医学界新聞


悪い知らせをどう伝えるか

インタビュー

2007.12.03

 

【interview】

がん医療におけるコミュニケーション・スキル
悪い知らせをどう伝えるか

藤森麻衣子氏(国立がんセンター東病院 臨床開発センター精神腫瘍学開発部)
内富庸介氏(国立がんセンター東病院 臨床開発センター精神腫瘍学開発部部長)


 がん医療に携わる医師にとって,進行がんや難治がんの診断,再発,抗がん治療中止などの「悪い知らせ」を患者に伝えることは,難しい課題のひとつだ。悪い知らせの伝え方が患者のその後のストレスに影響するという報告もあり,「何を伝えるか」から「どう伝えるか」に焦点がシフトしていると言えるだろう。とは言え,患者の望むコミュニケーションの方法と,医師が行っている方法は必ずしも一致していないのが現状である。

 この度,『がん医療におけるコミュニケーション・スキル――悪い知らせをどう伝えるか』が発刊された。編者の内富庸介氏と藤森麻衣子氏(ともに国立がんセンター)らは,第三次対がん総合戦略事業研究費「QOL向上のための各種支援プログラムの開発研究」の援助を受け,がん医療におけるコミュニケーションプロトコール(SHARE)を開発。SHAREを用いた「がん医療に携わる医師に対するコミュニケーション技術研修会」を開催し,がん医療における医師のコミュニケーションスキル向上に力を注いでいる。両氏にお話を伺った。


■「すべての患者さんにがんを伝えよう」

――「がん医療に携わる医師に対するコミュニケーション技術研修会」は今年で10年目を迎えられたそうですが,思い立たれたきっかけは何だったのでしょうか。

内富 1995年に,国立がんセンターに精神腫瘍学研究部が創設されたことが始まりです。当時の日本ではがんを告知するか否かがまだ議論されており,患者さんに直接告知をするのは早期に限られていました。ですから,ターミナルや再発の患者さんには告知が行われず,家族がすべてを背負っていたのです。

 そのような時に,国立がんセンター東病院は1992年の開院時から,「すべての患者さんにがんを伝えよう」というポリシーを掲げてきました。当時はアメリカで臨床腫瘍学を勉強してこられた先生が多かったため,まるでアメリカに居るような感じでした。アメリカの医療というのはフルディスクロージャーですよね。すべての情報を伝えて「あなたが決めてください」というスタイルです。ですから東病院でも,従来の日本の医療のようにパターナリスティックな形ではなく,対等なパートナーとして意思決定を患者にゆだねている部分もありました。

 しかし,われわれの地域にいらっしゃる患者さんは,どちらかというと郊外地域の人で,当時は戦前生まれの方が大半だったため,そのような情報開示に戸惑っておられたのが現状でした。ひどい場合にはうつ病になる方も出るほどストレスがかかっていたのです。そこで,がん医療では患者さんの精神面も支える必要があり,精神腫瘍科を創設しました。

 うつ病になられる方は2割程度ですが,残りの8割の方も困惑されていました。とはいえ,精神腫瘍科ではうつ病の方々の対処はできても,残りの8割すべてにサポートをするのは難しいのです。そこで,医師が悪い知らせを伝える際にもっと温もりのある暖かい伝え方ができれば,患者さんたちの困惑も減るのではないかと考えて,この研修会を思い立ちました。

日本人のためのコミュニケーションツールを

内富 そんな中,オーストラリアから緩和ケアのデビッド・キセイン教授(現メモリアルスロンケタリングがんセンター精神科部長)が来日され,乳がん患者に悪い知らせを伝えるマニュアルを紹介してくださいました。そこでマニュアルの使い方や,研修会によるトレーニングを教わり,これは絶対に必要なものだと感じました。またそれから2年ほど後に,アメリカでSPIKESというコミュニケーショントレーニングのツールを作られたウォルター・ベイル教授(MDアンダーソンがんセンター教授)が来られました。そこで非常に有効だということになり,7-8年間はSPIKESを用いていました。

 しかし,そのうちに日本では使いづらい面も見えてきたのです。SPIKESというのはS:Setting(場の設定),P:Perception(病状認識),I:Invitation(患者からの招待),K:Knowledge(情報の共有)E:Emotion(感情への対応)S:Strategy/Summary(戦略・要約)の6段階あるのですが,がんを伝える(K)までに3段階(SPI)あるなど,細かく分かれすぎている感じがありました。

藤森 例文もどちらかというと欧米的な面接の流れに則っていて,日本ではしっくりこないという印象がありました。例えば,Iの患者さんが知りたい情報量を確認する場面で,「あなたはすべて聞きたいタイプですか,それとも少しだけ聞きたいですか」と尋ねるのがなかなかスムーズにいかないのです。講習会のロールプレイでも,その言葉が出てこないと先に進めない感じがありました。日本人ではあまり言葉を意識せずに,アイコンタクトをとったり,うなずきあったりしながら進めていくほうが自然だと思いました。

内富 そこで,より日本人の患者さんに合ったコミュニケーションツールをと考え,患者さんに意向調査を行い,それをもとにSHAREを作ったのです。SHAREではSPIKESのSPIをまとめて一つにし,全体をSTEP1-4まで,起承転結の4段階としました(表)。このことで柔軟性が出てきて,患者さんとの双方向のやり取りの中で面接の流れを決められるようになったと思います。また,患者さんの意向調査を踏まえて作られたがん医療におけるコミュニケーショントレーニングツールは世界ではじめてです。

準備 ・事前に重要な面談であることを伝えておく
・プライバシーは保たれているか
・十分時間はあるか
・電話は切ったか
・家族の同席
・基本的な態度
面談を開始する
・患者の気持ちを和らげる言葉をかける(2)
・経過を振り返り病気の認識を確認する(1)
・家族にも同様に配慮する
・他の医療者を同席させるときは患者の了承を得る
悪い知らせを伝える
・直前に心の準備のための言葉をかける
・わかりやすく明確に伝える
・感情を受け止め,気持ちをいたわる言葉をかける
・患者の理解度を確認,早すぎないか尋ねる
・写真や検査データを用いる,紙に書く(パンフレットの利用)
・質問や相談があるかどうか尋ねる
治療を含め今後のことについて話し合う
・標準的な治療,とりうる選択肢について説明したうえで推奨する治療法を伝える
・がんの治る見込みを伝える
・セカンドオピニオンについて説明する
・患者が希望を持てる情報も伝える
・患者の日常生活や仕事について話し合う
・利用できるサポートについて伝える
面談をまとめる
・要点をまとめて伝える
・説明に用いた紙を渡す
・今後も責任を持って診療にあたること,決して見捨てないことを伝える
・患者の気持ちを支える言葉をかける

藤森 具体的には,東病院の患者さん約600名を対象に「悪い知らせを伝えられる際のコミュニケーションに関する希望」について質問しました。その結果,コミュニケーションについて患者さんが望むことは大きく4つの構成概念に分けられました。それが,S:Supportive environment-支持的な場の設定,H:How to deliver the bad news-悪い知らせの伝え方,A:Additional information-付加的な情報,RE:Reassurance and Emotional support-情緒的サポート,でそれらの頭文字をとったものがSHAREです(図)。

■「共感」「想像」「家族への配慮」

藤森 調査の結果,日本人の患者さんは欧米と比べ,気持ちの面を理解し

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