医学界新聞

2008.12.01

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


「人は死ぬ」それでも医師にできること
へき地医療,EBM,医学教育を通して考える

名郷 直樹 著

《評 者》飯島 克巳(いいじまクリニック院長)

「明日のために自らを振り返る」ことの意義

不思議な書名,その訳は?
 何だ。どういう意味だ。書名を見て,そう思った。本を読んでいくうちに,その疑問が解けた。著者が責任者を務める地域医療研修センターでは,地域医療の特徴の第一として,「万物は流転する」を挙げている。つまり,人は死すべき存在であるという事実をまず踏まえるのである。したがって,この事実を踏まえて医療を行うということは,患者を見捨てない態度を取り続けることになる。患者に対して,「医学的にこれ以上できることはありません」とは決して言わない。その代わりに,「何か言うべきこと,やるべきことがある」と考えるのである。

 地域医療の第二の特徴として,「あらゆる問題に対応する」ことが挙げられている。つまり,患者のあらゆる必要に応えるということである。決して,専門外であるという理由をもって患者を拒絶することはしない。そのために,「多様な視点を」を持ち,「患者のナラティブ――物語り」を聴き,「専門科や専門職の種類」を超えて対応するのである。このように地域医療とは,人々に寄り添う医療であるということがわかる。

へき地医療こそ著者の故郷
 著者は,臨床の基本的態度とされてきている「EBM――根拠に基づく医療」の教育において,日本での第一人者である。『EBM実践ワークブック(南江堂)』などの優れた著書もある。実は,彼のEBMとの出会いは,へき地医療に遡る。

 まず,住民検診での総コレステロール基準値(220mg/dl)について疑問を持ち,その根拠を調べた。しかし,ついに見つけることはできなかった。彼の素晴らしいところは,与えられた基準値を鵜呑みにしなかったことである。恐らく,次のような問いを持ち続けながら,診療所にやってくる一人ひとりの患者を診察していたからに違いない。「この検査,治療は,本当にこの患者の利益になっているのだろうか? その根拠はどこにあるのか?」。このような問いを持ち続けたことが,後に自治医科大学での研修中にEBMと出会うことを可能にしたのだった。

 また,著者はへき地医療のなかで,住民の立場から見た医療(老い,死,診断,治療)について学んだ。肺の検診でひっかかった75歳くらいの老人は,精密検査を勧められたが「おれはいいよ」と微笑んで,これを受けなかった。また,著者の住宅近くに住んでいた一人暮らしの老婦人は,部屋をきちんと整理整頓し農薬を飲み,その中央に敷かれた布団のなかで息をひきとっていた。さらにまた,パーキンソン病で終末期にある寝たきり患者を訪ねてきた初老の男性が,彼に「まんだ生きとるか。しぶといやつだな」と声をかけた。最初は驚いたが,地域の友人同士のこのような看取りもあることを知った。

 著者は,へき地で「最初に人々の生活ありき」ということを学び,健康至上主義,延命至上主義の医療を反省したのである。

 へき地医療は,著者の故郷である。彼は述べている。「へき地医療の中で出会った多くの患者から学んだ」「最高のへき地専門の医師を,日本全国のへき地に派遣したい」「(へき地医療のための教育システムが機能するようになったら)自分自身ももう一度へき地医療の現場で働きたい」

臨床医一般にとっても,
 よい振り返りの本

 臨床医,特に病院勤務医は忙しい。忙しいとは,心を亡くすと書く。忙し過ぎると診療がマンネリ化する。時に医療ミスが発生する。過労死することさえある。時々,次のような「振り返り」が必要である。「医師になったもともとの理由は何だったのか?」「患者の利益になる医療を行っているのだろうか?」「行っている診断や治療には正当な根拠があるのだろうか?」「若い医師を教育するとはどういうことだろうか?」著者は,自らの体験をもとにこれらの問いに対して,根源から答えようとしている。本書を読み著者と対話をしながら,「明日のために自らを振り返る」ことは大いに意義あることだろう。

A5・頁260 定価2,310円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00577-7


プライマリ
地域へむかう医師のために

松村 真司 著

《評 者》森 敬良(兵庫民医連家庭医療学センター代表)

「総合診療」「家庭医療」「プライマリ・ケア」をめざすすべての医師へ

 「ここに答えがあった!」――これがこの本を手に取ってみての率直な感想であった。

 家庭医療学会若手家庭医部会の仕事をしていると研修医からさまざまな相談を受ける。「いい家庭医・総合医になるには?」「どこまでを診療範囲とするのか?」「専門医などの資格は取らなくていいのか?」「家庭医は都会には向かないのでは?」などなど,回答に窮することも多い。しかし,この本をひもとくことで,これらに対する答えが明確になっていった。

 著者の松村医師は,東京都世田谷区にある松村医院の若き院長である。本書は見学に来た研修医との対話が狂言回しとなっている。松村医院,松村家の日常風景も交えながら,その対話に前述の疑問に対する回答や,著者の実体験などが語られていく。

 著者が一人でプライマリを実践するなかで,どのように人・地域をみているか,いかにEBMや振り返りを行って生涯学習を進めているか,「自分を保ち続けるために」必要なことは何か,などテーマが進んでいく。それらの言葉は,著者の血であり肉であり,いずれも実践に基づき説得力がある。本書に出会ったことで自分の課題も見つかり,非常に勇気...

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