医学界新聞

2009.02.16

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


《神経心理学コレクション》
失行[DVD付]

河村 満,山鳥 重,田邉 敬貴 著
山鳥 重,彦坂 興秀,河村 満,田邉 敬貴 シリーズ編集

《評 者》丹治 順(玉川大脳科学研究所所長)

「運動」の実行に際して脳では何が起こっているか

 行動の決定と動作の選択は,人格表現の根幹をなすものである。動作には意味があり,行動には目的が前提となっているはずである。一見何気なく行っているように見える日常の動作であっても,その開始に至る前には多くのステップがあって当然であろう。また,動作開始を促す契機や,動作の誘導という段階では,感覚系で得た脳内の情報を巧みに利用することもまた必然といえる。

 したがって,運動の実行に至る前に脳がなすべきことは多岐にわたる。その多様な脳の作業について,脳のどこで何が起こっているかを知ろうとする試みに,システム脳科学がようやく本格的に取り組もうとしている。いまや動作のプログラミングはもとより,動作の抽象的概念,行動のルール,行動のカテゴリー,行動のゴールなどが,脳の基礎的研究のターゲットとなっている。

 そのような脳科学の情勢に呼応するかのように,河村教授の『失行』が世に出たことは,実にタイムリーといえる。たとえ麻痺などがなく,運動そのものを実行することに問題はなくても,意味のある動作,すでに熟練してレパートリーになっているはずの動作が行えなくなり,使い慣れた道具さえ使えなくなってしまう,そのようなことがどうして起こるのか。逆に,使うつもりもないのに,自分の意図とは無関係に,どうしても使ってしまうなどということが,なぜ起こるのか。そのような疑問を考察するときに,本書はこの上もなく貴重な材料とヒントを与えてくれる。

 本書は河村教授が長年の研究成果に基づく失行論を提唱し,それに対して山鳥,田邉両教授が意見を述べ,そして議論が展開されるという構成をとっている。一見,気楽に読める鼎談集のように見えるが,それは序章だけのことで,実は扱われている内容のレベルは高く,しかも失行について大切な論点が網羅されている。のみならず,前頭葉の障害によって,随意に行えるはずの動作が意のままにならない状況が,多様な実例として紹介されていることも貴重である。

 さらに,付録として提供されているDVDの映像が大変素晴らしく,本書の価値を一層高めている。観念性失行,観念運動性失行という用語を耳にしたことがあるだけで,実際にその症例を見たことがない読者は,映像を見ることで症状の実態がよく理解できるであろうし,着衣失行,発語失行も一目瞭然に納得できる。また,前頭葉病変の行為障害として提示されている強制模索,使用行為,模倣行為,道具の脅迫的使用など,典型的で,極めて貴重な映像が豊富に収められている。

 本書の特色の一つは,鼎談における3氏の発言の趣旨がそのまま収載されていることである。3氏三様の意見と主張が,食い違っている点を含めて隠さずに提示されていることは,大変な魅力となっている。そのようなやりとりの中に,「失行」の概念とその分類に現在なお未整理の課題が残っていることのみならず,「失行」をきたす脳内病変の考え方についての基本的問題点が浮き彫りになってくることが何とも興味深い。

 神経生理学者としての感想を多少述べるならば,やはり徴候の成因と機序が知りたい,脳のどの部位に何が起こることが,「失行」の多様な発現の理由なのかを知りたいという願望に尽きるであろう。そして,「失行」の分類も,将来的には機序との対応が見える形で行ってほしいと思う。徴候ないし症状自体を系統的にまとめ,的確に記述する必要性は理解できるので,症候のカタログは必要であろう。しかし分類の方は,脳の病変部位や失行をもたらす機序を主体とし,別個に扱う方策もあるのではないかとも思う。そのような分類のほうが,「失行」を臨床医学の一分野の世界に閉じてしまうことなく,基礎科学などの広い世界との対話による新たな展開を求めやすいのではなかろうか。

