医学界新聞

寄稿

2009.11.30

【寄稿】

予防接種行政に必要なのは日本版ACIP
米国ACIP会議に参加して

岩田健太郎(神戸大学大学院教授・感染症治療学/神戸大学医学部附属病院感染症内科)


ACIPのもよう
 新型インフルエンザワクチンのあり方が検討されています。しかし,その議論は原理・原則を欠いており,新型インフルエンザにどう対峙したいのかがわかりません。白州次郎ではありませんが,およそ日本の予防接種行政には「プリンシプル(原則)」がないのです。

 日本の予防接種には定期接種と任意接種の2種類があります。しかし国際的には,このような奇妙な二重構造を持つ国のほうが少数派です。無料で市町村が管轄する定期接種と,“全額自費負担”の任意接種。これを「前提」としているところに,日本の予防接種行政の弱さがあります。前政権では,舛添厚労大臣が「予防接種法改正」を公言していました。問題の本質を捉えていたからでしょう。民主党政権がこれにどう応えるか,注目しています。

米国から20年遅れる日本

 米国においてルーチン(日本における「定期」とは運用が異なるので,ここでは「ルーチン」という言葉を用います)で接種される予防接種のリスト(表1)を見ると,日本がいかに遅れているかがわかります。

表1 米国におけるルーチンで接種する予防接種(2008年,文献1より)

ジフテリア

肺炎球菌
破傷風 インフルエンザ菌b型
百日咳*** A型肝炎
ポリオ**** B型肝炎
麻疹 帯状疱疹**
流行性耳下腺炎 ヒトパピローマウイルス
風疹 髄膜炎菌**
インフルエンザ*** 水痘
日本では任意接種
** 日本では未承認
*** 日本では接種範囲が米国よりも狭い(成人に適応がないなど)
**** ポリオは日本ではいまだに副作用の懸念が強い生ワクチンであるが,米国では注射薬の不活化ワクチンである。
:2009年現在,これにロタウイルスワクチンが加わっている。

 米国でインフルエンザ菌b型(Hib)ワクチンのルーチン接種が推奨されるようになったのは1985年のことです。日本ではHibワクチンは昨年ようやく承認,販売されましたが,国による推奨(定期接種)には至りません。比喩でも揶揄でもなく,“文字どおり”日本は米国に20年以上遅れているのです。

 米国においてルーチンで接種される帯状疱疹ワクチン,ロタウイルスワクチン,髄膜炎菌ワクチン,不活化ポリオワクチン(IPV),青少年層向けの百日咳予防ワクチン(Tdap)が日本にはありません。子宮頸癌など多くの癌の原因となるヒトパピローマウイルスのワクチン(HPV)や7価の肺炎球菌ワクチン(PCV7)も最近承認されたばかりです。

 たとえ日本にあったとしても,B型肝炎ワクチン,Hibワクチン,水痘ワクチン,肺炎球菌ワクチン(23価)などは任意接種で有料(基本は全額自己負担)となります。これらは米国では原則無料で提供されます。米国の65歳以上の高齢者の70%は肺炎球菌ワクチンを接種していますが,日本のそれはわずか5%程度です。

 新型インフルエンザ対策に集中治療室などの「はこもの」を新築する計画があるそうですが,その「はこ」を利用する医師や看護師はどこから連れてくるというのでしょう。高齢者の重症肺炎を10人防げば10の病室が確保できます。医師,看護師“こみ”,です。新型インフルエンザワクチンの議論も大事でしょう。しかし,新型インフルエンザワクチンはデータも不十分な「まだよくわかっていない」ワクチンです。「よくわかっている」既存のワクチンを最大限に利用すれば入院患者は減り,そして病室が空き,それは回り回って新型インフルエンザ対策となります。今できる医療の最適化こそが実は最良の新型インフルエンザ対策なのです。

格段に優れている米国の予防接種プラニング

 わが国の予防接種ワクチンの承認は,メーカーの申請,PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)の審査,次に厚労省の審査,そして承認というプロセスを経ます。しかし,その経過は不透明であり,どのような経緯をたどっているのかはわかりにくいのです。また,あくまでもメーカーによる申請が主体なので,日本にどのような予防接種が必要なのか,そのビジョンが提示されることはありません。定期予防接種への採用に至っては,ほとんどルールがありません。

 米国には,自国の予防接種をどのような根拠でどのように提供するのかを決定する機関があります。ACIP(Advisory Committee on Immunization Practices;ワクチン接種に関する諮問委員会)がそれです。わが国でも日本版ACIPを導入しようという動きはありましたが,なかなか議論は進みませんでした。

 幸か不幸か,新型インフルエンザの流行とその予防接種の問題は国民的議論に発展しました。今や,誰もが日本の予防接種の推奨決定プロセスには大きな問題があることを知っています。今こそこの議論の火を消すことなく,日本版ACIPを作る最大のチャンスです。

 ではACIPとはいったいどのようなものか。このたび,ACIPの会議に参加する機会を得たので,その内容を報告するとともに,日本のあるべき姿を模索したいと思います。

ACIPの構成とその役割

 ACIPは米連邦政府の委託委員会で,1964年に設立されました。米国疾病予防管理センター(CDC)と米国保健福祉省(DHHS)に予防接種を推奨する機関です。ACIPは米国の予防接種のあり方を実質的に形づくっています。どういった疾患が予防接種により予防可能なのか(これをVaccine Preventable Diseases, VPDと呼ぶ),どのような人たちにワクチンを提供するのか,そしてそれによって米国と国民に何がもたらされるのかを検証し,推奨事項をまとめます。

 ACIPは投票権を持つ15人のメンバー,投票権のない8つの「官」組織の会員(CDC/NIP, National Immunization Program, ex officio members)と26の「民」からの関連機関代表(liaison representatives)から成ります(表2)。

表2 ACIP会議の構成(文献1および2を参照)

ACIPメンバー……議長ふくめ15人
Ex Offi cio Members(関連行政担当者)……インディアン健康局,保険資源事業局,メディケイド・メディケア・サービスセンター,医薬品食品管理局,国防総省,国民予防接種プログラム局,国立衛生研究所,在郷軍人局
Liaison Repr

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