医学界新聞

対談・座談会

2009.06.15

鼎談(『BRAIN and NERVE』第61巻6号より)
iPS細胞-再生医療へのアプローチ

岡野栄之氏
(慶應義塾大学医学部 生理学教授)
山中伸弥氏
(京都大学物質-細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター教授)
辻省次氏
(東京大学医学部神経内科教授)


 神経科学専門誌『BRAIN and NERVE』では,日本のiPS研究を主導する岡野栄之氏,山中伸弥氏を招き,万能細胞として注目を集めるiPS細胞のこれまでの歩みとこれからの研究の行方について,鼎談を企画した。本紙では,この模様から一部を抜粋して紹介する。鼎談の全文は『BRAIN and NERVE』第61巻6号(2009年6月発行)に掲載されているので,ぜひご一読いただきたい。


 iPS細胞が実現し,さまざまな研究の発展の方向性があると思うのですが,それをいくつかに分けて進めていきたいと思います。

生命科学の基礎研究からみた意義と課題

 生命科学の研究,あるいは細胞生物学という立場から,iPS細胞の役割や意義,今後の課題といった点をまず,山中先生に伺いたいのですが。

山中 基礎研究という意味では,iPS細胞をつくる技術というのが非常に簡単で,最低限の培養設備と遺伝子導入の設備さえあれば,どこの研究室でも,誰がやってもできる技術です。こういう簡単な系を使って「初期化」という非常に複雑な現象を再現性よくつくり出すことができます。今後,多くの人が利用することで,なぜいったん分岐した細胞が初期化されるのか,なぜ受精卵と同じような状態に戻り得るのかというメカニズムが,どんどん明らかにされていくのではないかと思います。基礎研究からみると,そういうことを期待しています。

 iPS細胞から分化誘導をかけたときというのは,細胞すべてが分化誘導してしまうのか,あるいはその中にも,例えばiPS的な特性を持った細胞がわずかながら潜んでいるのかという点については,どうなんでしょう。

山中 その点は,岡野先生が,いま神経系の細胞への分化誘導の研究を行っておられますので,正しい知識を持っておられると思います。

岡野 iPS細胞もES細胞とまったく同じ方法で,試験管の中で神経系の細胞に誘導できるということはわかりました。しかし,iPS細胞を使った場合,ごくわずかですが,なかなか分化できない分化抵抗性の細胞が出てきてしまいました。これがreprogrammingの異常なのか,その他のメカニズムなのか,またこのような分化抵抗性の細胞が,ひょっとしたら腫瘍をつくるかもしれないと……。そういうことがわかってきまして,今後はどういうメカニズムでiPS化が進んで,分化がどのように制御されていくかという根本的な問題を,もう少し突っ込んで研究したいと思っております。

ツールとしてのiPS細胞

 iPS細胞が実現したことで,病気の患者さんからさまざまな細胞をつくることが可能になり,病態解明の研究が大変発展するのではという期待もあります。私自身は神経内科で神経系の疾患の診療,研究にかかわっていますが,これまでは亡くなった方の剖検組織を調べるといった方法しかなく,そもそもそういう細胞の存在が念頭にはありませんでした。それが突然,「病気の神経細胞だとかグリア細胞がつくれます」と言われて,戸惑っている研究者も多いと思います。このような細胞を使って病態解明の研究をするという,まったく新しい分野の発展が期待されるなかで,岡野先生は,何か今後の方向性とか,アプローチの方法についてご意見はありますか。

岡野 これまでも神経内科の方々は,病気の患者さんの線維芽細胞を採取したり,剖検脳の研究をされてきたわけですけれども,線維芽細胞ですと,いわゆる神経組織で起きている病態が必ずしも再現されない場合がありますよね。例えば,アミロイドプラークなんていうのは,皮膚で如実にできるわけではないと私は理解していますが,なかなか線維芽細胞だけではわからない。一方,剖検脳で,どのようなメカニズムで発展...

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