医学界新聞

2008.02.18



MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


精神障害のある救急患者対応マニュアル
必須薬10と治療パターン40

宮岡 等 監修
上條 吉人 執筆

《評 者》黒川 顯(日医大武蔵小杉病院院長/救命救急センター長)

救急医・精神科医のすき間を埋める一冊

 昨今,精神疾患を有する人が,外傷や疾病になった時の救急医療が大きな問題になっている。この状況に自殺未遂というキーワードが加わると,初期診療をする救急病院を探すことも,身体的問題が解決したあとのフォローアップ医療の担い手を探すことも困難となる。身体科の医師は,精神疾患を診られないから引き取れないといい,精神科の医師は,少しでも身体科の問題が残っている患者は診られないと受け入れを拒否する。結局,何でも引き受けてくれる救命救急センターに運ばれ,身体的問題が解決したり,すべて解決してはいなくても急性期を脱したりした場合に,行く先がないために,いつまでも引き受けざるを得なくなってしまうのである。

 さて本書の随所にみられる薬物動態や病態の解説をみると,著者がそもそもは精神科医だったにもかかわらず,多くの救急疾患の診療にも対応する力を持っていることがよくわかる。それは,東京工業大学理学部化学科を卒業してから医学部に進学したという彼の経歴からすれば当然のこととうなずかされるとともに,持ち前の探求心と,一つひとつの症例を大切にするという日常診療への姿勢によるものであると感心させられる。

 近年,精神科医が常駐する救命救急センターが増えているが,精神科医が常駐していない施設もある。そんな施設において,本書は大いに役立つことは必至である。一方,身体科の医師がいない精神科の病院にとっては,精神科医が身体疾患を診たり,病態を考えるきっかけを与えてくれる有用な書といえる。

B6変・頁312 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00496-1


RCA根本原因分析法実践マニュアル
再発防止と医療安全教育への活用

石川 雅彦 著

《評 者》大滝 純司(東医大病院教授・総合診療科)

事故原因の分析だけではなく医療安全教育への活用も

 多くの医療従事者と同様に,私もインシデント・アクシデント事例の報告書を書いた経験が何回かある。それぞれの事例でどのようなことが起き,どのように対処したかを記入して提出するのだが,ちょっと書きにくいと感じるときがある。その事例が生じた原因について記入する欄で,私はいつも少し考えてしまう。疲れていたのか? 急いでいたのか? それとも……まあ,その時々でそれなりに考えて記入してきた。本当にそこで記入したことが原因だったのかなぁ,と少し引っかかりながら。

 インシデント・アクシデント事例をもとに,医療のプロセスやシステムに注目し,その問題点を具体的に見つけ出し,対策を立てる。そのような分析を可能にする方法として,米国ではRCA(Root Cause Analysis:根本原因分析法)というのが用いられているのだそうだ。本書は,そのRCAについて詳細に解説したものである。全体で4つの章からなり,最初の「基礎編」ではRCAの概要を,次の第2章「実践編その1」では臨床で実際にRCAを行うやり方について書かれている。

 RCAの内容は,あっと驚くようなものではない。米国の教育にしばしば見られるように,言われてみれば当たり前に思える,比較的単純で誰にでもできるような作業の工程が「14のプロセス」として示されている。RCAは組織としてみれば一種の委員会活動であり,「14のプロセス」の中には,委員会の招集のやり方や,その委員会で行う作業手順である「4つのステップ」などが示されている。

 第3章「実践編その2」では,このRCAを医療安全教育の体験学習として研修会などで実施する方法を,そして最後の第4章には「応用編」として,RCAのプロセスの中でSAC(Safety Assessment Code)という分類方法により,事例検討の必要性を判定する作業の例題や,研修で用いるための事例などが載っている。

 著者の石川雅彦先生は,私のかつての同僚で,現在は国立保健医療科学院で政策科学部長として活躍中である。このRCAを米国で学ばれ,有用性に着目され,その後わが国でもRCAを用いた研修会を数多く実施しながら,このマニュアルをつくり上げたそうである。たしかに本書は,職員の研修などですぐに使えそうな構成になっている。

 図表が多用され,硬いテーマであるにもかかわらず,読みやすく理解しやすい点も特筆すべきだろう。インシデント・アクシデントの原因分析に興味がある人や,医療安全教育の具体的な方法を探している人は,ぜひご一読いただきたい。

B5・頁176 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00608-8


心臓弁膜症の外科 第3版

新井 達太 編

《評 者》松田 暉(兵庫医療大学長)

