医学界新聞

インタビュー

2009.06.08

地域医療に興味があるなら,
今すぐ一歩踏み出そう!

中村伸一氏(おおい町国民健康保険名田庄診療所所長)に聞く


――地域医療に従事する上で,身につけておくべきこととはどんなことでしょうか。

中村 技術的なものも大事ですが,まずは気持ちを大切にしてほしいですね。地域医療を志す学生さんや研修医は,「私は○○の知識がないから,私は△△ができないから,地域に出るのはまだ早い」ということをよく言います。でも,早いなんてことは決してありません。とにかく地域に“出ちゃう”ことです。

 地域における医師としての自分が役立つ場面や,逆にいい結果につながらない場面を経験することで,医師が地域社会で果たすべき役割を肌で感じることができます。

 一つは自分の治療が正しかったかどうかということです。研修医や都市部の大きな病院に勤務している医師は,自分が病棟や外来で診療した患者をもう一度診療する機会はそう多くありません。地域医療の現場では,同じ患者を自分が何度も診療することになるので,自分の治療行為のフィードバックが得られ,反省の材料にすることができるのです。

 さらにもう一つ,訪問診療を行うと,自分たちがいかに患者さんの一面しか知らず,医療者の論理に基づいた治療や指導をしてきていたことにも気付かされます。病院や診療所とは私たち医療者のHomeであり,通院してくる患者さんにとってはAwayです。ところが,訪問診療ではこの関係が逆になります。Homeにいるときの患者さんは,病院や診療所では見せたことのない一面を見せてくれます。診療所では亭主関白にみえたお父さんがすっかり奥さんの尻にしかれていることもあります。この場合,キーパーソンである奥さんにも服薬管理について説明しておいたほうが,服薬が安全かつスムーズに進むことがわかるでしょう。

 さらに,訪問診療に行くと,私たち医療者の指導が患者さんの日ごろの生活の実態に合わないものであるということもわかってきます。例えば,野菜を多めにとるように食事指導をした患者さんの家へ行ってみると,そこはスーパーなどが近くになく,行商の人が回ってきたとき以外は自分たちが畑でつくっている野菜で自給自足するしかないということがある。野菜の量も種類も止むを得ず限定したものになっていたのです。

 また,糖尿病を患う一人暮らしのおばあさんに,血糖値の管理の見地から機械的にHbA1c6.5以下をめざして薬を処方したとしたら,どうなるでしょうか。山の中で単独で作業する糖尿病の林業従事者も同様ですが,万一,低血糖で意識を失ってしまった際には,発見が遅れ,命にかかわります。病気の治療は病気と生活背景とのバランスが大切で,薬や治療で亡くなることのないようにすることが大前提なのです。

――病態生理だけにとらわれず,それぞれの患者さんの生活環境に合わせた治療や指導を二人三脚で進めていくことが,本当の医療だということですね。

中村 地域医療に出て,隣人でもある患者さんとお付き合いしていくことで,自分のなかに不足しているものが見えてくるはずです。

 もちろん,医療の形は場所によって異なります。大きな病院がある大都市では,スーパーが近くにないケースはあまり考えられないですから,病態生理に基づく医療が適切に機能することが多いと思います。診療所の医療と大病院の医療はどちらが正しいというのではなく,双方の舞台が異なるということです。それぞれの施設で勤務する医療者が,互いの考え方を理解した上で,自分の仕事を務め,補完しあうならば,より素晴らしい医療が実現するのではないでしょうか。

 そういう意味でも,一度地域医療を経験されることをお勧めします。技術や知識,考え方など足りないものは後から補うことができますが,現場に出なければ不足していることに気付くことはできません。とにかく地域に“出ちゃう”――これで決まりです。


中村伸一氏
1989年自治医大卒後,福井県立病院に勤務し,初期研修(スーパーローテート方式)を受ける。91-96年国保名田庄診療所の所長として赴任の後,96-98年福井県立病院外科での勤務を経て,98年に再び名田庄診療所に赴任し,現在に至る。早期癌の発見・治療や携帯電話を使った保健指導のほか,手書き式電子カルテDr.Boardの開発を行うなど,積極的な医療を展開している。介護,保健などに関する知識も豊富で,介護支援専門員の資格も併せ持つ。全国国民健康保険診療施設協議会理事。自治医大地域医療学臨床教授。主な共著書に『地域医療テキスト』(医学書院)など。

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