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JJNスペシャル No.83
NPPV(非侵襲的陽圧換気療法)のすべて
これからの人工呼吸

編:石川 悠加  国立病院機構八雲病院小児科医長

書 評

患者のQOL向上に寄与するNPPVの手引書
書評者:矢崎 義雄(独立行政法人国立病院機構理事長)

 呼吸ケアは,幅広い看護の実践の場において,最も重要なスキルといえます。それは,病態が急速に進行する急性期の疾患ばかりでなく,徐々に長期間にわたって進展する慢性期の疾患においても,患者を看護する上で大切なポイントになるからです。さらに,高齢社会を迎えて,高齢者の呼吸障害に対するケアが在宅医療の推進に今後ますます重要な位置付けになると予測されています。

 一方,個々の患者の病態を正確に把握して最適な呼吸ケアを実施するには,基礎となる呼吸の生理学から人工呼吸器による呼吸管理まで,体系的でかつ深い理解と実践的な知識を修得することが求められます。特に,人工呼吸器の取り扱いとその患者のケアは,患者の予後,さらには生命に直接かかわる課題であり,看護における最も高度な知識と経験が求められるといえます。しかし,看護職の方々は呼吸理学療法には関心があるものの,人工呼吸器による呼吸管理には苦手意識を持っておられる方が多いのではと思います。それは,従来の人工呼吸器が装着にあたって気管内挿管や気管切開などを必要とする極めて侵襲度の高い治療法であること,チューブや吸引を介しての気道感染症,気道潰瘍や出血といった重篤な合併症の危険性が高いこと,体位変換の高度な制限,嚥下や会話の障害など患者のQOLを著しく損っていることが,患者はもちろんのこと看護職の方々にも大きな負担になっているからです。

 このような状況を大きく変革すると期待されているのが非侵襲的陽圧換気療法(NPPV:non-invasive positive pressure ventilation)の導入です。これは,NPPVが気道確保にチューブを直接気管に挿入することなく,マスクなどを活用することにより行い,侵襲性を低め,かつ患者のQOLの向上を果たした画期的な療法になるからです。20年前にNPPV用の鼻マスクが開発され,日常診療の場で使用されるようになりました。

 そして,今にわかにNPPVが注目されるようになったのは,肥満や高血圧などの生活習慣病と密接な関連を有する睡眠時無呼吸症候群に対する治療法として保険適用が承認されたことによります。すなわち,使用領域が著しく拡大したことで,鼻マスクもシリコンラバー製で普遍的に密着して空気漏れを防ぐ改良が一段と進められて,患者負担の少ないNPPVが一般臨床の場で広く認知され,その使用が急速に広がりつつあるからです。

 このような状況の中で,呼吸障害をきたす難病の筋ジストロフィー症の方々の療養に長年にわたって携わってこられた八雲病院小児科医長の石川悠加先生が中心となって,NPPVについての基礎知識から実地での管理,そして個々の疾患におけるケアまで,体系的でかつ実践的な視点から分かりやすく解説した本書が出版されました。NPPVのニーズの高まる中で,患者の目線に立った医療を目指す私ども医療人にとって,極めて時宜を得た企画であると思います。表紙や挿絵の一部が,電動車いすや終日NPPVを使用されている方々によるものであることも,編集の方々の思いがよく表われています。

 本書が手引き書として,あるいは教材として広く活用されることにより,NPPVのさらなる普及と人工呼吸ケアの質向上に大いに貢献するものと期待しています。

NPPV看護を習得するための教科書
書評者:川村 佐和子(聖隷クリストファー大教授・看護学)

 この本の編者である石川悠加氏は長年,筋ジストロフィーを中心とする神経筋疾患とともに生活する人々の医療を担ってきた小児神経科医である。先生の明るさと気さくさが,本書を具体的で見やすく,読みやすく,わかりやすくしている。執筆者の中には看護師などいくつかの職種職員がおり,チーム医療の実態を示している。

 これまで,看護職はICUなどのクリティカルケアで用いる生命維持療法として人工呼吸療法になじんできたが,近年は訪問看護領域でもALSや筋ジストロフィーによる慢性換気不全に対する治療法として気管切開人工呼吸療法(tracheostomy positive pressure ventilation:TPPV)がなじみ深くなってきている。しかし在宅でTPPVを行うことは気管切開創の管理や気管カニューレの着脱,頻回な気管切開創からのたんの吸引,呼吸器感染の危険性,行動の制限,会話困難など,多くの医療行為を含みさらに生活支障を伴っているため,ケアに苦労が多い。

