非侵襲的陽圧換気療法NPPVの展望と課題(蝶名林直彦,中島孝,石川悠加,中山優季)
対談・座談会
2009.02.16
【座談会】
これからの人工呼吸―――
非侵襲的陽圧換気療法NPPVの展望と課題
蝶名林直彦氏(聖路加国際病院 呼吸器内科部長)
中島孝氏(国立病院機構新潟病院 副院長/神経内科) 石川悠加氏(国立病院機構八雲病院 小児科医長)=司会 中山優季氏(東京都神経科学総合研究所 研究職員/難病ケア看護研究部門) |
私がNPPV(noninvasive positive pressure ventilation:非侵襲的陽圧換気療法)の導入を開始した1991年はまだ,神経筋疾患の患者さんが気管切開人工呼吸(TPPV:tracheostomy positive pressure ventilation)で生命を維持できるようになったことがトピックだった時代です。一方,当院ではすでにTPPVの患者さんが20名程度に増加しており,QOL維持のためのマンパワー確保やリスクマネジメントの困難さから,診療体制への展望が描けずにいました。そのような時期に米国のJohn Robert Bach教授(註1)の論文でNPPVの存在を知り,国立療養所での使用経験の報告もあったことから,導入に踏み切りました。
欧米では超急性期のICUから在宅まで,人工呼吸療法の主流になりつつあるNPPVですが,わが国では評価をされながらも,爆発的に広がったとは言えない状況で推移しています。初めての導入がうまくいかずに,あきらめてしまった施設も少なくないのではないでしょうか。ひとつでも多くの施設に成功してほしいという願いを込め,このたび,JJNスペシャル『これからの人工呼吸 NPPVのすべて』(医学書院)を発行しました。
この機に合わせ,本日はNPPVのトップランナーにお集まりいただき,座談会形式でこれまでのご経験や課題をお話しいただきました。
(石川悠加・記)
前進するNPPV
より幅広い疾患に適応拡大
石川 NPPVは1990年ごろから,神経筋疾患による慢性呼吸不全に対して適応が開始されましたが,次第に急性期の呼吸管理に広がり,気管内挿管の回避や抜管の促進,再挿管の防止やICU滞在日数を縮減する効果にもつながっています。一時滞っていたわが国におけるNPPVの普及ですが,急性期における適応拡大が再び火をつけ,現在の潮流を生み出していると感じます。急性期のお立場から蝶名林先生は現状をどうご覧になっていますか。
蝶名林 過去30年間で呼吸器領域における最もインパクトのある発明・発見は,DPB(diffuse panbronchiolitis:びまん性汎細気管支炎)に対するマクロライド療法,肺がんに対する分子標的治療薬,そしてこの呼吸不全に対するNPPVではないでしょうか。
私とNPPVとの出合いは1995年前後です。アンビューバッグのように,人の手で行っていたマスクが器械でできると言われて,当初は半信半疑でした。スタッフ体制も,器械の操作技術も十分でない状態でスタートし,その後1-2年はトライ&エラーを重ねました。それから徐々にチームをつくり,さまざまな疾患の患者さんに適用するようになりました。現在では肺水腫,COPD,急性呼吸不全,肺炎と適応が広がってきています。
石川 気管切開や,気管内挿管数はNPPVによって減少していますか。
蝶名林 そうですね。当院における慢性呼吸疾患の急性増悪例に対するNPPV適用例では,基礎疾患として結核後遺症,間質性肺炎,COPDが3分の1ずつを占めています。かつては基準が合えばまず挿管していましたが,最近ではまずNPPVを導入し,うまくいかない場合は挿管しますが,経過が順調であればウィーニング(離脱)して酸素療法に移行するという流れを取っており,呼吸不全全体に対する治療法が変わってきていますね。
石川 最終的に挿管に移行せざるを得ないケースでは,移行のタイミングの見きわめに難渋される先生方も少なくないと思いますが,判断はどうされていますか。
蝶名林 NPPV導入から1-2時間経過して,血液ガス所見に改善が見られなければ,成功率が低いと指摘されています。現在エビデンスに乏しい疾患では特に,早めの判断が重要でしょう。
中島 私の専門は神経内科ですが,現在,内科の急性呼吸不全にも積極的にNPPVを導入しています。約50床の急性期病床に肺炎,心不全,脳梗塞などの患者さんが連日入院してきますが,心肺停止以外のすべての急性呼吸不全に対して,NPPVから開始する方針で,ほぼ全例が成功しています。人工呼吸器は院内では常時80台稼動し,うち約半分がNPPVです。2-3台は急性期対応の機種です。急性期の適応が可能になった背景には自在にFiO2を設定でき,100%まで設定可能な機種が出現したことがあります。
