医学界新聞


そのメソッド,エッセンスを日常診療に生かす

対談・座談会

2007.08.20

 

患者さんとともに考える,認知行動療法

――そのメソッド,エッセンスを日常診療に生かす

古川壽亮氏(名古屋市立大学大学院教授 精神・認知・行動医学分野)
樋口輝彦氏(国立精神・神経センター 総長)=司会
大野 裕氏(慶應義塾大学教授 保健管理センター)


 精神科に携わる医療者のあいだで,認知行動療法への評価,関心が高まっている。治療者と患者が対話をしながら,認知・行動をしなやかに再構築しようとするそのメソッドは精神疾患のみならず,慢性疾患,がんなど多くの疾患に応用の可能性がありそうだ。

 患者からの受療に対するニーズも高まるなか,治療者の育成が急務だ。

 このような折,待望の翻訳書籍『認知行動療法トレーニングブック』が刊行された。この出版に合わせ,樋口輝彦氏司会のもと,わが国の認知行動療法の第一人者である大野裕氏,古川壽亮氏に,認知行動療法とそれを取り巻く環境などについてお話しいただいた。


樋口 最近,外来を訪れるうつの患者さんは高い頻度で薬物以外の治療も希望されます。特に「認知行動療法をやってください」という患者さんがずいぶん増えました。この認知行動療法(Cognitive-Behavior Therapy; CBT)は,精神科の領域ではかなり広がってきましたが,まだ一般社会,精神科以外の医療のなかには,十分には広がっていないだろうと思います。

 私は,薬物療法,精神薬理学を専門としてきました。多くのうつ病の患者さんの治療過程で,難治性,薬物抵抗性のうつ,いったん薬物治療が奏功しても再発・悪化する例を経験するなかで,単独での薬物療法に対する限界を感じることもありました。

 そのような折,CBTの存在を知り,何か糸口のようなものを感じて強い関心をもっています。薬物療法と対比して,その有効性が見てとれる精神療法は限られていますが,エビデンスがしっかり蓄積されているCBTはその代表格です。

 今日は第一人者であるおふたりの先生をお招きし,CBTについて考えてみたいと思います。

■認知行動療法とは?

樋口 言葉としては「行動療法」「認知療法」,そして最も新しい概念として「認知行動療法」がありますね。その歴史を踏まえながら,これらの言葉の整理をしていただけますか。

大野 認知療法は,うつ病の治療のなかから出てきました。これは「認知」,つまり「ものの考え方,受け取り方」という部分に注目した治療法です。精神疾患や情緒的な問題を抱えている多くの方たちの認知には偏りがあります。そこを修正することで精神的,情緒的な問題を解決していこう,とするのが基本的な考え方です。

 認知理論は1960年代前半,ペンシルバニア大の精神科医,アーロン・ベックから始まりました。ベックが精神分析的な立場からうつ病治療の論理構成を行う途上で限界を感じ,それを発展させるための研究のなかで,うつの非適応的認知に注目し,それを現実的で柔軟なものに変えて問題に対処する認知志向的療法を提唱しました。

 基本的な認知行動モデルを図に示します(図)。

 「行動」は表在的な行動パターンであり,「認知」は頭のなかでの作業です。当初は異質なものとして見られていた「行動」と「認知」ですが,行動療法のグループも「認知も脳のなかでの行動である」という理解をするようになってきました。不安障害の治療では,行動に注目した治療はすでに効果が認められていましたし,それを認知療法に組み込むことでより効果が強まることがわかって,認知療法に行動をくみ込んだ治療がさかんに行われるようになってきました。

 認知療法は「実際の行動,経験,自分の考えの確認」という一連の流れをベースにしていますが,基本的にはベックに端を発する認知療法と,認知行動療法はそれほど違ったものではなく,現在ではほぼ同義と理解してよいでしょう。

■認知行動療法のアプローチ

樋口 ではCBTのアプローチについて,具体的な例を挙げてお話しいただけますか。

パニック障害に対するCBT


古川 先ほど大野先生もおっしゃいましたが,人間が状況に反応するとき,負の感情を「変えよう」と思ってもなかなか変えようがありません。ある程度コントロールできる“行動と考え方(=認知)”に働きかけて不快な感情を減らしていこうとするのがCBTですが,不安障害に対しては行動的技法が多くなります。

