医学界新聞

対談・座談会

2008.08.04



特集:女性医師に対するキャリア支援を考える

座談会
医師として働き続けるために
求められる教育・支援とは

荒木 葉子氏
(荒木労働衛生コンサルタント事務所所長)=司会
片井みゆき氏
(東京女子医科大学准教授・東医療センター性差医療部/信州大学医学部女性医師・医学生キャリア支援コーディネーター)
堀見 洋継氏
(東京大学医療政策人材養成講座特任研究員/日本医療政策機構M.D.Policy Forumリーダー)


 本年の医師国家試験において,女性の合格者は過去最高の34.5%を占めた。医師不足が大きく取り上げられるなか,女性医師が安心して働き続けるための環境整備は緊急の課題であり,全国の各大学や各病院でさまざまな制度づくりが進められている。また厚生労働省による「安心と希望の医療確保ビジョン」においても,女性医師の離職防止・復職支援が重視され,院内保育所の整備・充実,復職研修,さまざまな勤務形態の導入などに対する支援が期待される。

 この機に,本紙では特集「女性医師に対するキャリア支援を考える」を企画した。座談会ではワーク・ライフ・バランスが国全体の課題となるなか,医師が働き続けたいという思いを持ち続けるために必要な教育・支援とは,という根源的な問題についてご議論いただいた。4面ではキャリアを継続している女性医師,診療現場の管理者として多くの女性医師とチーム医療を実践する医師にご寄稿をいただいた。


女性医師に対するキャリア支援とのかかわり

荒木 私は1982年に内科学教室に入局しました。当時の入局面接では結婚をする予定か,出産はどうかということが取り上げられていました。1学年に女性は5%で,医局や就職先の選び方などさまざまなことで,学生時代には想像していなかった男女の壁が,自分の周りに張りめぐらされていることを感じました。92年に当時6歳だった娘と二人でUSCF留学のため渡米しました。ボス,働いているポスドクのほとんどが女性でしたが,皆いきいきと仕事をしていて,日本とのギャップに驚かされました。

 帰国後,男性中心の労働環境のなか,さまざまな事情でキャリアが途絶してはがゆい思いを抱えながら働いている女性はたくさんいるだろうと思い,自分のキャリア,ライフワークとして産業医の立場から女性労働者を支援するという軸が決まってきました。私自身も子育てをしながら大変な思いを経験したので,後輩にはつまらないバリアで諦めないように支援できたらという思いを持っています。

堀見 私は心臓外科チームの責任者として臨床に携わるなかで,医療制度に疑問を感じるようになりました。自分が理想とする医療を実現するために,2001年頃から臨床の傍ら,政策づくりや社会のシステムを変えるための取り組みを少しずつ始めました。04年に東京大学医療政策人材養成講座が始まり1期生に応募し,06年からは臨床を中断して,同講座のスタッフという立場から医療制度の問題にかかわっています。

 この講座は政策提言に取り組むシンクタンク,日本医療政策機構(代表理事=黒川清氏)とつながりが深いのですが,私はこの機構の運営にも携わっており,現場の臨床医が納得できる医療制度づくりを実現したいと考えています。

片井 私は2006年に信州大学女性医師・医学生キャリア支援コーディネーターに就任しました。私自身も渡米前は臨床と育児の両立に悩み,米国で女性医師のキャリア形成についても同時に学びたいと思って,最初の1年はハーバード大学マサチューセッツ総合病院の女性教授のもとで働きました。残りの2年を過ごしたジョスリン糖尿病センターでのボスは男性医師でしたが,彼の妻も臨床医で彼も育児を担当していました。キャリアと家庭を両立させている米国の女性・男性医師たちからよい刺激と多くの励ましを受けました。01年に帰国し,信州大学医学部附属病院内分泌代謝内科に戻り,05年からは「性差医学」講義のオーガナイゼーションをしてきました。

 そのなかで講義のテーマについてアンケートを取った際,「女性医師としての視点や女性医師のキャリアについても話を聞きたい」「臨床系講義を担当する女性医師が少ない」という声が学生から上がりました。信州大医学部で女子学生の占める割合は3割前後ですが,彼女たちは女性臨床医との接点が少なかったのですね。「20年近く前に学生だった私が思っていたことと,いまだに同じ状況なんだ」と気づき愕然としました。

荒木 女子医学生たちはロールモデルが身近にいなくて,話を聞く機会もなかったということですね。

片井 そうなのです。そこで自主ゼミ形式で私の経験や米国での見聞を話すことから始めました。ある日突然,内科の医局に女子学生がたくさんやってきて廊下にまであふれたので,男性の先生たちは,「何が起きたんだ?」と……(笑)。

