率は非常に高くなります。

 私は今までの医学部での生活を通して,今回の受験時ほど「患者に配慮した診察」を学んだ機会はありませんでした。試験では患者の尊厳が非常に重要視されており,身体の診察では,次に何を行うのか常に患者に説明し,服を脱がせたり足をブランケットから出したりする場合には,患者から承諾を得ることが必要です。

 また,医学的専門用語は使用してはならず,医師(受験者)の説明をSPの人が理解できない場合,説明した者が不適切とされます。これらは考えてみれば当たり前のことですが,日本の医学教育では十分に教えられていないことが往々にしてあります。

日本でも「患者の訴えに応じた」診察能力を評価する試験を

 最近では,日本でも実技やコミュニケーションを重要視する動きが少しずつ出てきています。

 その1つが,各大学が臨床実習前(4年次)に行っているOSCE(客観的臨床能力試験)ですが,これにも課題が残されています。まず,統一された合格基準が定められていないことです。また試験内容についても,後輩の学生ボランティアを相手にした胸部・頭頸・腹部診察や,SPに対する型通りの質問・診察ができれば合格するため,ほとんどの人が簡単に合格できる試験になっているのが現状です。

 これは米国のような,多様な患者層を相手にし「患者の訴えに応じた」診察能力を評価するものではありません。米国の試験では,患者がたとえ言わなかったとしても,診察でアザを見つけた場合は家庭内暴力を,注射針の跡を見つけたら薬物中毒を,意図しない体重減少を見つけたらうつ病や癌を考えることが必要であり,しっかりとした問診・身体診察能力がなければ試験に合格できません。実際に私の試験でも,最近疲れるという訴えの女性のお腹の診察をした際にアザを見つけ,よくよく聞いてみると家庭内暴力であったケースがありました。

国民参加型の試験は医学生の社会交流の機会にもなる

 また,国民が患者役という形で医学生を評価する米国の実技試験システムは,国民が医師養成プロセスへ参画し,医学生と国民がお互いの理解を深める一つの良い機会にもなっていると考えられます。日本では,医学生は部活やアルバイトに費やす時間が非常に多く,学外で幅広い年齢やバックグラウンドを持った人たちに接する経験をあまりせずに医師になってしまう可能性があります。高校卒業後そのまま医学部6年間を学生社会で過ごし,社会をよく知らないまま医師として働くというのは,よく考えると恐ろしいことだと思います。米国の医学生のように,患者とのコミュニケーションやマナーについての能力を高めていく必要があると言えるでしょう。

 医師という職業は,患者を相手にしたサービス業と言っても過言ではありません。実際の医療現場で必要なのは,患者とのコミュニケーション・問診・身体診察能力・カルテ記載,そして医学的知識です。「適切なマナーを身に付けているか」「患者とのコミュニケーションが適切に行えるか」「医学的に正しい問診・診察・カルテ記載ができるか」に関して,ほとんどチェック機能のない現行の日本の国家試験は,本当に「医師免許試験」と言えるのでしょうか。

 国家試験の内容はその国の医師水準を決める一つの重要な要素です。日本の医療水準の向上の観点から,国家試験の内容についてもう一度考えてみることが必要だと思います。

 

 本原稿の作成にあたり,多大なご助言ご指導をいただきました東京大学医学教育国際協力研究センターの大西弘高先生に,この場を借りて御礼申し上げます。

参考文献
1) United States Medical Licensing Examination(USMLE)
2) Educational Commission for Foreign Medical Graduates
3) USMLE最近の動向――Step2CSを中心に(松尾高司氏 週刊医学界新聞第26382642号
4) OSCEの概要(社団法人医療系大学間共用試験実施評価機構(CATO))


柴田綾子氏
群馬大5年。名大情報文化学部卒業後に学士編入。関心は,趣味の海外放浪へつながる国際保健と救急医療,小児・女性を幅広く診ることのできる家庭医療。米国研修を目標に現在はUSMLEの勉強中。Lawrence M. Tierney Jr.先生のレクチャーへ参加したことがきっかけで臨床推論・医学教育に目覚め,2009年度から医学教育・臨床実習の充実化を求める全国有志医学生の会のサイトを立ち上げて活動している。

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