医学界新聞

2009.11.23

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


子ども虐待予防の新たなストラテジー

上田 礼子 著

《評 者》小林 登(子どもの虹情報研修センター長/東大名誉教授)

著者の幅広い経験・研究成果を生かした予防ストラテジーの提案

 厚労省が全力を挙げて子ども虐待に対応しているが,児童相談所における相談件数は増加の一途をたどり,2008年度には4万2662件になった。過去10年間で約4倍,統計を取り始めてからの18年間で約40倍に達している。それには,もちろん実数の増加ばかりでなく,対応のレベル向上で発見・対応数が増加したこともあろう。しかし,児童相談所対応件数は,われわれの研究によれば実数の3分の1から2分の1ほどと推計される。今,子ども虐待は社会的問題であり,われわれの未来を考えると国家的問題でもある。

 評者は,「子どもの虹情報研修センター」(日本虐待・思春期問題情報研修センター)のセンター長として,国の施策に基づき,子ども虐待対応を行っている児童相談所,福祉施設,さらには地方自治体などの職員に対して,年間20回ほどの研修を行っている立場にある。したがって,上田礼子先生の『子ども虐待予防の新たなストラテジー』を評者として拝見する機会をいただいたことは,うれしく思うとともに,大変勉強になった。

 ご存じの通り,著者の上田礼子先生は,看護学,助産学,保健学,母子保健学の大学教育を長い間実践され,沖縄県立看護大学学長も務められた方である。したがって,本書をひもといてみると,医学,保健学,看護学,助産学の幅広い立場から,鋭い目を持って子ども虐待予防のストラテジーを論じておられ,感銘を受ける。わが国では,子ども虐待の対応は福祉関係を中心に展開されているが,評者もJaSPCAN(日本子ども虐待防止学会)や子どもの虹情報研修センターなどに関係してみて,もう少し医学・保健学的な発想と実践も必要ではないかと,日ごろから思っていた。したがって,本書の出版の意義は大きいものと考える。

 本書は3部から成り,第1部は「子ども虐待予防への問題提起」の中で,まずストラテジーの基本として「ポピュレーション・ストラテジー」と「ハイリスク・ストラテジー」の論理的な考え方を述べておられ,参考になる。第2部は,「予防重視の新たな取り組みと具体的対応への提案」として,早期発見と支援の考え方を述べられている。重要なことは,どのような実践的なモデルを作り,どのようにリスクをアセスメントするかである。第3部は,「現状の問題点と今後の課題」として,多職種,多機関の連携で遭遇する問題をどのように解決したらよいか,自らのご体験を含めて述べられている。読者も,この問題についてはいろいろと考えさせられる機会が多いと思うので,大いに参考になろう。評者にとっても,子どもの虹情報研修センターで研修を行うに当たり,参考になる考えや実例が述べられている。

 子ども虐待問題に関係する者は誰でも,多職種・多機関連携による対応,特に発生予防が重要であることは十分認識しているが,そのシステムの形成と機能発揮のストラテジーについての研究は十分ではなく,実践において困難を感じているのではなかろうか。本書は,よりよいストラテジーを考えるのに有用であり,それによって,虐待対応の在り方そのものを強化することは間違いない。関係者,特に地域で対応の計画に当たっている方々に,ぜひご一読を勧めたい。

A5・頁224 定価2,940円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00847-1


「医療政策」入門
医療を動かすための13講

東京大学医療政策人材養成講座 編

《評 者》山崎 晋一朗(千葉県健康福祉部健康づくり支援課長)

さまざまな医療問題を読み解くためのヒント

 医療政策と聞いて,あなたは何を思い浮かべますか? 世界中で感染者が出ている新型インフルエンザのこと? 医療崩壊? 後期高齢者医療制度?

 そうです,新聞やTVをにぎわすこうした問題には,すべて医療政策が大きなかかわりを持っています。医療政策について学ぶことで,一見,お互いに関連がないように見えるさまざまな医療問題を読み解くためのヒントを得ることができます。医療政策について知りたい,学びたいと思っている方への格好の入門書が本書です。

 本書は,東京大学医療政策人材養成講座から「講義」と「質疑応答」をベースに,内容をわかりやすく編集したものです。東京大学医療政策人材養成講座では,医療政策のリーダーを育成することを目的に,医療提供者,患者支援者,医療ジャーナリスト,政策立案者が一堂に会し,議論を展開しました。本書は,10章からなる医療政策基礎講座と2章からなる医療政策手法編から構成されていますが,各章はそれぞれが独立しており,読者が自分の興味のあるテーマから読み進めることができるようになっています。

 各章は,医療経済・財政問題,医療政策の決定過程と患者の参加,医療の質と医療事故対策,地域医療政策,政策評価や社会調査法など,医療政策の多岐にわたる側面をカバーしています。講師は,それぞれの分野の最先端の研究者,第一線の行政担当者,患者支援のリーダーであり,最新の研究成果や医療政策の立案過程における動きなどが,臨場感たっぷりに講義されています。専門的で高度な内容まで触れられていますが,入門者の理解を助けるよう,図表を多用したわかりやすい説明がされています。強いて言えば,それぞれのセクションについてもっと知りたくなるのが難点(?)ですが,講師から参考文献・資料も多数示されているので,さらに勉強を深める場合の手助けになります。

 政策というと,自分たちとは遠いところで政治家や官僚などが決めているという印象を持つ人も多いと思いますす。しかし本書を読むと,医療政策が医療の現場にいかに大きな影響を与えており,私たちの医療従事者として,あるいは患者としての行動もまた,医療政策の決定に関与しているのだということを,実感されると思います,医療政策は,医療従事者,患者,一人ひとりが考えなければならない問題なのです。

 本書の結びに,講座で講師をされた日野原重明先生の言葉として,「鳥は飛び方を変えられないが,人間は自分の生き方を変えられる」とあります。日本の医療政策も,もっと患者に優しく,医療従事者が誇りを持って働ける制度に変えることができるのです。

A5・頁288 定価2,520円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00858-7

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