若手のみならず指導者にも折りに触れて開いてほしい書

 このたび新井達太先生編集の『心臓弁膜症の外科』第3版が刊行された。心臓弁膜症の外科を広くカバーしたユニークなこの教科書も1998年の初版以来10年を経て,今回は先進性,科学性,そして有用性を備えてさらに大きくなった感じがする。

 編者の新井先生が序文で述べられているように,今回は新たな項目を加えるとともに,主要な手術については執筆を複数の担当者にして偏りのないように配慮されている。項目としての特徴は,局所解剖と心臓超音波検査エコー診断という外科医にとって重要な基礎的知識にはじまり,各論ではそれぞれの弁膜症の病態生理や自然歴のレビューから,手術適応,遠隔成績まで網羅されていて,読み応えのあるまとめ方になっている。また今回はかなりトピックス的な分野や具体的手技に十分スペースを割いていることも特徴である。例えば大動脈弁置換のなかの狭小弁輪に対する術式選択では,6人の方がそれぞれ特徴ある術式で解説を展開している。また弁置換での手術適応や至適弁選択で重要なpatient-prosthesis mismatchやEOAIにも言及していて,臨床現場で有用な検討項目が盛り込まれている。また新たなコンセプトの生体弁として登場したStentless valveについて,その多様な術式選択の特徴を捉えてかなり踏み込んだ内容でまとめられている。

 僧帽弁閉鎖不全(MR)については当然ながらかなり精力が注がれ,形成術では10項目にわたって種々の術式が詳細に記載されている。基本となる弁形成リングから人工腱索,edge-to-edge repair,前尖の形成術までていねいな図解とともにそのピットフォールも含めて紹介されている。最近注目されている虚血性MRについては別立てで取り上げられていて,その病態からはじまり,種々の形成術,左室形成術の最新技術まで網羅されている。かかる種々の弁形成や左室形成術を組み合わせることにより,左室機能不全の病態や解剖学的特徴に応じたMRの対処が可能となるわけで,今後さらに発展する心不全外科に対応するうえで役立つ内容が盛り込まれており,アップデートな内容であることは読者にとって有り難いことである。

 その他,三尖弁疾患,先天性弁膜症,冠動脈疾患合併,再弁置換,感染性心内膜炎など,幅広くカバーしていることで,本書の教科書としての役割は十分果たされている。最後に新井先生自らが人工弁のところを執筆され,その歴史から最新のTissue Engineeringの進歩,さらに経皮的弁置換にまで言及するなど,本書の魅力を一層高めていて,改めて先生のこれまでの弁膜症の外科治療へのご貢献ととともに変わらぬ心臓外科へのエネルギーを感じた。修練途上の若い心臓外科医だけではなく指導者層にとっても,この第3版は日常の心臓弁膜症の臨床と研究を進めるなかでの信頼される教科書として重要な位置を占めるであろう。

B5・頁680 定価29,400円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00541-8


《標準作業療法学 専門分野》
社会生活行為学

矢谷 令子 シリーズ監修
田川 義勝,濱口 豊太 編

《評 者》富家 直明(北海道医療大准教授・心理療法学)

社会適応の援助を考えるすべての医療従事者に

 障害を持ちながら,あるいは長期療養を続けながらも充実した社会生活を営み,やがて自己実現を達成できるようになることは,今日の医療におけるもっとも重要な課題のひとつである。本書はこうした視点によって書かれた,まったく新しい作業療法の体系的著述であり,すぐれた実践書である。

 「社会生活行為」とは何か。本書の分類によれば,日常の食事や排泄,更衣や入浴などの「個人生活行為」,洗濯や家事,家計の管理などの「家庭生活行為」,登校や学習,集団行動などの「学校生活行為」,事務やIT活用,労務作業,就労活動などの「職業生活行為」,その他,遊びや楽しみのための「趣味や余暇活動に関する行為」からなる。

 本書においては,これらの各行為に対する作業療法の適用方法が具体的に述べられている。例えば「洗濯」という「家庭生活行為」の作業工程は準備から収納まで7段階あり,それぞれに必要とされる動作に関する「身体機能」が網羅されている。さらに,対象物の認識から種類別の分類,水温や水量の判断,干すための空間の認知,天気の変化の予測,収納場所の記憶,注意力全般などといった「心理的機能」が付帯する。そのうえで,これらに詳細に対応した練習方法,援助の方法などが記述されている。

