医学界新聞

寄稿

2007.12.10

 

【寄稿】

研修医がきれいにまとめた電子カルテには「落とし穴」がある

江村 正(佐賀大学医学部附属病院 卒後臨床研修センター)


電子カルテへの移行で教育上失われたもの

 医療記録は診療に不可欠であるだけでなく,教育の観点からも非常に重要である。筆者は,2004年度からの卒後研修必修化に向け,佐賀大学医学部附属病院に新しく設置された卒後臨床研修センターの専任医師となった。時期を同じくして,電子カルテが導入された。研修医を観察し,電子カルテを用いることにより,「何か教育上好ましくない変化が起こっているのではないか」という,違和感を抱くようになった。指示を入力している研修医とその指示を受ける看護師が,別々の端末のディスプレイを見ていて,同じ部屋にいるのに顔を向き合わせていないことにまず違和感があった。記載内容は立派なのに,カンファレンスで質問してみると自分で記載したはずの内容が頭に入っていないという研修医に遭遇することもあった。

 考えてみると,電子カルテは診療支援の側面から開発されているが,教育という視点に乏しい。紙カルテから電子カルテに移行したことにより,教育上失われたものがあるのではないだろうか,という疑問が湧いてきた。そこで,佐賀大学医学部附属病院関連初期臨床研修プログラムで研修を行っている研修医,および佐賀大学医学部附属病院で“紙カルテ時代”の研修・診療を経験し,現在研修医の指導に関わっている医師を対象に聞き取り調査やアンケート調査(図1-2,n=37)を行ったところ,電子カルテの教育上のデメリットとして,次のようにまとめられることがわかった。すなわち,下記の3つである。

1)コピー&ペーストができる弊害
2)書(描)かない・書(描)けない弊害
3)現場以外でも入力できる弊害

コピー&ペーストの弊害 本当に「要約」しているのか

 コピー&ペーストの機能はコンピュータの機能の中で,最も身近で最も便利なものの一つと思われる。紙カルテでは,書き写さなければならなかった血液検査データが,電子カルテでは簡単に貼り付けられる。それだけではなく,放射線科医が読影した所見,内視鏡医が記載した所見,すべてコピー&ペーストできる。

 研修医によっては,指導医が外来で短時間に聴取した病歴をそのままコピーして入院時現病歴にしている者もいる。常体・敬体混じった退院時要約を目にすることもある。おそらく,コピー&ペーストの寄せ集めから成り立っているのであろう。本当に「要約」をしているのか心配になるようなものもある。これでは,文章作成能力は養われないし,重要なデータも頭に入らないであろう。

スケッチしないから重要所見が印象に残らない

 また,電子カルテでは,フリーハンドでスケッチができない。別のテンプレートを立ち上げて図示するのが面倒であるため,従来図示していたものを文章で記録していることが多い。文章になってしまうと,重要な所見が印象に残りづらくなる。たとえば,身体所見では,「頚部リンパ節腫脹あり」と書くよりも,首の絵に丸くリンパ節が書いてあるほうが印象に残りやすい。手術記録のスケッチも電子カルテでは容易でない。

 レントゲンなどの画像に関しては,紙カルテ時代は,「重要な画像はスケッチしてカルテに描いておけ」と指導されたものである。指導医もカルテの図をみると,研修医が画像に目を通しているか,読影できているか,推測できた。今は,画像に目を通さなくても,画像所見のリンクを張って,その所見をコピー&ペーストすれば,体裁は整ってしまう。

病棟にいる時間が減少?

 端末があれば,検査結果もすぐに把握できるし,ちょっとした空き時間に病棟以外の場所からオーダーを入力することも可能である。これも紙カルテでは考えられなかった便利な機能である。しかし,逆に病棟以外からでも入力できるので,「病棟にいる時間が少なくなっているのではないか」という声も聞かれる。同じ部屋にいても,顔と顔を向き合わさない時間が増えているのに,これではますます,他の医療スタッフとの関係が希薄化していく。

 また,本院では,電子カルテ導入以前にPHSが導入されており,指導医は研修医に電話で指示することも容易になった。「病棟に来ない研修医,それを遠隔操作する指導医,しかし電子カルテ上の情報はきちんとまとまっている……」なんてことのないようにしたいものだ。

電子カルテ時代に指導法の見直しを

 以上のデメリットは,電子媒体を使用するうえでのメリットが,教育上,「仇(あだ)」となっていると言うことができる。したがって,電子カルテを改良すれば解決する問題とは異なる。

 “電子カルテ時代”には,研修医が理解していなくても診療記録の形が整うようになった。きれいにまとめられた記録の裏には,さまざまな「落とし穴」がある,ということを念頭に指導していくことが必要と思われる。監査audit(特に退院時要約の)を注意深く行うことが指導医に求められている。何も見ずに症例呈示をさせる,画像をきちんと読影させることなどを意識的に教育企画として行う必要があると考えられる。


江村正氏
1987年佐賀医大卒。一般内科の研修後,98年より総合診療部助手。2003年より卒後臨床研修センターに着任。現在,プログラム責任者。学内外の指導医講習会の企画世話人として指導医を養成している。自称「研修医の父親」,兼「用務員のおじさん」。

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