医学界新聞

連載

2009.05.11

連載
臨床医学航海術

第40回

  医学生へのアドバイス(24)

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。


 前回は「視覚認識力-みる」に関連して,不可解な「現象」として「夜泣き」について述べた。今回はその「夜泣き対処法」について述べる。

人間としての基礎的技能
(1)読解力――読む
(2)記述力――書く
(3)視覚認識力――みる
(4)聴覚理解力――聞く
(5)言語発表力――話す,プレゼンテーション力
(6)論理的思考能力――考える
(7)英語力
(8)体力
(9)芸術的感性――感じる
(10)コンピュータ力
(11)生活力
(12)心

視覚認識力-みる(7)

 育児書によるいくつかの「夜泣き対処法」は表のようにまとめられる。

 夜泣き対処法
I.赤ちゃんの生理的要求を満たす
II.赤ちゃんに雑音を聞かせる
III.赤ちゃんにおしゃぶりをくわえさせ,赤ちゃんをおくるみでくるむ
IV.赤ちゃんをだっこして心地よい振動を加える

 以下にそれぞれの対処法について説明する。

I.生理的要求を満たす
 おなかは減っていないか? ミルクを与えて,飲みたいだけ飲ませる。ミルクの飲ませ方についても,赤ちゃんには決まった時間に決まった分量だけミルクを飲ませるべきで,それ以上には絶対に飲ませるべきではないという意見もあるようである。しかし,そんなことが生まれたばかりの赤ちゃんにできるとは到底思えない。大人だって,そんなことできやしないではないか!大人だって好きなときに好きな量だけ飲み物を飲みたいのであるから,生まれたばかりの赤ちゃんに一定時に一定量のミルクを摂取させ,泣いてもミルクを与えないという説は,何を根拠にしているのかはなはだ疑問である。また,赤ちゃんにミルクをほしいだけ与えると,ミルクを多く飲みすぎて呼吸できなくなってしまうとか,栄養が過多になってしまうとか思う人もいるかもしれない。しかし,もしも赤ちゃんがミルクをほしいだけ飲んだために健康を害してしまうとしたら,そのような症例報告がもっと多くあってもよいのではないか?

 温度管理も大切である。赤ちゃんの体温は成人の体温よりも高く暑がりである。寒くすると風邪をひいてしまうかもしれないと思い,厚着させるとかえって熱がこもり「熱中症」のような状態になってしまいかねない。だから,心配だが少し薄着でよいようだ。

 おむつも確認して必要があれば取り換える。おむつを取り換え忘れると,おむつの中は高温多湿となり不快である。気づかなかったおむつの交換をするだけで赤ちゃんは泣きやむことがある。

II.雑音を聞かせる
 これは赤ちゃんがビニール袋のすれる音や大きな音を聞くと急に泣きやむという経験を生かしたものである。また,赤ちゃんは静かに眠る母親の横よりも,大きないびきをかいて眠る父親の横ですやすや眠ることもよく知られている。この「現象」の理由は,実はつい最近科学的に説明されたそうだ。最新科学で子宮の中にマイクを入れて観察したところ,今までは静寂と考えられていた子宮内環境は母体の心音や血流などの音で非常にうるさい環境であることが判明したそうである。だから,胎児は今まで完全に静寂な環境で育っていると考えられていたのが,実は非常に喧騒な環境で発育していたのである。したがって,出生後の新生児は胎内と似た喧騒な環境を好み,逆に静寂な環境を怖がり泣くらしい。

 それならば,その子宮内と同じような喧騒な環境を持続的につくるにはどうすればよいであろうか? もちろんいびきが大きいお父さんの隣で寝るのもよいであろう。しかし,お父さんのいびきは通常熟睡したときにだけ起こり持続的ではない。いびきが実益に結びつくおそらく唯一の機会だが,実際に役立てないのが非常に悔しい。いろいろ試したが喧騒な音を持続的につくる最も効果的な方法はドライヤーであった。しかし,実際に子どもが,夜泣きするたびにドライヤーをつけるのは面倒だし,また,熱傷の危険もある。そこで,ドライヤーの音をMDに録音して再生して聞かせることにした。こうすれば,必要なときに子供が好む喧騒な音を再現できるのである。