 そのような観点から,観念性失行や観念運動性失行とは一線を画すにしても,肢節運動失行を失行としてとらえる考え方は理にかなっていると賛意を表したいし,「失行」をきたす脳の部位について,頭頂葉中心の考え方から脱却し,前頭葉と頭頂葉の機能的連携,さらに大脳基底核と皮質のループも視野に入れた広域的なとらえ方に賛同したい。

 本書をDVDとともに読むと,初学者でも「失行」の理解を得ることはできるであろう。しかしながら,本書を読む前に神経心理学のテキストや失行の入門書などで基礎的知識を得ておくと,その価値が一層高まることは間違いない。実は書中の議論の中には,その背景をよく把握していて初めて理解できる,高度な内容も含まれているからである。議論の意味するところを理解しようとして“深読み”していくと,「失行」の奥深さ,そして行動の随意的な発現をもたらす脳の働きの深遠さがわかってきて,つい何度も読んでしまうところがいくつもあった。

A5・頁152 定価5,250円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00726-9


尿路結石症のすべて

日本尿路結石症学会 編
発売・医学書院

《評 者》村井 勝(国際親善総合病院院長/慶大名誉教授)

尿路結石症の診断から治療までを網羅

 このたび日本尿路結石症学会(理事長=郡健二郎・名古屋市立大学大学院教授)の編集による「尿路結石症のすべて」が出版された。

 皆様ご存じのように,尿路結石症の歴史はエジプト時代(7000年前)のミイラに観察された腎盂結石と膀胱結石に遡るといえ,ヒポクラテス時代には砕石術が試みられていた。さらには近代外科学の父といわれるアンブロワーズ・パレによる教科書(1564年版)にも尿路結石が尿道炎や尿閉とともに取り上げられている。また中世にはリソトミスト(砕石師?)と呼ばれる外科医が砕石術をさかんに行っていたようである。これらの歴史が示すまでもなく,尿路結石症は頻度も高く,再発率も高く泌尿器科診療の中で最も重要な,そして基本となる疾患の一つといえる。しかし尿路結石症に関して正しい知識,特に最新の知見を有する泌尿器科医が多いとは決して言えない。本症の診断から治療までを網羅したアップデートな著書の出版が望まれたゆえんである。

 わが国では1990年代の後半に日本尿路結石症学会により尿路結石症の再発予防ガイドライン作成が提唱された。一方治療に関しては,日本Endourology・ESWL学会が検討を開始しつつあった。編者が日本泌尿器科学会理事長を務めていた2000年に,前述の二学会に日本泌尿器科学会も加え三学会合同のガイドライン作成作業を進めることが理事会で了承された。その結果,2002年12月に尿路結石症診療ガイドラインが発行された。その後,このガイドラインは文献や治療成績の追加とともに加筆・修正が行われ,尿路結石症診療ガイドライン改訂版(2005年)としてWEB上で公開されている。また,2005年には日本尿路結石症学会が中心になり全国疫学調査(第6次)を行い,その集計結果が報告されている。このように尿路結石研究会から発展した日本尿路結石症学会は文字通り尿路結石症の臨床,研究にリーダーシップを発揮しすばらしい成果を挙げている。

 尿路結石症は1980年代に導入されたESWLやその後のエンドウロロジーの発展など,その治療の面で大いに進歩がある。また近年,病態についても従来の考えを変えるような分子メカニズムも解明されつつあり,メタボリックシンドロームの一疾患という考えまで生まれるに至っている。本書は近年さまざまな領域で確立されつつある臨床意思決定の支援ツールとされる診療ガイドラインの域を越えて,真に「尿路結石症のすべて」がわかる本としてまとめられた。郡健二郎理事長以下尿路結石症学会の気鋭の先生方70余名が,74項目にわたり診断から治療まで,さらに結石の成因,形成機序などを含む最新の基礎研究をも網羅している。

 B5判の本文210頁であるが,写真・図表も豊富に掲載され,かつ,各項目に新しい文献が引用されている。またページをめくっていくと「Coffee Break」というタイトルで大御所の先生方によるエッセイ風の文章も諸処に組み込まれ,楽しく読むことができるよう工夫されている。

