臨床医が知っておきたい女性の診かたのエッセンス(荒木葉子,野田順子,久慈直昭,柴田美奈子)
対談・座談会
2007.10.01
臨床医が知っておきたい
女性の診かたのエッセンス |
荒木葉子氏(荒木労働衛生コンサルタント事務所所長)
野田順子氏(東京・野の花メンタルクリニック院長) 久慈直昭氏(慶應義塾大学講師・産婦人科学) 柴田美奈子氏(東京都立墨東病院女性専用外来/紺野記念会五井クリニック) |
1997年,低用量ピルの認可問題をきっかけに,医師やコメディカルなどが集まり「性と健康を考える女性専門家の会」が発足しました。リプロダクティブヘルス・ライツについて,女性医療について,語り合う機会が増え,「女性内科」のようなものができればよいと漠然と考えておりました。
99年に女性医療の先進国,米国のペンシルバニア大・女性医療センターを視察した際,女性を診る複数の科がワンフロアに統合されている状況に感激し,同じようなものが日本で展開できればと思いました。その後,2001年には国内初の女性専用外来が千葉県立東金病院に開設され,私は民間の女性総合医療センターの設立にアドバイザーとして関わりました。
現在までに,47都道府県に450を超える性差を考慮した女性医療を提供する医療機関が誕生し,43の医学部・医科大学付属病院で女性外来の開設が確認されています。
こうしたなかで,性差医療情報ネットワークが設立され,女性外来を担う医師たちの研修および情報交換を行っています。
私自身は産業医と臨床医であることから,臨床的な面と社会的な面の両者から女性を診ることの大切さを日々痛感しています。
本日は,わが国における女性に対する医療の現状,女性を診るときの心がまえ,留意点などについて先生方とディスカッションしていきたいと思います。
(荒木葉子)
荒木 では,ご出席の先生方に,女性に対する医療とのかかわりについてお話しいただきましょう。
野田 私は東京都庁で産業医をしておりましたころ,都による「女性のこころ相談」を担当,女性と男性の性差を感じさせられる数多くの経験をしました。私が学んできた精神医学は,男性の視点で成り立っていたと気づき,衝撃を受けました。
その後,「性と健康を考える女性専門家の会」に参加させていただき,女性の問題を考えるなかで,最終的には臨床で女性を診たいと思い,東京・吉祥寺で主に女性を診るメンタルクリニックを開業し7年目になりました。現在,患者の9割が女性です。
久慈 私は,ずっと産婦人科で25年目になります。卒後10年目ころに専門を不妊治療と決め,非配偶者間の人工授精を含めた不妊治療を行っていますが,日々の不妊診療を通じて女性患者と,家族や周囲との関係について考えさせられることが多いです。また不妊で通っているご夫婦の夫と話をすることで,夫婦間での出産,家族のあり方に対する考え方の差異を感じさせられることも多々あります。
柴田 私は,2002年から今年3月まで千葉県立東金病院の女性専門外来に携わらせていただいておりました。04年からは東京都立墨東病院で,女性外来の開設から携わっております。現在,千葉県・五井駅前のクリニックでも女性外来部門を担当しています。
もともとは内分泌内科を専門としていまして,ホルモンに関係した疾患を中心に女性を診ていければと思い,女性外来の仕事をお引き受けしました。
女性外来開設当初は,更年期障害や月経関連などホルモン起因のご相談が圧倒的に多かったのですが,現在ではメンタルに関するご相談の比重が増えています。この状況は,どこの女性外来でも同じようです。婦人科との境界よりも精神科や心療内科との線引きが難しいと感じています。
女性を取り巻く環境の変化
荒木 最近の女性を取り巻く環境にはさまざまな変化があると思います。日常,女性を診ていてお感じになられている変化についてお聞かせください。野田 社会的な要因はとても大きいと思います。労働環境が変化し,働く女性が増加した反面,派遣などの非正規雇用が増加し,競争社会のなかで格差が拡大しています。その一方でセーフティネットが削られているので,女性だけでなく精神障害の方全般に対する支援が弱まっています。
労働環境がメンタルに及ぼす影響については,特に不況で新卒採用が制限されていた30代がよくないような気がします。また,女性はキャリアを積みたくても思いどおりにならなくて,育児や家庭と会社とのあいだに葛藤があって,いろいろな症状を出してこられます。
