増加する加齢黄斑変性(吉村長久,飯田知弘)
対談・座談会
2008.11.24
【対談】
増加する加齢黄斑変性
吉村 長久氏(京都大学大学院教授・眼科学)
飯田 知弘氏(福島県立医科大学教授・眼科学) |
近年わが国で患者が急激に増加している加齢黄斑変性。現在では,成人の中途失明原因の第4位となっている。一方で,病態理解や診断,治療のすべての面において,過去15年間にエポックメーキングな変化が起こったといわれる疾患でもある。
本紙では,このたび『加齢黄斑変性』を上梓した吉村長久氏(京大大学院教授)と,黄斑疾患の診断・治療にかかわってこられた飯田知弘氏(福島医大教授)の対談を企画した。
10-15年という短い間に診断・治療が根幹から変わった
吉村 糖尿病網膜症は,眼科非専門医もよくご存じですが,加齢黄斑変性(Age-related macular degeneration;以下,AMD)は医療界においてもあまり知られていない眼疾患です。
私が眼科に入った1979年当時,外来でAMDの患者さんを診ることはありませんでした。眼科医になりたてのころ,スライドでAMDの眼底写真を見せられたのですが,何の疾患かわからなかったことを今でも鮮明に覚えています。当時は,それほど珍しい疾患でした。
アメリカでは,糖尿病網膜症と緑内障による中途失明者の合計より,AMDで失明する人のほうが多いと言われるぐらい,患者が多いです。イギリスでは,かなり以前から成人の失明原因の1位でした。日本でも,現在では中途失明原因の4位となっています。
飯田 AMDの診断と治療はこの15年ほどで急激に進歩してきました。
まず診断において大きな影響を与えたのは,90年代前半にインドシアニングリーン蛍光造影(Indocyanine green angiography;以下,IA)が臨床応用されたことです。このIAにより,AMDの正確な診断が可能となり,その特殊型でありアジア人に多いポリープ状脈絡膜血管症(Polypoidal choroidal vasculopathy;以下,PCV)の鑑別ができるようになりました。逆に,IAによってPCVの疾患概念が確立してきたとも言えます。
PCVが日本人に多かったこと,日本人がIAの開発にかかわっていたことから,この検査法が日本で普及しました。その結果,欧米と日本のAMDのタイプはかなり異なるということが言えるようになってきたのです。
吉村 飯田先生は,画像診断に初期からかかわっておられて,「何も写らない」「よくわからない」という時代からご存じでしょう? 今からみると,隔世の感があるでしょうね。
飯田 同じ90年代デジタル化が進み,カメラやコンピュータも進歩したので,解像度が格段によくなりました。
IAが出てきた当時には,IAに興味のある医師はAMDの臨床像を研究していたのですが,当時は治療法がなかったため,眼科全体のなかではあまり注目されませんでした。網膜を研究している医師のなかでも,AMDを研究していたのは一部でした。
その後,さまざまな治療法が出てきたことで,多くの眼科医にその重要性が理解されるようになってきたという経緯があります。
吉村 その他に,光干渉断層計(Optical coherence tomography;以下,OCT)の導入は,眼底疾患の診療そのものを変えました。これによって,黄斑部の網膜厚や,網膜色素上皮剥離の大きさ,高さを測定することができるようになりました。
AMDのように,10-15年という短いスパンで診断や治療が根幹から変わった疾患は,臨床医学のすべての領域においても非常に珍しいのではないでしょうか。
リスクファクターは喫煙,生活の欧米化
飯田 近年日本でAMDの患者さんが急激に増加してきた要因には,診断法の進歩に加え,高齢化があります。しかし,それだけでは説明がつかないので,生活の欧米化が環境因子としてあると考えられています。
吉村 年齢以外の確実なリスクファクターは喫煙です。これは世界中で言われています。それと,日本人の場合は男性が圧倒的に多いです。
飯田 欧米人では女性が多いと言われていますが,この違いは何に起因しているのでしょうか。
吉村 それについてはよくわかっていないのですが,日本人の70代男性は喫煙率が非常に高いです。女性の喫煙率は低いので,そのことが関係しているのかもしれません。今は女性の喫煙者も多いので,今後変わっていくかもしれないですね。
飯田 われわれ自身も,外来で患者さんが増えているという実感がありますが,福岡県の久山町における疫学調査でも確実に増えているという結果が出ています。ひょっとすると10年後には,有病率が欧米に近い状況になっているかもしれません。
私が1997年にアメリカに研修に行ったとき,特にAMDの患者さんが多い病院ではあったのですが,こんなにAMDの患者さんがいるのか,と驚きました。また,眼底を見せてもらったときに,同じ滲出型AMDでも,日本でそれまで見ていた眼底像と全然違うという印象も持ちました。
吉村 AMDは,通常は滲出型AMDと萎縮型AMDに分けて考えますが(図1-2),アメリカは萎縮型AMDの患者さんが多いです。日本では,滲出型AMDと比較して,萎縮型AMDの疾患頻度は少ないと言われています。
飯田 久山町研究においても,有病率が50歳以上の0.9%,そのうち0.7%が滲出型AMD,0.2%が萎縮型AMDという結果が出ています。実際に外来で診る患者さんのほとんどが滲出型AMDですね。
吉村 しかし,萎縮型AMDの治療法が見つかれば,萎縮型AMDの患者さんが掘り起こされるということは,十分あると思います。今は治療法がないので,患者さんが受診していないだけかもしれません。
滲出型AMDにしても,現在100%確実な治療法はないのですが,治療の手立ては少しずつ出てきているので,診断した医師がきちんと治療できる医療機関へ紹介することが非常に重要だと思います。決して放っておいてはいけない疾患です。
飯田 この疾患は,片眼から起こることが多いので,車のヘッドライトが片方切れてもわからないのと同じで,症状に気づきにくいのです。
吉村 患者さんが「発症は何月何日です」と言うので,「その日に気がついたんでしょう」と尋ねると「そうです」って言いますね(笑)。実際,受診時にはすでに早期を過ぎた患者さんが多いのです。
私は患者さんを診るときに,週に1回でいいから,片目を隠してものを見るように言っています。今は早期治療が可能なので,とにかく早期発見が重要です。これは,緑内障などすべての眼疾患に当てはまりますね。
■日本人のための治療戦略が必要
飯田 治療法の進歩についてもう少しお...
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