 何かひとつでもできない行為があれば,援助者はその原因がどこにあるのかをただちに確認することができる。そのための行為チェックリストが本書には多数収録されているからだ。収録されたチェックリストは,ADL評価用,各種の行為評価用など多岐にわたっており,臨床家や研究者はただちにこれらを活用することができる。

 また,最近の機能補助具についても詳しい。バリアフリーやユニバーサルデザインの歴史は行為機能を補償しようとした工夫の連続である。最近はロボットを活用したり,エレクトロニクス装置を組み込んだ遠隔操作機器が開発されている。上肢運動障害者向けの大判の入力機器や,運動障害でパソコンのキーボード入力ができない人のために簡単な視覚的刺激にタッチするだけのインテリキーUSBというタッチパネル。巧緻障害の子どもが隣のキーを誤って押さないためのキーガード。音声で応答してくれるタッチ&スピーク。シンボルを活用した自閉症者向けのコミュニケーション補助装置トークアシストなど,近年の多彩な電子デバイスの開発を通覧できる。

 このほか本書の後半では,脳卒中,高齢障害,精神障害,発達障害の各障害別に陥りやすい特徴をまとめ,必要な援助方法を余さず網羅している。本書の特筆すべきところは,適応的な社会生活を営むためにはどのような一連の行為の達成が必要であるかについて客観的に整理し,わかりやすく記述した点にあるだろう。こうした資料は作業療法のみならず,社会適応の援助を考えるすべての医療従事者に役に立つはずである。

 ところで編者の1人である濱口豊太博士は「行為脳」研究者としても注目を浴びており,2004年には排泄行為に関する中枢と末梢器官の神経科学的力動を解明した研究によって日本脳科学会学会賞を受賞した。このように「社会生活行為」のメカニズムが先端的研究によって解明されはじめていることは大変心強いことである。将来,本書によって輪郭を示された「生活行為を補償する総合科学」は,脳研究から行動科学,さらにはエレクトロニクス技術を融合させて力強く進化を遂げるであろう。

B5・頁400 定価4,935円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00477-0


カプラン精神科薬物ハンドブック 第4版
エビデンスに基づく向精神薬療法

山田 和男,黒木 俊秀,神庭 重信 監訳

《評 者》石郷岡 純(東女医大教授・精神医学)

薬物の特徴を知り処方に生かす

 本書は精神科領域の薬物に関する教科書として定評のある,“Kaplan & Sadock's Pocket Handbook of Psychiatric Drug Treatment, 4th ed.”の翻訳である。今回の改訂では,精神薬理学の業績の多数あるニューヨーク大学のNorman Sussman教授が編集・執筆陣に加わり,内容が大幅にパワーアップされたのが大きな変更点である。これにより,薬物の理解に必須の基礎知識に加え,最新の知見が盛り込まれた教科書としての地位を再び更新したと言えるが,以前からの本書のユニークな特徴は相変わらず維持され,引き継がれている。

 それは,本書独自の章立てに表れており,類書で多く採用されているような,臨床薬理学的な抗精神病薬,抗うつ薬といった分類ではなく,作用機序によるカテゴリー分けに拠っていて,しかもこのカテゴリーを対象疾患ごとにくくることもせず,単純にアルファベット順に並べていくという念の入れようである。この構成法が採用された理由は,監訳者の神庭教授も書かれているとおり,ある作用機序の薬が特定の疾患に対応しているのではなく,いくつかの疾患の治療薬であることが大きいであろう。しかし,おそらくそれだけではなく,1980年代から確立・定着してきた操作的診断法には,病因論を廃したカテゴリーとして精神疾患を体系づけるという考え方が強く存在していることと表裏一体なのであり,疾患ごとに治療薬の解説をすることで,薬理作用を反転させて病態を単純に推定する愚が生じることを避けようとした意図が働いているものと思われる。本書の一見雑然として見える構成は,実は読者がエビデンスを先入観抜きに理解していくうえで優れた編集法なのである。

 翻訳は神庭重信・九州大学教授を中心とし,黒木俊秀・肥前精神医療センター臨床研究部長,山田和男・東京女子医科大学准教授が監訳者となって行われ,すでに版を重ねてきただけに翻訳文もこなれており,違和感なく読み進めることができる。原題は薬物療法のハンドブックとなっているが,精神疾患の薬物療法の解説書というより,個々の薬物の特徴を知ってそれを処方に生かしていくための1冊であるので,この日本語タイトルは本書の特徴をよく表している。

A5・頁384 定価6,090円(税5%込)MEDSi
http://www.medsi.co.jp/

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