「患者の権利」はどこまできたか(池永満,李啓充)
対談・座談会
2009.03.16
【対談】
「患者の権利」はどこまできたか | |
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1999年1月に起きた横浜市立大学病院における患者取り違え事件などを契機に設立された「患者の権利オンブズマン」が活動を開始して今年で10年。インターネットなどで患者が大量の医療情報を手に入れることが可能となるなかで,医師-患者関係も大きく変わった。
本紙では「患者の権利オンブズマン」で設立時から理事長を務める弁護士の池永満氏と,患者の権利やインフォームド・コンセントに非常に強い関心を持つ医師であり作家の李啓充氏の対談を企画した。
なお,本紙では一部のみの紹介となるが,対談の全文は李氏の新刊『続 アメリカ医療の光と影――バースコントロール・終末期医療の倫理と患者の権利』に収録されている。
李 池永先生が中心になって立ち上げられた「患者の権利オンブズマン」(以下,オンブズマン)が,このたび10周年を迎えられました。今年5月には,イギリス,オランダから講師を招き,10周年記念の国際シンポジウムを開催するということですが,まず,オンブズマンの活動についてご紹介いただけますか。
池永 オンブズマンは1999年6月に結成され,7月から活動を開始しました。医事紛争,医療現場のトラブルなどについて,患者・家族と医療従事者あるいは医療機関が直接話し合うなかで,苦情の原因を探り,問題があればそれを是正して,紛争を解決する。それだけでなく,同種の苦情が起こらないようにすること,すなわち医療サービスの質を向上させるという考え方でやってきました。
オンブズマンが結成された直接のきっかけは,1999年1月に起きた横浜市大病院の患者取り違え事件です。それ以来毎月のように,信じがたい医療過誤・医療事故が特定機能病院など高度な医療機関で次々と起こりました。そういう事態のなかで,なんとかしなければという思いがあったのです。
李 患者の苦情から学ぶのは医療者として非常に大切な視点だと思います。お聞きするところによると,先生の組織が九大病院の門前に設立された当初は,九大病院から煙たがられる存在だったけれども,いまは協力し合う関係に変わったそうですね。どういう経過だったのでしょうか。
池永 オンブズマンができた時,従来のように,医事紛争や医療事故の法律上の責任の有無を裁判によって決着づけるのではなく,実際の医療現場で,対話のなかで解決を図ることを掲げました。それは患者側と医療側の本来共通の目標である「安全な医療」を実現するための手がかりですので,医療機関にも手を携えて協力してもらえないかという視点でアピールしたのです。
特に患者が不幸にして亡くなったときに,その原因について遺族が不審を抱いている場合には,解剖して,その結果に基づいて遺族が冷静に判断できれば,対話による解決が進むだろうと考えました。ところが,その当時は残念ながら遺族にとって死因に疑いがあるときに,そのことを知るための解剖の仕組みがなかったのです。患者側が警察に通報して司法解剖されても,その結果は刑事事件の捜査記録としてのみ用いられ,患者側にも医療機関にも開示されません。病院の申し出に応じて病理解剖をした場合であれば,その結果は患者側にも報告されますが,不審に思っている医療機関の依頼による解剖には遺族の心理的抵抗があり,頼みにくい。そこで遺族からの依頼のみで解剖がなされ,その結果が遺族にのみ伝えられるようにしたいと考えました。
李 承諾解剖の制度ですね。
池永 そうです。法律上も可能ということで,オンブズマンと九大法医学教室の池田典昭教授とで覚え書きを取り交わして承諾解剖紹介支援制度を始めました。それが1つの大きなきっかけになって,対立型ではなく,冷静に医療事故の原因を分析していくことが始まったと思っています。
李 そうやって協同してお仕事をされるなかで,信頼関係を構築できたということですね。