 郡先生が序文でも述べておられるが,真に待ちに待った著書の完成である。本書が泌尿器科医のみならず,救急医・内科医など尿路結石症患者を扱う先生方の診療に役立つだけでなく,さらには多くの方々の基礎的研究の関心を高め,尿路結石症学の進歩に大きく貢献すると確信する。

B5・頁228 定価6,300円(税5%込) 
ISBN978-4-260-70061-0


《Ladies Medicine Today》
ここが聞きたい産婦人科手術・処置とトラブル対処法

倉智 博久 編

《評 者》武谷 雄二(東大教授・産婦人科学)

限定的であった手術の“こつ”を共有する

 医療行為の実践にあたり的確な診断とそれに対する適切な治療が要求されるが,多くの医学書は治療法に関しては術式の記載にとどまっている。また,手術書をひもといても,定型的・標準的な手術操作の解説に終始しているのが大部分である。

 しかし,実際の手術・処置に際して,全操作過程においてまったく教科書通りに進むことはむしろ例外的といっても過言でない。何か予期せぬ事態に遭遇した場合の臨機応変な判断力と処置能力の程度がとりもなおさず臨床医の技量レベルといえる。

 従来,このような場合の対応のノウハウは自らの苦い経験,先達からの口承などにより個々人で会得してきたものである。しかしながら,このようにして得られた手術の“こつ”は非常に限定的であり,しかも個人的経験として医療全体の進歩につながらない。一方,現在は医療に対する要求がきわめて高く,一度なりとも手術に関するトラブルは容赦されがたく,“苦い経験”より学ぶという学習法が過去のものとなりつつある。

 本書は日常の婦人科,産科診療における外科的処置に際しての術中・術後の予期せぬトラブルや合併症を網羅的かつ具体的に解説したものである。従来“痛い目”にあって学んできたことを,あらかじめ予想し,対処法を習得しておくという,大変今日的で合理的な学習法といえる。

 本書の執筆者である先生方は,独自の経験に基づいてその奥義を示されているはずである。本書の内容を十分に理解することにより,経験による技術の差も消失せしめるものであり,患者本位の医療人の修練法といえる。本書を眺めてみて,このような発想は誰もが気付きそうであるが,実際は類書がなく,大変斬新な企画となっている。改めて編者である倉智博久教授の具眼に敬服いたす次第である。

 1人でも多くの人が本書を味読されることにより,医療の質,安全性の向上につながることを祈念いたすものである。

B5・頁324 定価7,875円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00733-7


ADLとその周辺 第2版
評価・指導・介護の実際

伊藤 利之,鎌倉 矩子 編

《評 者》清水 一(広島大大学院教授・作業機能制御科学)

ADLの概念を理路整然と説明

 本書の初版は「国連障害者の十年」を継承した時代のリハビリテーションの道標としての役割を果たしてきた。新しい世紀になり,公的介護保険制度の導入やWHOの国際障害分類が改定され,国際生活機能分類(ICF)の発表など,リハ理念の広がりや変化で思想と技術としてのリハビリテーションに変化が起こっている。この変化を受けて,改訂第2版が世に出たと思う。

 新版は内容の量で旧版の約2割増である。総論と各論の構造は変わっていないが大きく加わった項目がある。総論では,ADLとQOLとの関係の解説,国際生活機能分類とADLの関係,健康関連QOLの評価の説明がこの改訂の必要に応えている。各論には,13名(6割強)の新たな執筆者が加わり,すべて書き直され,変性疾患である脊髄小脳変性症と筋萎縮性側索硬化症の2章が新たに加えられた。パーキンソン症候群は扱われていないが,リハビリテーションで対応する疾患の90%はカバーされて教科書の妥当性がさらに高くなっている。