久慈 10年くらい前までは,患者は仕事をもっていても,余裕をもって通院していた印象がありますが,最近では過重労働で治療のスケジュールを組むのも大変で,医師がなんとかそれに合わせる感じになっています。また,不妊症の患者の多くは30-40代前半ですが,この年代は,自分の親,夫の親の調子が悪くなることも多く,さらに時間的な制約が大きくなっているようです。
一方で,患者さんの知識レベルや理解力も上がっており,それだけ社会的に経験を積んだ女性が増加しているのだと思います。医師としても専門知識に基づいて,より詳細に説明を行わなければならない場面が多くなっています。
荒木 たしかにそうですね。都心部では特にその感じは強いですね。柴田先生,ふたつの女性外来で診ていらして,抱えている問題などに地域差はありますか。
柴田 都会は働く女性の問題が大きくて,皆さん多忙,というのは同感です。一方,地方では今でも,長男の嫁が家庭内の問題をひとりで背負っている状況があります。
最終的にご紹介する医療機関も,都会の方は職場やご家庭から近く,通いやすい施設が多いのですが,地方ですと,あえて自宅から少し離れた施設への紹介を希望される方が多いです。ご近所の目を気にして受診が遅れるという問題も,地方の女性にはまだよくある状況です。
荒木 出産年齢も確実に上がってきておりますし,問題は多様化しているように思います。以前,女性外来で診療していた際,想像以上にドメスティック・バイオレンス(DV)が多く,職場でもセクハラなどのセクシャリティの問題が絡んでいるものも多いです。性感染症も,静かに広がっている印象があり,怖い問題です。
女性を診るときに大事にしたい視点
荒木 続いて,女性を診るための心がまえ,留意しておきたいエッセンシャルな視点について話し合いたいと思います。まず私の経験ですが,「痛み」に分類される疾患が,女性では非常に多彩であることに驚きました。頭痛,月経痛,関節痛など女性の方が痛みを経験する率が高いように思います。また,内科学で頭痛の分類や男女比については学びましたが,月経周期と疾患の関係性については,学ばなかったように思います。
しかし実際に女性外来,性差医療に携わるなかで,頭痛のようなありふれた訴えでも,痛みの原因には性差の問題がかなり大きく関与していることに気づかされます。疾患に対する女性ホルモンの影響が想像以上に大きいのですね。一方,患者自身も自分の頭痛や腹痛,あるいは気分の落ち込みなどの症状と月経が関係していると気がついていないことがまだまだ多いですね。
野田 そうですね。患者に「気分表」という記録をつけていただいています。いつも通りの気分をゼロ,上下±1-2として,月経も合わせて記録します。そうすると,月経と気分の落ち込みの関係がはっきりと見てとれる患者が数多くいます。記録を見て初めてその連関に気づく患者も多いですね。
荒木 プライマリケア医にとって,月経以外の産婦人科の既往歴も重要な情報ですね。高脂血症の治療をしていて,あとでよく聞いたら若いときに卵巣をふたつともとっていた,ということがあります。卵巣摘出と現在抱えている高脂血症や高血圧,あるいは骨粗鬆症の関連性に気がついていない患者も多いのです。
また,ピルの服用者も増加していますから,女性ホルモン製剤と処方の兼ね合いについても注意しなければいけなくなりましたね。ほかにはいかがでしょう。
野田 DVや子どもへの虐待を発見してほしいですね。たとえば,耳鼻科の先生に注意していただきたいのですが,左側の鼓膜破裂をくり返している女性は,右利きの男性に殴られている可能性があるのです。そういう視点で診ないと,単に「ああ,またですね」と言って帰してしまいます。本人は隠したがりますし,連れ合いが一緒に来ていたら話させませんから。
荒木 注意して診察すると虐待も多いですね。キャリアや仕事に対するあせりや,自分の人生に対する不全感の強い方は,それが配偶者や子どもに向かうことがありますね。
野田 弱いものに向かうのです。職場でパワハラに遭っている人が,家庭で虐待をするというように,暴力の連鎖という悪循環が生まれます。きちんと発見して,DVの専門家につないでいくことが求められます。
久慈 不妊治療専門医の立場からお願いしたいのは,年齢の上昇に伴って妊娠の可能性は低くなっていくわけですから,プライマリの先生方に予防的な視点ももっていただいて,不妊症にならずにすむ患者が一人でも多くなればと考えています。
荒木 女性の社会的なライフサイクルは変化していますが,生物学的なライフサイクルが必然としてあるわけです。そのあたりを20代,30代の患者にさりげな...
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