基礎統合実習トライアルからの提言(松尾 理)
寄稿
2009.12.07
【寄稿】
基礎統合実習トライアルからの提言
松尾 理(近畿大学教授・生理学・医学教育学)
筆者らは,問題基盤型学習(PBL)テュートリアルと基礎系の実習を統合した「基礎統合実習」を全国の医学生に呼びかけ,5年間にわたり,5回のトライアルを実施した。この「基礎統合実習」を行った動機は,昨今の基礎系志望者の減少や,基礎系の実習の在り方に対する反省からである。
卒後臨床研修の必修化以来,ほとんどの卒業生が臨床研修の道に進んでいるが,基礎統合実習で研究の一端を体験しておくことで,臨床の場で遭遇した患者の病態を「研究する心」があれば自ら解明する道も開けてこよう。さらに,研究のプロセスを理解し,実施する満足感,発見する喜びを若い学生時代に体験しておくと,必要なときに応用できることになる。その意味も込めて,筆者らは基礎統合実習トライアルが将来の医学教育のためのカリキュラムになることを熱望している。
基礎系実習の抱える問題点
医学教育の目標については,医学教育モデル・コア・カリキュラムの提示以来,多くの議論がなされているが,基礎系については「構造と機能を説明できる」という記述にとどまっていて,奥行きが不明である。さらに,知識の伝授が主体で課題探究・問題解決能力の育成への観点が少ない。
実習における最大の問題は,昨今の基礎系への時間配分減少と相まって,実習書依存のなおざりなものが増える傾向にある点だ。さらに,基礎系の教員の削減もあり,実習内容が学生たち自身を対象にしたhuman studyになる傾向が強い。
実習書依存実習の最大の問題は,学生たちが実習書のとおり逐一行い,操作や実習の持つ意義などをまったく考えずに結果が出てしまうことである。それも,教員が予測・期待した結果でないと「やり方が悪い」と指摘される。これでは学生が萎縮するだけである。
実習時間の長さも問題である。週1回午後だけというような時間だと,生体の長期的な観察ができず,短時間で終えざるを得ない実習に限定されてしまう。学生たちが卒業後臨床の場で,患者に医療行為を行うとき,ある1点だけを見ているのでは,医療は成立しない。ある程度連続した時間のなかでの観察が必要である。この時間的制約が,現在の基礎系の実習における最大の欠点であろう。
さらに,将来を踏まえた問題解決型の実習を行っている例も見当たらない。このような背景のもとに,筆者らはこれまでの「結果の明らかな実習課題を指示どおり行う」,いわゆる“Cook-Book型の実習”でなく,問題解決型実習またはプロセス重視の実習に重点を置くことにした。
学習方法は,問題解決型の学習として各大学で導入されているPBLテュートリアルを基に作成した。これは,ある事例が書かれている用紙をもとに,何が問題であるかを明らかにし,それを解決する学習目標をグループ討論で決めていく学習方法で,テュータが適宜アドバイスする。教えないで気づかせるのが,テュータの役目である。その結果,グループで得られた学習目標について,学生たちが図書館やインターネットなどの学習のためのリソースを参照しながら,学習目標を解決していく。このPBLテュートリアルシステムを基礎系の実習に統合したのが,基礎統合実習である。
第1回基礎統合実習トライアル
上記のようにPBLテュートリアルシステムと基礎系実習を統合した基礎統合実習を企画し,全国の医学生に参加を呼びかけた。このトライアルの最大のポイントは,実習項目・観察時間などすべてを学生が討論しながら決めることである。ここに,実習書依存型実習との大きな違いがある。2005年に第1回トライアルを実施して以来,今年で第5回になる。本稿では,2005年7月21-24日に岐阜大医学部にて実施した第1回トライアルを紹介する。
参加学生は近畿大学医学部,岐阜大学医学部,および藤田保健衛生大学医学部の1-3年生で,いずれも3大学の各学年混成のグループとなった。テュータ教員として筆者のほかに,森田啓之,高橋優三,オブザーバー教員として松井俊和,中島昭の各氏が参加した。