III.おしゃぶりをくわえさせ,おくるみでくるむ

 おしゃぶりをくわえるだけで赤ちゃんは安心するらしい。また,おくるみで子どもをくるむと,さも窮屈そうで不快なように感じる。子どもは手足が自由に動くほうが楽で喜ぶのではないか,と。しかし,実はこれも誤解であるらしい。子宮内では胎児は窮屈で手足を自由に動かせない。生後子宮外に出た赤ちゃんは自分が子宮の外に出たので手足が自由に動かせるなどと理解することは不可能である。だから,手足を自由に動かせるとかえって不安を感じるらしい。したがって,おくるみで手足が動きにくい少し窮屈な環境をつくってやると安心するらしいのだ。

IV.だっこして心地よい振動を加える
 ベッドに寝かせるよりもだっこしたほうが泣きやむのも,ベッドに寝るよりもだっこされたほうがより子宮内の羊水に浮遊している環境に近いからであろう。だっこも不安定に抱っこするのではなく,落ちないようにがっちりと抱っこするほうがよい。不安定に抱っこすると,これも怖がって泣く。安定性ならばベッドのほうが優れているが,ベッドに単に横になるよりも安定して抱っこするほうが赤ちゃんが泣きやむのは,赤ちゃんが子宮内のときのように人の体温や感触を感じて安心するからであろう。

 ここで,安定して抱っこするだけでは夜泣きを止めるためには不十分である。それに適度な振動を加えなければならない。子どもに限らず大人も電車やバスで揺られていると眠くなることが知られている。これも現在では科学的に解明されていて,人が心地よく眠るための最適の振動数は2Hzだということである。したがって,子供を抱っこするときにも2Hz,すなわち,1秒間に2回振動させるようなリズムでゆするのである。このような理由で「夜泣き」が治まらない子どもがいると,夜中に子どもを車に乗せてドライブする人もいるらしい。この方法も有効らしいが,赤信号で停車せずに一定の速度で走行するのは難しいような気がする。また,もしもドライブで子どもが眠入ったとしてもいつかは家に戻らなければならないはずである。そうすると,車を止めて子どもを家に運ぼうとするときにまた「夜泣き」が始まってしまうかもしれない。だから,やはり家で効果的に試せる方法が必要なのである。

 以上,4つの対処法を行えば通常だっこしてから30分くらいで赤ちゃんは眠入るはずである。しかし,そのままずっと抱っこしていたら自分が眠れない。そこで,赤ちゃんに気づかれないようにゆっくりベッドに座り,少しずつ上体を横にして,ベッドに横になり,自分も眠るのである。こうすれば,2時間おきの「夜泣き」も最初の30分で確実に子どもを眠つかせ,残り1時間半は自分も確実に眠ることができる。「夜泣き」がまた始まればまたこの方法を最初から繰り返せばよいのである。「夜泣き」のたびに訳がわからず無鉄砲にさまざまなことを試して結局眠れないよりは,ほぼ確実に「夜泣き」が治まり自分も睡眠時間を短いが確保できるこの方法のほうが自分も心理的に安心である。この方法を繰り返しているうちに「夜泣き」は2時間おきであったものが,やがて3時間おきになり,4時間おきになって,次第に間隔が伸び,いつか知らないうちになくなっていった。

次回につづく

参考文献
1)ハーヴェイ・カープ著,仁志田博司監修,土屋京子訳『赤ちゃんがピタリと泣きやむ魔法のスイッチ』(講談社,2003).
2)トレイシー・ホッグ著,岡田美里訳『赤ちゃんとママが安眠できる魔法の育児書』(イースト・プレス,2002).
3)榊原洋一著『ママの「育児3大悩み」解消BOOK』(日本文芸社,2004).
4)ニューズウィーク日本版『0歳からの教育』(阪急コミュニケーションズ,2005).

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