 総論の内容で特によい点は,リハビリテーション創設期において,ADLの必要性やリハビリテーションの進展とともに発展してきたADL概念と,健康政策研究領域の中で発展してきたQOLの概念との源流の違いの解説と,近年ADLとQOLが接点を持つようになり,その共通言語としてのICFの機能との関係を論理的に解説して全体がとらえられるように工夫されている点である。ADLに関する多くの教科書の中で,最も理路整然と概念が説明されたものであると判断できる。これら貴重な概念であるが抽象的で扱いに当惑しがちであったものを全体としてとらえることができて心地よい。立体パズルがうまく組み上がって安堵したときの感じに通じるものがある。ADLの評価に関する総説では正確な文献の読み込みと落ち着いた説明がなされているので,評価の全体像や特性を正しく理解でき臨床応用や,研究で役立つ内容である。ただ,患者やクライアントの個別性が多い分野であるADLの側面のすべてを一度でカバーする方法論はないので,目的やケースごとに使い分ける部分とリハビリテーションの成果を横断的に知ることができるものについての区分の必要性についてもう少し触れてほしかった。ADLの支援システムと題した,ADL介入の部分では,概説的だが全体像が得られる。具体的な説明は,各論がその内容を引き受けてうまく対応できている。今後の課題では,制度が抱える理念追求の漠然さが時代の雰囲気を反映しているように感じた。

 各論のほとんどの章で内容の更新と充実と整理が進められ,臨床に通じた知識,技術,工夫,重点が要領よく説明されている。診断名にかかわらず,各章は,「障害の概要」,「指導と介護」,「住環境の整備」,「留意事項」,「課題」の5項目に統一された構造で説明されているので障害の全体像や特性が捉えやすい。この点でも教科書として優れている。要点を示す挿絵や写真の多用やリハビリテーション介入のコツをコラム欄で示し実用書としての使い勝手を高めている。各論の内容は,最も基本的な介入法や指導法をコンパクトに示すことに共通して成功している。整理の成功度は執筆者によって多少の違いがあるが,概して必要にして十分な説明が示されている。臨床経験の豊かな実践者にしか書けない内容と整理ができている。個人差があまりにも多い障害では個別的になりすぎないように記述が基本的なものに絞られているが,指導の要点は大変的確に示されている。

B5・頁336 定価6,300円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00568-5


トロント小児病院外傷マニュアル
The Hospital for Sick Children Manual of Pediatric Trauma

荒木 尚,清水 直樹,上村 克徳,小原 崇一郎 監訳

《評 者》横田 裕行(日医大大学院教授・救急医学)

本邦初,小児外傷診療の臨床マニュアル

 外傷患者における「防ぎえる外傷死」の回避・撲滅をするため,本邦においても病院前救護から救急室までの外傷患者に対する系統的な対応が構築されつつある。その系統的な診療体制構築の背景となったのが,病院前救護を担当する救急隊向けテキストや実習(Japan Prehospital Trauma Evaluation and Care:JPTEC),救急室で診療・看護を担当する医師(Japan Advanced Trauma Evaluation and Care:JATEC)や看護師を対象としたテキストや実習(Japan Nursing for Trauma Evaluation and Care:JNTEC)であり,全国的にさかんに開催されている。

 しかし,これらは主として成人外傷を対象としたもので,小児外傷を念頭に入れたものではない。小児特有の生理学や生体反応を考慮するとき,小児外傷では成人とは異なったアプローチが要求される。一方,小児外傷を専門に解説したテキストが本邦に存在しなかったことも事実である。そのような中で出版されたのが本書である。

 本書は国際的に名高い小児病院の経験と知識が,エビデンスに基づいて系統的に整理されている。さらに,エビデンスや,EBMでは示しにくい経験に基づいた臨床医としての“アート”の部分も強調されて記載されている。記述は簡潔な箇条書き形式で,図表やオリジナルの臨床画像が多用され,理解しやすい工夫がなされている。世界水準の小児外傷診療を本邦に紹介するだけではなく,何よりも本邦初の小児外傷診療の臨床マニュアルとして,小児外傷急性期を診療する救急医,小児科医にとって標準テキストとなるであろう。

 平成18年厚生労働省の人口動態統計年報年齢層別死因によると,0-29歳の死因の第一位は不慮の事故であり,その多くは外傷が占めている。本書が小児外傷の「防ぎえる外傷死」の回避や撲滅に多大な貢献をすることが期待される。救急室で小児外傷の初期診療を担当する救急医や小児科医だけではなく,初期・後期研修医にとって必須のマニュアルとして位置付けられるであろう。

B5変・頁376 定価6,930円(税5%込)MEDSI
http://www.medsi.co.jp/

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