 これらの問題を持つIPPV(invasive positive pressure ventilation)にとって代わって,最近,気管内挿管や気管切開をしなくてよい,非侵襲的陽圧換気療法(noninvasive positive pressure ventilation:NPPV)が進んできている。わが国の2004年の統計では1万7500人の在宅人工呼吸療法者の約9割がこのNPPVで呼吸を確保しているほどである。

 本書はNPPV看護を習得するための教科書である。NPPVは気管内挿管や気管切開という侵襲行為を必要とせず,鼻マスクや鼻プラグ,顔マスクやマウスピースを用いる。鼻マスクなどは身体外部から被せるものや管を数センチ鼻腔や口腔中に挿入するものであるから,中断することも,利用者自身で装着することも可能である。不利な点としては,正確に装着しないとエアリークを生じて適切な効果を得られないこと,また鼻づまりや不快感が生じることである。しかし,これらの支障は常時の適切な看護によって克服することが可能である。

 NPPVの説明,看護法に加えて,筋ジストロフィーだけでなく,急性および慢性呼吸不全として,子どもの場合やCOPDの急性増悪,心原性肺水腫,胸隔損傷,喘息,重症肺炎,ALSなどたくさんの疾患に対する適応と限界も記載されており,理解を広げ深めることができる。

 NPPVの利点は何といっても 呼吸の維持確保をしながら,行動制限が少ないことである。呼吸確保によって得られた力をQOL向上に十分活かす看護が大切である。本書の中でも,IPPVからNPPVに切り替えられてよかった,再度学校に通えたなど,充実した生活ができているという体験がたくさん挿入されている。本書の表紙や挿画の一部もNPPV利用者が描いたものである。

 著者たちは「看護師さん,NPPV看護を習得して,呼吸療法を必要とする人たちのQOLを向上させてよ」と呼びかけている。

これほど明快にNPPVを解説した書に出会ったことはない
書評者:千住 秀明(長崎大大学院教授・理学療法学)

 本書のタイトルは,「NPPVのすべて これからの人工呼吸」である。そして,これからの医療従事者を対象とした医学書のあるべき方向を示した書でもある。私も数多くのNPPVテキストと接してきたが,これほど明快にNPPVを解説した書に出会ったことはない。すべての章が,看護師,理学療法士,臨床工学士の目線で丁寧に解説されている。

 本テキストは,I章からV章で構成され,I章ではNPPVが今なぜ必要なのか,その基礎知識を解説し,初めて人工呼吸に取り組む若い医療関係者でも容易に理解できるよう,難解な人工呼吸の構造やモードなどを丁寧に解説している。

 II章ではNPPV導入のプロセスを,適応,適切な機器の選択,モニタリング,トラブルおよび副作用・合併症対策,疾患別の特徴など,またNPPVの限界を示し気管内挿管への移行の見極めまで,基本的事項がすべて記載されている。

 III章では,看護師や理学療法士が卒前教育で不足しているNPPVの取り扱いと基本操作,アラーム対応およびリスクマネージメントを,図,表,写真などを用いて,文章を読まなくても理解できるような工夫がなされている。

 IV章ではNPPVの看護で,アセスメントのポイント,排痰介助,体位/移乗,日常生活援助,小児NPPVの看護,自由な活動の援助および退院支援など,継続援助を「なぜ看護にNPPVを理解する必要があるのか」との視点で解説している。

 V章では疾患別NPPVの管理とケアである。各疾患別では,NPPV療法の第一線で活躍している著名な著者が,急性呼吸不全ではCOPDの急性増悪,心原性肺水腫,喘息,ALI/ARDS,重症肺炎など,慢性呼吸不全では睡眠時無呼吸症候群,慢性期COPDまで,呼吸器分野では必ず経験するであろう疾患を幅広く網羅し解説している。

 コラムは全章を通して,NPPVと関連分野のトピックスを取り上げ,NPPVが果たす役割の重要性とその広さを示し,NPPV療法の深さと面白さを深めてくれる。

 イラストも面白い。筋ジストロフィー患者さん自身が描いている。この難解なNPPVの理解を助けているだけでなく,このイラストを見ただけで,NPPVがいかに患者(児)さんに不可欠な医療戦略の一つとして定着し,またQOLの改善に有用であるかなどを示している。

 一方では,経験あるスタッフでも人工呼吸管理で日常しばしば立ち止まるような難解な課題や問題も十分配慮して記載されている。何よりも興味深いのは,著者および編集代表の石川悠加先生や三浦利彦理学療法士をはじめ,病院スタッフの呼吸不全患者(児)さんへの優しさや思いやり,また呼吸管理への哲学が一つひとつの文章や行間に感じられることである,本書は,読者が医療人としてどうあるべきかまで指し示した書でもある。