堀見 そのときには,男子学生はいなかったのですか。

片井 はい。でもこのゼミはいまでは講義へと発展し,男子学生も受講しています。これは信州大が2006年度文部科学省GPに選定され,地域医療人育成センター(センター長=福嶋義光教授)で女性医師・医学生キャリア支援プロジェクトを発足させた一環です。こうしたなか,女性医師のキャリアに関するきちんとした「教科書」が必要と考え,“Women in Medicine:Career and Life Management, 3rd Edition”(Springer-Verlag)の翻訳を05年から始めました。これは米国の女性医師のキャリアや人生設計について,長年の調査・研究からエビデンスに基づき書かれたものです。皆の問題として,男性・女性医師,男子・女子学生が快く作業に協力してくれました(翻訳書籍は『女性医師としての生き方』片井みゆき・櫻井晃洋/編集,じほう2006年)。いつかこの日本オリジナル版を発行することが私の夢でもあります。

キャリア形成に対する早期からの教育・支援の必要性

荒木 最近の医学生・研修医たちは,女性医師が働き続けること,そしてその過程であるキャリア形成に対してどのような考え方を持っているのでしょうか。

堀見 先述の日本医療政策機構では5年前から,医学生を対象に,医療政策の実際を知ってもらうための「医療政策クラークシップ」を実施しています。本年は,女性医師が働き続けられる環境整備が医師不足解決の1つの手立てになるのではないかということから,「女性医師の勤労環境の改善」をテーマに,全国の医学部の4-6年生のなかから論文審査で選抜された20名の医学生が2週間,医療政策に関する議論をしました。

 あくまでも全国から選ばれた意識の高い医学生たちから受けた印象ですが,男子学生は想像以上に,女性医師の問題を真剣に考えなければいけないと理解していました。家庭を持ち育児をする時期をどう乗り切っていかなければいけないかを女性とともに考えるべきだとする思いも伝わってきました。これはそう遠くない彼らの結婚観にもつながるものだと思います。

荒木 現代の若い男性が優しい世代になってきたことは,一般の勤労者からも感じさせられます。しかし意外に女子医学生は,男女の役割意識という点で保守的な部分を持っていませんか。良妻賢母的な意識も強いですし,子育ても完璧に,という生真面目さがあって,選択肢のバリエーションが少ないように感じます。

片井 学内外の医学生に接していて,「女性医師が働き続けることは大事」と頭では分かっても,育児への固定観念や自分が受けた以外の育児様式への先入観に縛られている学生を,男女ともに見受けます。例えば「3歳までは母親が育てるべき」「保育園に子どもを預けるのは可哀そう」といった具合です。そのため,「子どもができたら仕事は休むべき」とか「仕事をするから子どもは産まない」と言い切る学生もいます。そこで,「そう思っていても子どもができたらどうするの?」と聞くと,答えが出てきません。人生にはいくつもの選択肢があるはずなのに,考えていることが両極端なんですよね。

 将来は予定どおり,思いどおりにいくとばかりは限らず,自分にも周囲に対しても,選択の幅を持っていないと働き続けられませんし,支援もできませんよね。男女ともに,多様で柔軟な視点を学生のときから培って,「どの道もありなんだ,両立も可能なんだ」ということを教えていく必要性を感じています。

荒木 日本女医会では女子医学生・若手研修医を対象に,キャリアセミナーを昨年初めて開催しました。このサブタイトルを「ペーパードクターにならないで」としたのですが,1回辞めてしまうと復職は非常に難しいですよね。

片井 全国医学部長病院長会議による現在休業中の女性医師に対する調査では,「今後どれぐらいの期間,非常勤(休職)を続ける予定ですか」という質問に対し,「5年以上(当面の間)」を選んだ人は40歳未満では4割ですが,40歳を過ぎると7割に達します。

 これが最長の選択肢ですから,実際にはフルタイムに戻らない場合も含まれています。35歳未満では「育児中なのでフルタイム勤務は無理」というのが一番の理由です。ところがシンデレラタイムとも言える35歳を過ぎると「医療を行う自信がない」にシフトしています。ハッと気づいたら,カボチャの馬車が……なのです。休業中の女性医師たちに「あなた,そろそろ戻らなくちゃ!」と知らせてあげる人がいないのが現状ですよね。

荒木 まずは手遅れにならないよう,継続することの大事さを,なるべく早期に伝える必要がありますね。では医学部において,どのタイミングで,どういった教育をすればキャリアプラン形成の支援がうまくいくと思われますか。

 実は私も慶大で女性医師の支援プロジェクトを始めたのですが,この検討会議で...

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