当院が以前,結核病院だったこともあり,COPDなどの慢性呼吸不全に対してもNPPVが試されています。また,筋ジストロフィーの方が約100名いて,ALSや多系統萎縮症の方も入院しています。私がこの病院に移った5年前にはすでに,相当数の筋ジストロフィー患者にNPPVが開始されていましたし,最近はALSにもNPPVを標準的に導入しています。
石川 私の施設では,小児期発症の神経筋疾患の患者さんへの導入が中心です。主に筋ジストロフィー,脊髄性筋萎縮症,ミオパチーなどの約100名の患者さんが気管切開を回避してNPPVを使用し,院内では85名,在宅で30名程度を管理しています。NPPVを終日装着している方も40名以上を数え,ほとんどの方が日中は電動車いすで移動しています。
抜管してNPPVへ移行した症例も十数例経験しました。最近では,他院から紹介の気管内挿管の方を抜管することはありますが,自院内での挿管はなくなっています。
中山 私はALSの患者さんへの学生ボランティア経験から神経筋疾患の患者さんへの看護をめざしました。そのころは,人工呼吸療法といえばTPPVの方しかいなかったわけですが,97年にBach教授が来日され,石川先生と行われた講演のなかで,NPPVでは気管切開が必要ないと知ったときの衝撃はとても強いものでした。しかし,当時は医療関係者にもNPPVに関する情報がもたらされる機会は少なく,私自身も臨床では1例だけの経験でした。
その患者さんは診断がつかないまま入院されていて,最終的に消去法で「ALSではないか?」ということになり,呼吸障害が出現した段階でNPPVが試験的に導入されました。結果的にはTPPV移行までのわずか1か月間でしたが,「ちょっと息があまる」「このくらいの圧ならちょうどいい」というようにはっきり言葉をもらいながら,患者さんに合う呼吸療法を考えられたことは,NPPVの大きな可能性を感じる機会になりました。
■“患者にやさしい治療”の代名詞,NPPV
蝶名林 NPPVは「非侵襲的陽圧換気療法」と訳されています。これまでの人工呼吸器は侵襲的だった,ということで医療者はひどく悪いことをしてきた気持ちになりますが(笑),この名称が「患者にやさしい治療」の代名詞になったと感じておりまして,よいネーミングだったなぁと思います。
これまで急性期では十分な鎮静下で挿管を行い,患者がほとんど眠っている状態で呼吸管理をしてきました。一方,NPPVでは常に意識があるわけですから,会話や,痛いというサインを伝達することが可能となり,反射機能も残されています。それが時に障害となる場合もありますが,NPPVによって人工呼吸器関連肺炎の発生率が減少するというエビデンスも出ていますから,やはり非侵襲ということが大きなメリットだと思います。
中山 一般病院から療養型の病院に転院するとき,あるいは自宅に戻られた後,学校や通所へ,となったときに,医療依存度が課題になると思います。気管切開で吸引が必要な場合には受け入れ可能施設が少ないなかで,NPPVであれば選択肢が広がる場合があります。これは,のちほど出てくるデメリットの部分との兼ね合いがあり一概には言えませんが,少なくとも「非侵襲でTPPVと同じ効果が得られること」と,ケアや快適な呼吸療法について患者さんが自らの言葉で表現できることが,やはり最大のメリットではないでしょうか。
参考資料 NPPVのエビデンス(日本呼吸器学会ウェブサイトに掲載のNPPVガイドラインより) |
「bilevel-PAPだけ」ではない
中島 私は最初NPPVがうまくいかずに失敗体験を抱え,石川先生の病院に見学に伺った際,筋ジストロフィーの子どもたちがNPPVを使い成長していく過程を見せていただきました。
そこには,bilevel-PAP(bilevel Positive Airway Pressure:二相性陽圧換気)のNPPVではなく,電動車いすに乗りながらマウスピースで従量式人工呼吸器を使い,食事を経口摂取できるNPPVがあり,ADLを拡大している患者さんの姿をみて感動しました。この石川先生のノウハウはまだ十分に周りに伝わっておらず,さらにマニュアル化し,多くの先生方に伝えていく必要があると思っています。
石川 ありがとうございます。どのような人工呼吸器,インターフェースを選択し,どのような換気モードで導入するのか――ということは,患者さんの状態や希望に応じて慎重に考慮する必要があると思います。特に小児では泣き出さないように鋭い観察をしながら最適条件を見つけていきます。また従量式のN...
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