医学界新聞

連載

2009.09.07

「風邪」診療を極める
Primary CareとTertiary Careを結ぶ全方位研修

〔 第13回・最終回 〕

エピローグ:いざ風渡る大海原へ

齋藤中哉(医師・医学教育コンサルタント)


2841号よりつづく

 皆さん,こんにちは。2008年9月に第1回を開始した本連載も,今回が最終回。13回目の「のりしろ」で,一年の円環を「閉じる」ことにしましょう。


「汝自身を知れ」
 読者の皆さんは,この一年,何回,「風邪」をひきましたか? 毎日,日記をつけていない限り,正確な回数を答えることは意外に難しいのではないでしょうか。「風邪」をひいても病欠できる職場環境ではなく,熱と倦怠感を押して,上気した顔にマスクを着けて勤務されているかもしれません。それを美徳とする文化もあります。仕方なく,同僚から必要な対症療法薬を処方してもらい,数日をやり過ごす。家庭では,本人も周囲も,マスクを着けることは不器用に感じられ,お互いにうつし合いです。時に,孫の「風邪」がおじいちゃん,おばあちゃんをノックアウト。公共空間でも乗り物でも,咳エチケットは,携帯電話のマナーと同様,有って無きの無法地帯。「風邪」は最多最頻の「急性疾患」でありながら,「Que Sera,Sera.」が社会の現状ですよね。

「ただの風邪」に騙されないための心構え

反射の閾値
 「風邪」をひいても,すべての人が医療機関を訪れるわけではありません。訪れたとしても,一度処方や処置を受けてしまえば,再診することはあまりありません。患者は,医療機関を自由に選択できますので,医療機関をホップ,ステップ,ジャンプすることもしばしばです。結果,医師は「風邪」の患者の全体像や全経過を把握しないまま,部分的で不完全な対応に追われます。このような診療環境で,「風邪」に対する心構えは,次の2点です。

1)患者が「風邪」の訴えで再診してきたときは黄色信号,三診してきたら赤信号。受診回数は,同一医療機関に限らず,転医,転院も含めてカウントします。
2)再診時,まず,a)受診理由とb)上気道カタル以外の症状を評価します。

受診理由でギアチェンジ
 「試験があるので明日までに熱を下げてほしい」といった自己中心的な希望を全面に出してくる患者は,たいてい「ただの風邪」です。それに対して,「いつもと違う」「こんなことはいままでなかった」「息苦しい」など,体験している現象に圧倒されているメッセージが含まれている場合,直ちに評価が必要です。現場における診断力は,医学的知識もさることながら,患者の言葉に耳を傾け,苦痛,不安,恐怖を察知できる感性があってこそ,正確にドライブされます。患者の受療行動の閾値は千差万別ですから,「ただの風邪」で大げさに症状をまくし立てる人もいれば,「よくそこまで……」とこちらが絶句してしまうほど我慢強い人もいます。問診に加えて,バイタルサインと身体所見から得られる窮迫感,重症感も臨床判断において重要なゆえんです。

上気道カタルからの逸脱
 「ただの風邪」とは典型的な上気道カタル,すなわち,くしゃみ,鼻水,鼻づまり,そして,喉の痛みと咳を主症状とします。解剖学的に近接する部位を次々に侵していく形でこれらの症状が展開され,二週間以内に消退します。発熱,頭痛,全身倦怠感を随伴しても,その程度は軽微から中等で,同じく一過性です。そのような中,激しいくしゃみ,鼻水,鼻づまりを主症状としながら,よく聞くと,目のかゆみや流涙も伴い,結果としてアレルギー性鼻炎と判明したり,咳だけが数週間も続いていたところ,精査の結果,百日咳や結核と診断されたり,常軌を逸する症例が紛れ込んできます。「風邪」の定型(=「自然治癒する上気道カタル」)から逸脱する症状や経過を認めたら,「何か違う」と立ち止まり,鑑別診断を開始します。

かぜの仮面を外せばその素顔は多種多様

劇症疾患
 「かぜ症候群」の基礎を押さえ,内科学を一通り研鑽した後,「風邪」診療をさらに極めたいのであれば,まず,自分と所属医療機関の使命(Mission)とその土地の文化,伝統,期待との融和を図ることが肝心です。その上で,「風邪」診療に必要なCore Diseasesを日々の診療の中で一つひとつ見極めていくという地味な作業の継続が欠かせません。その際,「Core Disease≠Common Disease」という智慧を,どうか忘れずに。連載で取り上げた10症例(表)はCore Diseasesのサンプルではありますが,読者の皆さん一人ひとり,その位置付けは異なるはずです。連載第2回から第6回までは,「風邪」の仮面をかぶって立ち現われる劇症疾患に着目しました。第7回「間奏曲:嵐の前の静けさ」で劇症疾患五重奏(Fulmina...

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