医学界新聞

2009.06.08

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


ティアニー先生の診断入門

ローレンス・ティアニー,松村 正巳 著

《評 者》松村 理司(洛和会音羽病院長)

ティアニー先生に学ぶ臨床推論のテクニック

 ローレンス・ティアニー先生の鑑別診断力の高さが披瀝されている本書が,好調な売れ行きであると先生自身の口から聞く機会が最近あった。誠に慶賀に堪えない。新医師臨床研修制度が開始されて5年近くになるが,研修現場で今も足りないものの一つに「臨床推論・診断推論の訓練」が挙げられる。初期研修医の学習対象が検査や治療手技になりやすく,病歴と身体所見から病気や病態の検査前確率を推定してゆく診断学が,なかなか王道に位置されないのである。

 ティアニー先生の真骨頂は,病歴のみに基づく診断と最終診断との一致率がことのほか高いことにあると思われる。厖大な臨床経験が頭脳の中に質高くまとめられているからであろう。その後に身体所見を加えて検査前確率を上下させるわけだが,先生にとって身体診察の寄与率はあまり高くはなさそうである。しかし,本書の5頁の文言に接すると,そうとばかりもいえないことがわかる。以下に抜粋する。

 「私は,最初の出会いの30秒間が,最も豊かな瞬間であると常に信じてきました。……このような観察は病歴はなくて,むしろ身体診察の一部と思われませんか。観察,打診,触診,聴診は病歴聴取の後にとられるものと伝統的に教育されてきました。しかし,実際には身体診察の一部分は,すべての医師にとって患者との出会いのなかにあります」

 診断推論法には,仮説演繹法,徹底的検討法,アルゴリズム法,パターン認識などがあるが,ティアニー先生が頻用するのは徹底的検討法(本書13頁にあるように11のカテゴリーに分類)である。パターン認識による一発診断もお得意だし,仮説演繹法も駆使できるのに,徹底的検討法にこだわられるのは,呈示症例に難問が多いため,また教育を楽しむためだと見受けられる。

 さて,本書の優れている点は,以下である。第1に,以上のようなオーソドックスな診断過程が,具体的な12症例を用いて臨場感豊かに展開されていること。ティアニー先生と松村正巳先生の共著の意味が納得できる。第2に,松村先生の訳がこなれていること。第3に,松村先生のティアニー先生への尊敬の念があちこちでみられるのだが,とても自然で,初々しく感得されること。第4に,大部でなく,週末を利用して読破できること。

 お二人の出会いがあったと聞く2002年春の京都での国際内科学会議の直前のエピソードを,今でも懐かしく思い出す。学会事務局から私(市立舞鶴市民病院勤務中)に連絡が入ったのである。「ティアニー先生との連絡が全くとれません。他の先生方は京都に前泊してもらうのですが……。既に日本におられるとの話なのですが,そちらでしょうか?」

 実はティアニー先生,当時の同院での“大リーガー医”招聘中の身分だったので,京都へは日帰りの予定だったのである。問題は,そのあたりを事務局に一切連絡していなかったので,右往左往を惹き起こした次第。皆がやきもきする中を悠々と数分前に到着との由だが,これはいつものこと。かように事務能力はゼロに近いのだが,米国でもClinical Masterの名をほしいままにされている生涯現役教師というのが憎い。

A5・頁152 定価3,150円(税5%込) 医学書院
ISBN978-4-260-00698-9


《脳とソシアル》
社会活動と脳
行動の原点を探る

岩田 誠,河村 満 編

《評 者》地引 逸亀(金沢医大教授・精神神経科学)

社会的行動の原点としての神経基盤を探る学際的アプローチ

 東京女子医科大学の前任の神経内科教授・岩田誠先生と昭和大学医学部神経内科教授の河村満先生の編集から成る本書は,2007年11月30日に岩田先生が東京女子医科大学弥生記念講堂で会長として主催された第12回日本神経精神医学会のシンポジウム「脳からみた社会活動」を基としている。

 ただし,実態はそのシンポジウムの域をはるかに超えて,シンポジストのみならず神経心理学や精神医学,脳科学,社会心理学,経済学,倫理学などに携わる臨床医や基礎系の医学者,心理学者,文学,経済学さらには工学系の学者までもが執筆者として名を連ねた甚だ学際的な書物である。

 編者らは先に『神経文字学――読み書きの神経科学』という編著を出版している。この従来の神経心理学の対象である失語や失行,失認,中でも読み書きという高次の機能の神経基盤からさらに進んで,本書のテーマは人間の行動,特に社会的行動の原点としての神経基盤についてである。本書は社会的行動の原点としての表情認知の脳内機構の章に始まり,意思決定のメカニズム,理性と感情の神経学の3章から成っている。

 特に3章は衝動と脳,損得勘定する脳,親切な脳といじわるな脳,倫理的に振る舞う脳の4項に分けられ,それぞれの行動や判断の神経基盤について記述されている。これらに代表される各項の軽妙なタイトルには大いに惹きつけられる。

 これらの社会的行動の脳内機構に関する所見の多くが最近の機能的脳画像診断,特にfunctional MRIからの知見に拠っている。表情認知や社会的認知には扁桃体や前頭葉内側部が重要な役割を担い,意思決定には前頭葉・大脳基底核,直感的に言い換えれば多分に近視眼的な損得勘定には前頭葉帯状皮質,先を読んだ高度の損得勘定には前頭連合野を中心とする皮質・皮質下の脳領域が賦活され,倫理的判断や行動には比較的全体の脳領域が関与するという。

 項の終わりごとに「こぼれ話」として岩田先生が書いておられる小話がユーモラスでしかも機知に富んでいて楽しい。また本書の「はじめに」と「おわりに...

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