専門職者としての自己統制に基づく欧米の医学教育・2(ゴードン・ノエル,大滝純司,松村真司)
連載
2009.10.12
ノエル先生と考える日本の医学教育
【第5回】専門職者としての自己統制に基づく
欧米の医学教育・2
ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(東京医科大学 医学教育学講座教授) 松村真司(松村医院院長) |
(2845号よりつづく)
わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。
本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,医師の偏在の問題や,専門医教育制度といったマクロの問題から,問題ある学習者への対応方法,効果的なフィードバックの方法などのミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな問題を取り上げていきたいと思います。
臨床研修病院の認定基準を定めるACGME
松村 日本でも社会の要請によって医師の研修内容は変わってきています。ところで日本の来年度からの新制度では,年間入院患者数が3000人以上であることが,臨床研修病院として政府が指定する際の基準の1つになっています。米国の研修病院にもこのような,施設規模に基づいた基準はありますか。
ノエル 米国やカナダでは,病院が研修医を受け入れる際の基準を政府(註1)ではなく,ACGME(Accreditation Council on Graduate Medical Education:卒後医学教育認可評議会)が定めています(註2)。そこには,施設規模による基準は設けられていません。ACGMEは臨床研修病院の認定基準を2つ設けており,1つはその病院が全診療科にわたって優れた研修プログラムを提供できることを証明する基準(Institutional requirements,註3),もう1つは各診療科(内科,一般外科,小児科,産婦人科など)に関する個別の基準(Special requirements)です。施設認定基準のカテゴリーは,ACGMEのウェブサイトから入手できます(http://www.acgme.org/acWebsite/irc/irc_IRCpr07012007.pdf)。項目はかなり具体的で,研修のあらゆる領域に及んでいます。卒後臨床研修を受け入れるための施設基準の例を以下に示します。
●病院や医科大学の卒後臨床研修の管理者,個々の研修プログラム管理者に,それらの業務に従事する時間と手当が与えられること。研修プログラムの管理者は,勤務時間の半分以上を研修プログラムの管理や指導に充てることが期待される。そのなかには,研修医の診療能力を年に数回程度,評価する時間も含まれる。
●研修医が図書館とオンラインジャーナルにアクセスできること。
●JCAHO(Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organizations:医療施設認定合同審査会,註4)の認定を受けた,患者に対して高いレベルのケアを提供している病院であること。
●研修医の選抜はERAS(Electronic Residency Application Service:電子レジデンシー応募サービス)のマッチングを通して行われていること。研修医はLCME(Liaison Committee on Medical Education)で認可された医学部の卒業者か,ECFMG(Educational Commission for Foreign Medical Graduates:外国医学部卒業生教育委員会)の認定を受けた者であること。
●研修病院は各研修医に年次休暇(多くは2-3週間),育児休暇,病気休暇,医師賠償責任保険,健康保険,カウンセリングサービス,仮眠室,そして食事の提供を書面で保障すること。研修医が既婚者の場合や子どもがいる場合は家族の健康保険もカバーすること。
研修要件は各科のRRCで
松村 ACGMEのウェブサイトを見たのですが,「研修施設認定基準」はとても細かく指定され,16ページもある詳細なものでした! しかし,研修病院が十分な患者数と各種症例を提供する責任があるということについては漠然と触れているだけですね。
ノエル 研修プログラムの各種の要件は,個々の専門科プログラム要件に含まれています。例えば,小児科の研修に必要な条件は内科研修とはかなり異なりますし,放射線科で必要な条件は皮膚科とはさらに大きく異なるからです。実際には,ACGMEのResidency Review Committees(レジデンシー評価委員会:RRC)が各領域の研修や専門領域のフェローシップに最低限必要な基準の設定を行っています。なお,内科のRRCは消化器や循環器のような内科系のSubspecialtyについても基準を設け,一般外科のRRCは小児外科,血管外科,外科救急などの外科系のSubspecialty研修の基準も設定しています。
