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医学界新聞

寄稿

2007.09.24

 

【特集】
リンダ・エイケンが診た日本の労働環境,危機のシグナル
リンダ・H・エイケン氏
 (ペンシルバニア大学教授/ヘルスアウトカム・政策研究センター長)
ショーン・P・クラーク氏
 (ペンシルバニア大学准教授/ヘルスアウトカム・政策研究センター)
金井Pak雅子氏
 (東京女子医科大学教授)
勝原裕美子氏
 (聖隷浜松病院副院長/総看護部長)
増野園惠氏
 (近大姫路大学准教授)


 看護師の受け持ち患者が1人増えるごとに,患者の死亡率は7%,看護師のバーンアウト率は23%,職務不満足率は15%上昇する――。2002年JAMAに発表されたこの論文は適正人員配置の必要性を強く訴えかけ,世界中に衝撃を与えた。筆者のリンダ・H・エイケン(Linda H. Aiken)氏らは同様の調査をさらに世界各国で行っており,日本では金井Pak雅子氏らが共同研究を実施。その研究成果がこのたびまとめられた(参照)。金井氏ら日本の研究班のメンバーが,ペンシルバニア大リサーチチームのエイケン,クラーク両氏とのディスカッションを行った。


高いバーンアウト率は患者アウトカムにも悪影響

金井 ようこそおいでくださいました。われわれが日本で行った調査結果について,まずは全体の感想からお伺いします。

エイケン 私たちが調査した他の国々と比較しますと,日本の状況は全体的にはそれほど大きく違わないと感じました。しかし日本の病院は外国と比べ,バーンアウトする看護師や仕事に満足していない看護師の割合が非常に高いですね(図1・2)。この二つは,看護師不足が深刻な日本において非常に重要な問題です。

 心配な理由はそれだけでありません。複数の研究結果から明らかなことですが,看護師のバーンアウトと患者ケアの質,安全性には相関があります。この調査は現段階では患者アウトカムの分析にまで至っていませんが,バーンアウトの割合が高いことを示すデータから判断する限り,日本の病院における患者アウトカムは予想以上に悪いのではないかと感じています。これは患者にとって切実な問題です。バーンアウトについては,看護師不足との関連だけでなくケアの安全性と質の面でも,もっと関心を示さねばなりません。

勤務スケジュールに柔軟性を

エイケン 日本では,看護師の71.3%がこの職業を選択したことに満足している一方,「仕事そのものには満足していない」と答えた看護師が59.6%もいます。このギャップは,病院が魅力的な労働環境作りに失敗していることを示します。

 さらに,「仕事に満足していない看護師が多い」という事実は,看護師不足の一因となっているかもしれません。日本は潜在看護師が非常に多く,就業率は米国に比べるとはるかに低いですね。これは仕事に対する不満と関係があるのではないでしょうか。

金井 この点に関しては日本だけに言えることでしょうか。

エイケン われわれは16か国の病院を対象に調査してきましたが,これらすべての国に共通して言えることは,現代の病院や医療施設は,そこで働く人たちの期待に十分に応えていないということです。病院のポリシーは時代遅れなのです。しかし日本の病院の場合は特別な,もっと深刻な問題があるように思えます。

金井 マネジメントに問題があるのでしょうか。

エイケン そうでしょうね。しかし,中には看護師の引き留めや満足度の高い環境作りに成功している病院もあります。病院の人的資源に関するポリシーを改革すれば,問題を解決できるかもしれません。

勝原 どのような労働環境が看護師の満足度を高めるのでしょうか。

エイケン まず,勤務スケジュールの柔軟性が重要です。データを見る限り,日本の病院は勤務時間やローテーション・シフトなどにおいて柔軟性が欠けています。誰にでも,家族や子供の世話など仕事以外にやらねばならないことがたくさんあります。柔軟性に欠けるスケジュールは,仕事に対する不満の大きな要因となるのです。

