MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2009.11.02
MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


岩田 誠,河村 満 編
《評 者》下條 信輔(カリフォルニア工科大教授・認知神経科学)
脳と文字の神秘に触れる
この本の帯には「時空を超えたヒトと文字の神秘」とある。惹句にしてもいかにも大げさな,と評者は最初思ったが,本書の中身に触れた今は「まったく同感」としか思わない。ヒトの脳と,文字という文化の間には,実にそれだけの豊かな内容が広がっているのである。
この本は,文字にかかわる神経心理学と神経科学の知見を,各テーマごとにトップの専門家を擁して編んだアンソロジーである。初学者にとって最適な入門書であるとともに,専門家や隣接分野の研究者にとっても最新のデータをいち早く参照できるハンドブックとして有用である。神経文字学という新しい分野を打ち出す上で,教科書としての決定版をめざした節もある。
中身の構成も,ある程度そうした使用法を意識している。まず編者お二人のイントロを兼ねた短い対論に続いて,序論で神経文字学の起源と背景の広がり(進化,文化,情報などの観点)を示す。そして第一章「漢字仮名問題の歴史的展開」,第二章「日本語の読み書きと漢字仮名問題」と続く。まずこのあたりまでが,大ざっぱにみて概論に当たる部分だろう。
以下が各論である。語義失語,読み書きの半球差,読字,触覚読み,書字障害の分類,その計算モデルと神経機構といった順序で,各テーマの最先端の研究者が背景と最新知見をわかりやすく整理している。
公平にみて,この本には類書にない大きな美点がいくつもある。第一は,既に触れたことだが,文字をめぐる神経科学的問題を一つの学として統合的に考察しようという高い企図である。その他,必要にして十分な視点と書き手とが集められている。
第二に,文字という対象の性質上,その進化的,文化的,学史的背景が十分に意識され,それに紙幅が割かれている。例えば「漢字仮名問題」の学史的展開の記述から,国際学界における日本固有の研究の独自の価値を再認識させられる。
第三に,門外漢から見てこの分野のテクニカルタームは把握が難しいことも多いが,そうした概念の盛衰や用語の使い分けといった点にも配慮が行き届いている。例えば「二重神経回路説」をめぐる記述などは,編者自身がかかわっていることもあって精彩に富んでいる。
第四に,文字というテーマの性質上期待される,幅広い神経機能に言及している。例えば,感覚間統合や感覚運動協応,運動の計算理論,学習と可塑性などは,評者の専門である心理物理学や認知神経科学の観点から見ても,大いに参考になる。今後さらなる交流が期待される。
最後に補足すると,この本は初学者へのサービス精神にも満ちている。例えば文学は好きだが神経科学はまだ素人という読者が,たまたまこの本を手に取ったとしよう。彼(女)はまず,扉で引用されている谷川俊太郎の印象深い詩に目を奪われるかもしれない。それから自然に巻頭,巻末の対論を読み,「文字学こぼれ話」という囲み記事に引き込まれていくだろう。「そういう読み方もありです」とこの本の構成自体が語っているように思える。
一読して,編者であるお二人の碩学の高い志と意欲を感じ,また最先端の研究を肌で感じることができる。分野を超えて,広く若き学徒に薦めたい一冊である。
A5・頁248 定価3,360円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00493-0


日本脳腫瘍病理学会 編
河本 圭司,吉田 純,中里 洋一 編集委員
《評 者》長村 義之(東海大教授・病理診断学)
脳腫瘍診療に携わるすべての医療従事者に有用な書籍
この本を開いてみて,まず感銘を受けるのは,①多くの脳腫瘍を網羅しながらの理路整然とした組み立て,②規則正しく簡潔かつ十二分な各腫瘍についての記述,③タイトルにふさわしい美麗かつ的確なカラー図である。本書には,一貫して編集者の哲学が感じられるのが素晴らしい。本書の内容は,総論と各論により構成されている。
総論は,(1)歴史,(2)組織分類,(3)発生の分子メカニズム,(4)分子遺伝学と,脳腫瘍の“温故知新”が簡潔にまとめられており,興味深くまた大いに参考になる。特に「脳腫瘍の組織分類」では,WHO分類2007の表にすべての腫瘍名が網羅されており,中枢神経系腫瘍のWHO gradeでも,表が見やすくgradingが可能となるように配慮されている。「脳腫瘍発生の分子メカニズム」「Astrocytoma,oligodendrogliomaの分子遺伝学」ではこの領域でのアップデートされた最新情報が記載されている。
各論では,WHO分類2007に準拠して記載されており,グローバルスタンダードにのっとってアップデートした脳腫瘍診断を行うことができる。ここに“誰でも”と付記したくなるくらいに,すべてが明快である。各論では代表的な66疾患が取り上げられているが,記載の簡潔さはもとより,カラー図も,H&E染色,免疫染色,電子顕微鏡など各腫瘍の診断に不可欠の特徴が網羅されている。かつ,われわれ病理医にとっても,極めて有用な画像診断イメージが必ず図示されている。CT,MRI画像などわかりやすく大いに参考になるものと思われる。
さらに,遺伝性疾患であるNeurofibromatosis1/2,von Hippel-Lindau病,Tuberous sclerosisなどの場合では,遺伝子の突然変異も図示されている。最後に付録として,「...
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