池永 九大法医学教室とは提携ができたのですが,臨床の現場,特に民間病院ではオンブズマンへの警戒感がまだ相当ありまして(笑)。「彼らはそんなことを言いながら,いろいろと説明させたものを裁判に使おうとしているんじゃないか」という陰口も当初はありました。しかし,患者側と医療機関が直接対話するときに,オンブズマンのボランティアが立ち会うことで,医療機関側が患者側の苦情を直接聞いて,それに対する説明もできるということで,信頼関係を回復する事例が増えていくなかで,苦情から学ぶというシステムが,病院にとっても非常に大事だという認識が広がってきたのではないかと思います。
李 たしか無過失補償制度が立ち上がったのも福岡が初めでしたね。
池永 そうです。九大産婦人科の先生をはじめ福岡県医師会の皆さんが中心になって。
李 裁判以外の解決法の伝統が,福岡にできあがっていたからなのでしょうか。
池永 そういう意味では,オンブズマンの取り組みも影響を与えた1つかもしれません。
徐々に認められた患者の権利
李 先生は,オンブズマンを立ち上げる前に,「患者の権利法をつくる会」の設立にかかわっておられますね。その経緯をご紹介いただけますか。
池永 私ども弁護士として医療過誤への取り組みの体制ができたのは1980年前後で,実際にたくさんの患者が相談にみえました。日本の医療には対話がなく,患者が医療の「対象」として,客体化されているのではないかということで,「対話なき医療」という言葉も生まれました。そこで,患者を人間として認め,患者を「主体」とした医療をすべきということで,1984年に「患者の権利宣言案」を出したのです。
それまでは,医療の専門家が,患者のためによかれということを考えて医療を提供するという,いわゆるパターナリズムでした。そこで,患者に十分な情報を提供したうえで,患者の意思決定に基づく医療の提供という考え方を提唱したのです。当初は医療界に非常に大きな反発がありました。しかしながら,これは国際的な考え方でもありますので,1980年代終わりくらいまでには,日本でも徐々にそういう考え方になりました。これを法制化すべきということで,1991年10月に「患者の権利法をつくる会」が「患者の諸権利を定める法律要綱案」を提案しました。最初にいちばん焦点になったのが,インフォームド・コンセント原則の法制化をどう進めるかでした。
インフォームド・コンセントの主語は?
池永 1994年に,柳田邦男氏が座長を務める「インフォームド・コンセントの在り方に関する検討会」を厚生省が設置しました。検討会が到達した結論は,これからの医療はインフォームド・コンセントの原則に基づいてやらなければならない。それは,医師側に義務として強制するという重苦しいものではなく,むしろ医療にとって元気が出るものなのだというものです。ですから,元気の出る医療をつくるためにも,インフォームド・コンセントを原則とする基本的な答申を出したのです。ただ,それを法律に定めるのは時期尚早ということで,法制化にはつながりませんでした。しかし,インフォームド・コンセント原則の考え方が全体的に承認されることになりました。
李 私は,患者の権利法がまだできていないことが,日本の医療現場に大きな混乱をもたらしている原因の1つではないかと思っています。
2つ例を申し上げますが,1つは,延命治療中止に関する議論です。これは,(治療を拒否する権利も含めた)患者の自己決定権という原則に照らせば,簡単に答えが出るもので,患者の意思の確認という手順を踏んでいれば済むことです。もし患者の意思が確認できて,延命治療を中止せよという意思が明らかな場合,生命維持装置を医師が外したからといって,殺人とか業務上過失致死と言われる筋合いのものではない。患者の権利,患者の自己決定権が法律で保証されていれば,そんなことは問題にならなかったろうと思います。
それから第2点は,いまモンスター・ペイシェントという困った言葉がありますが,患者の権利が法律で保証されていれば,逆に患者側の横暴も起こりにくくなっただろうし,わがままも減っていたと思います。一方,医療側もはっきりと「そういう無理難題を言われても困ります」と申し上げることができたのではないかという気がしてならないのです。
また延命治療の話に戻りますが,日常医療で,患者の自己決定権が無視されている背景があるのではないか。だから,例えば,延命治療...
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