 夜間に勤務する看護師には割り増し賃金を支払うなどして,いわばマーケット方式でこの問題を解決した病院もあります。夜間労働力を確保するのに相応しい賃金を算定して,上乗せ賃金を払えばよいのです。そうすれば,夜間勤務をしなくとも済む人が出てきて,不満はかなり解消できます。

金井 インセンティブを与えるわけですね。

エイケン そのとおりです。

クラーク 他にも,労働環境にはいろいろな要因があります。たとえば管理者がどのような人物で,スタッフをどの程度サポートしているか。これはスタッフと管理者の人間関係によって変わり得ますね。さらには,必要な情報の入手は可能か。よりよいケアを学ぶための教育機会は与えられているのか。整備された労働環境の中で働けば,患者によりよいケアを提供できます。自分の仕事に対してより大きな未来像を描くことも,可能となるでしょう。

金井 スタッフと管理者の関係と同じように,スタッフ同士の人間関係も重要です。ところが,人間関係に問題のあるスタッフに対して管理者の適切な指導がなく,そのために周囲の有能な人材が辞めていくケースもあります。

クラーク その意味でも管理者の役割は重要です。スタッフ間の相互理解や協力体制を築くのは管理者の役割ですから。

危機のシグナル 経験豊かな看護師の不在

エイケン 今回の調査では,経験年数3年以下の看護師の占める割合が高い病院がいくつもありました。国際比較からみて極めて珍しいことです。経験年数3年以下の看護師が全体の54%を占めている病院もありましたね。これは将来何かよくないことが起こるシグナルかもしれません。労働力はバランスよく分布していることが大切です。

 米国では,看護師の平均経験年数が15年以上の病院は決して珍しくありません。経験豊富な看護師は病院にとって貴重な財産ですが,日本の病院は彼らを引き留めようとしていないのではないでしょうか。

金井 たしかに,若い看護師の周囲に,相談相手となるような経験豊かな看護師がいないのが現状です。たとえば,専門看護師の資格を持つ看護師のいる病院はそう多くありません。専門看護師の登録者は全国で現在150名以上いますが,今回調査した19病院で専門看護師を雇用していたのはわずか4病院に過ぎません。

エイケン その点においても,経験豊かな看護師と若い看護師の不均衡がみられますね。

金井 経験豊富な看護師が少ないことと,バーンアウトする看護師が多いことの間には関連があり,これは管理者のリーダーシップの問題に帰するとお考えですか。

エイケン そう思います。経験を積んだ看護師を引き留めることができないのは,人事管理の失敗を意味します。

クラーク 米国でも,日本と同じような問題が起こっています。看護師にとって最初の1年は特に重要で,学ばねばならないことがたくさんあります。豊富な経験を持つ先輩が周囲にいなければ,彼らは誰を頼りに仕事を学んでよいのかわかりません。スタッフは一日中仕事に追い回され,管理者も同様に多忙をきわめ,イライラするありさまです。ですから,われわれは卒後教育プログラムの充実に特別の関心を持っています。

エイケン 日本の調査において「1年半以内に今の職場を離れる予定がある」と回答した看護師が3分の1以上もいましたね。これは他産業と比べて極めて高い割合です。もし,教師の3分の1が毎年教職を去るとしたら,教育現場にどんな混乱が起こるでしょう。トヨタの社員の3分の1が毎年辞めたら,下手をすれば経営がひっくり返りますよ。非常に危険で,厳しい状況です。

クラーク ある病院では次年度末までには退職を予定している看護師が60%もいることを示すデータもありました。病院がこの状況にお手上げの状態だとしたら,そのような病院で働き続ける自分を想像してみてください。

金井 そのうえ,自分が辞めたあとに新人が入ってくることを想像すると,ぞっとしますね。

クラーク そうなると同じことの繰り返し,悪しき堂々めぐりです。

ベンチマーキングによる比較分析を

金井 看護部長に助言すべきことはありますか。

クラーク 看護師の労働環境について調査し比較を行い,問題の原因を分析することです。

エイケン 今回の調査は,問題の傾向ととも......

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