内科の場合,内科の研修を提供する上で特に必要となる臨床診断能力を備えていることを,RRCは研修病院に対し求めます。また研修病院は,成人患者に対して総合的なケアを提供できる十分な設備と臨床支援サービス機能を備えていなくてはなりません。すなわち,心臓カテーテル,気管支鏡検査,胃腸内視鏡検査,非侵襲性の循環器系の検査,呼吸機能検査,血液透析,また,核医学や超音波,X線,血管造影,CT,MRIといった画像診断は必ず含まれる必要があります。つまり,各専門領域のRRCが,研修を提供しようとする病院に対して基準を設けているのです。また,RRCは過去に問題が指摘されたプログラムでは2年ごとに,高いレベルで実施されていることが継続的に確認できるプログラムに対しては最長で8年ごとに,各研修プログラムの現地調査を実施します。それに加え,各研修プログラムや研修医に対する抜き打ち調査を毎年あるいは半年に一度行っています。研修病院が基準を満たしていないという指摘がどこからかあった場合(例えば勤務時間の超過や,不適切な指導など)は,ただちに外部からの監査が実施されます。
RRCが定める基準とは
ノエル RRCは研修医が十分な経験を積むことができるようになるために,研修プログラムが提供すべき症例数を示しています。一般外科では,上級医の指導のもと少なくとも750例の手術を5年間で経験しなくてはなりません(表1)。また,内科では3年間の研修内容について細かな条件が定められています。それらは勤務時間,夜間勤務の期間,自分自身で継続的に患者を診療する一般内科外来研修の期間,内科Subspecialtyでの研修,必要とされる指導医数などです。内科の研修医は外来研修と入院患者の研修にそれぞれ研修期間の3分の1以上を充てることが求められています。集中治療部(ICUやCCU)での研修期間は最低3か月,最長6か月です。内科での入院患者のケアにおける細かい規定の一部を表2に示します(註5)。
表1 RRCによる外科研修での必要基準 | |
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表2 内科における入院患者診療の量 | |
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松村 なるほど,卒後臨床研修プログラムにも,そのプログラムを提供する病院にも,研修内容についての細かい基準が設けられているのですね。
ノエル RRCの構成員は医師ではありますが,特定の団体の利益を代表しているわけではありません。その役割は,各分野の研修内容,教育方法,そして研修医と患者の安全について最低限必要な基準を設けることです。委員の多くは長年にわたって研修プログラムの管理者経験のある人たちで,医学部や専門職のトップ,教育責任者であることも多いのです(註6)。
(次回につづく)
註1:政府は医療費や研修医の給与の一部ないし全部を負担しているが,医療施設の診療の質の監視は専門職団体が行っている。例えば,JCAHOは施設に対して,政府が求める患者安全の基準を満たしているか監視しているが,この監視は政府ではなく医療専門職自らが行っている。
註2:ACGMEは,米国内の卒後医師研修プログラムを認証する責務を担っている。認証は,確立した評価基準および評価指針に基づいた同僚審査(Peer review)により行われる。
註3:研修病院に求められている施設認定基準は以下のウェブサイトで見ることができる。
http://www.acgme.org/acWebsite/navPages/nav_IRC.aspから,Institutional requirements と Common Program Requirementsを参照。
註4:JCAHOは,全米1万6000以上の医療施設とプログラムの認証を行っている独立非営利団体である。認定合同審査は,医療機関の活動基準を満たそうとする責任感を反映する質のシンボルと,広く認識されている(http://www.jointcommission.org)。
註5:ACGMEのすべての専門科とSubspecialtyにおけるプログラムの要件は以下のウェブサイトで見ることができる。
http://www.acgme.org/acWebsite/RRC_140/140_prIndex.aspからInternal Medicineなど,見たい科を選択。
註6:米国医師会の卒後臨床教育責任者は内科医であり,医学部の学部長であり,内科のRRCも担当している。
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