トライアルでは3グループに分かれ,JR事故の新聞記事から作成したシナリオ(表)を出発点に,PBLテュートリアル形式で議論しながら実習内容を決定し,実習を行った。シナリオは4枚から成り,それぞれの討論が煮詰まったころに順次配布した。討論には教員は参加せず,討論途中や実習項目立案段階で質疑応答を行った。
表 シナリオ1(抜粋) | |
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学究態度・習慣を涵養することが自律的な成長をもたらす
各グループから幾多の討論と実習項目が提案され,また結果を吟味してから,再度実習を繰り返すことを何度も行った(図1)。第1班は「マウスにおけるクラッシュ症候群の病態」,第2班は「グリセロールによる腎不全作成とその予防」,第3班は「腎不全に及ぼすミオグロビンとカリウムイオンの影響」というのが最終の実習テーマとなった。このトライアルで特筆すべきことは,学生たちが実験器具としてマウスの採尿装置(図2)を試行錯誤の上考案し,実用化してデータを集めたことである。
図1(左)実験方法の検討(板書を再構成したもの),図2(右)マウス採尿装置 |
【図1】実験群A-Dが組み立てられ,それぞれの差が何を意味するかが書かれている。また大きなロートにマウスを入れて尿を採取する図が左端に描かれている。 【図2】ペットボトルの底を切り取り,小ロートを口に付け,さらにマイクロチューブを先端に付けた。マウスから排泄された血尿がマイクロチューブに集められている。 |
トライアルの最終日に発表会を行い,その直後アンケートを行った。その結果,自分たちですべてを行うことに大変満足していることがわかった。中には,アイデアが続出して実験時間が足りないという苦情も出たほどである。さらに注目すべきことは,トライアルから1年経過後のアンケートで,参加学生が従来型の実習書依存実習に魅力を感じず,また考え方が論理的になったことが明らかになった点である。
本トライアルのHidden curriculumとしては,実験を企画し実施する楽しさ,新しい発見の喜び,達成感を体感することがある。また波及効果として,①次世代の基礎医学教育研究者が育つ,②臨床の場でも研究心を持って行動できる,③Physician scientistの養成につながること,などが挙げられる。結果は,そのとおりになっていると言えよう。
*
若いころに「自然科学で発見する喜び」を知り,達成感,満足感などを味わうことが,その後の医学生の学究態度・習慣に大きく影響していることが明らかになった。特に「喜び」など感覚での体験は,学生たちにチャンスさえ与えれば,応用力を発揮し自律的に成長することにつながるであろう。このような学生が,次世代を担う人材として私たちが育成したい人材であり,社会が望んでいる人材のはずである。
以上のような長所を基礎統合実習に見いだし,現在まで5回トライアルを行ってきた。いずれの場合も,非常に素晴らしいプロセス〔論理的かつ科学的思考(臨床では臨床推論)能力〕と成果が得られた。
したがって,筆者は,このような基礎統合型の基礎系実習が正規のカリキュラムに導入されることを提言する。
*本トライアルは,森田啓之教授(岐阜大・生理学)および高橋優三教授(岐阜大・寄生虫学)と共に企画運営し,中島昭准教授(藤田保衛大・生理学)らの協力を得て実施したものである。
参考文献
松尾理,伊木雅之.特集/臨床研修後の進路-研修必修化2年を経て;基礎医学研究者への進路.医学教育.2005;36(5):301-4.
松尾 理氏 神戸大助手,宮崎医大講師,同助教授を経て現職。学内の教育関係委員(長)のみならず,日本生理学会教育委員会委員長として大会でのモデル講義の企画・実施,日本医学教育学会生命科学委員会委員長として全国規模のワークショップの主催,その他各種委員会委員およびアジア太平洋地区PBLテュートリアル学会の理事として教育活動を行っている。今年,日本医学教育学会の第41回大会を実行委員長として開催した。また国際生理学会教育委員会委員として生理学教育の国際ワークショップを主催した。 |
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