 パニック障害を例にとります。まず行動面に対するアプローチは2つあります。1つは,パニック発作時には過呼吸からさまざまな身体症状につながっていきますので,正しい呼吸法を訓練し習慣的な行動を形成する訓練を行います。それから,パニック障害では半数以上が広場恐怖をもっているので,段階を踏んで,恐怖感を抱いている状況にみずから暴露することにより,「実は大丈夫なのだ」という経験を積み重ねていく方法です。

 加えて,認知的技法として「電車に乗る」「高速道路を運転する」などの本来おそろしくない状況をとても怖いことだと捉えてしまう「認知の歪み」,それがさらに不安をあおるという「考えの歪み」=「破局化」という思考のプロセスを正すように試みます。

 新しい行動を形成しようという技法,考え方のくせを変容しようとする技法,両面から治療を行うのが,パニック障害に対するCBTなのです。

大野 パニック障害,社会不安障害で著名なイギリスの臨床心理学者デビッド・クラーク(ロンドン大)は「怖いものは外にあるのではなく,自分の頭のなかにある。ところが,いかにも外が怖いように思ってしまう。本当にそうなのか,行動を通して確認する作業が必要になる」といいました。そこで行動面の技法が有効になってきて,「実際はそんなに怖くない。自分がつくりだしていたものだ」と気づく。その気づきが重要なのです。

古川 実は行動を通して認知を変容しようという試みで,そういう視点からも認知と行動は,表裏一体ですね。

うつ病に対するCBT


樋口 大野先生は,うつ病の認知療法に長く取り組んでおられますが,うつに対しては行動というより,純粋に認知そのものに対する働きかけなのでしょうか。

大野 うつ病の認知療法・CBTと,不安障害へのCBTには若干違いがあります。うつの認知の偏りは,3つの領域で起きるといわれています。自分自身に対して否定的になり,周りとの関係について否定的・悲観的になる。そして将来に対して悲観的になる。これを「否定的認知の三徴」(negative cognitive triad;ベック1963,1964)といいます。現実以上にネガティブな面ばかりを見て,どんどん自分を追い込んでいきます。

 ですから,うつの患者さんに対するCBTでは「自分はほんとうにだめなのだろうか? 自分はどの程度できるだろうか」という確認の積み重ねが必要になってきます。「自分を見つめなおす」という視点が入ってくるのです。

 不安障害では,何か怖いことが起こるのではないかという先に対する認知の歪みで,現場に足を踏み入れて確認をする作業が大切になります。うつの場合は過去を振り返って自己否定に向かっていますから,アプローチが少し違ってくるのですね。基本的なかかわり方としては,うつ病は励まさない。不安障害は,少し背中を押して,少し頑張って現場に出てもらうことになるように思います。

樋口 なるほど,わかりました。CBTのいくつかの側面,ひと口にCBTといっても対象によってアプローチには違いがあるというお話でした。

■EBMからみたCBT 再発率に有意差

樋口 では,CBTのエビデンスが現在どのくらい蓄積されているのか。そして他の治療法,特に薬物療法との関係でどんなことがいえるのかをお話しいただけますか。

古川 オックスフォード大学出版局から,各精神疾患に対する治療効果に基づき,対象疾患ごとに薬物・精神療法の推奨治療をまとめた『効く治療法』(Nathan PE & Gorman JM(Eds)A Guide to Treatments that Work, 3rd edition, 2007)という書籍が発行されています。

 このなかで有効な精神療法として挙げられているのは,統合失調症,双極性障害からはじまり,うつ病,不安障害,薬物依存,ADHD(注意欠陥多動性障害)にいたるまで,ほとんどがCBTとその応用です。

 薬物療法との比較で,明らかに効果がまさっているとされる対象疾患をご紹介しますと,ひとつはパニック障害に対する再発予防です。急性期における治療効果は,薬物療法とCBTはほとんど同じレベルです。しかし薬物療法の中断があると再発率が高まり,特にベンゾジアゼピン系の中断では,ほぼ間違いなく再発します。

 一方,CBTでは再発率は非常に低い。パニック障害は年余にわたる疾患ですから,長期的な治療効果という視点で,CBTのほうがすぐれているといえます。

 また,薬物療法との併用による有効例として,認知行動分析システム精神療法,CBASP(Cognitive Behavioral Analysis System of Psychotherapy)が挙げられます。これは慢性うつ病に特化したCBTです。無作為割り付け試験の結果,薬物療法とCBASPの併用群は,薬物療法単独群,CBASP単独群,いずれに対しても有意差をもって治療効果が認められています。このエビデンスは『New England Journal of Medicine』にも掲載されました。

 CBTは表面的で,人格を変えない,深部を変えないという批判もありましたが,今年発表された研究によると...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook