医学界新聞

2007.04.30

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


DSM-IV-TRケースブック 【治療編】

高橋 三郎,染矢 俊幸,塩入 俊樹 訳

《評 者》大森 哲郎(徳島大教授・精神医学)

DSM-IV-TRに基づく見事な臨床検討記録

 経過を聞き,所見を取り,診断を立て,治療方針を考える,この作業をわれわれは日々行っている。本書では,精神疾患各種34症例の経過と症状が記述され,DSM-IV-TRにしたがって診断が鑑別され,さらに症例によってはその後の経過までもが提示されている。これによって,それだけ読んでも具体的なイメージがわきにくいDSM-IV-TRの診断基準が,実例に即して生き生きと伝わってくる。ここまでは,すでに出版されているDSM-IV-TRケースブックと同様である。

 その姉妹編である本書の眼目は実はその先にある。それぞれの症例について,その疾患の名だたる専門家が,一般的な治療指針にとどまらず,自分ならどのように治療するかをかなり踏み込んで率直に語っているのである。あまりに操作的であるがゆえに,研究目的の診断確定には有用でも実際の臨床には不向きと思われがちなDSMシステムであるが,そんなことはないことが臨場感を持って納得できる。むしろ,現在の代表的な治療法がDSM診断体系に基づいて研究されているからには,この診断体系との照合なしに,治療を論じることはできないのである。本書は34症例の見事な臨床検討記録となっている。

 診断分類の理想は,診断が樹立されれば治療方針も自ずと決定するような,原因や病態に基づく分類であるが,精神疾患にとっては現時点では望むべくもない。DSM分類が,原因を棚上げした分類であるからには,診断名だけでは治療方針に直結しないのはむしろ当然である。それぞれの専門家は,それぞれの症例において,症状の特徴を整理し,家族歴や成育歴を参照し,身体的ならびに精神科的な併存症の有無を考慮し,慎重に診断を確定している。その上で,支持的対応,薬物療法,認知行動療法,社会的サポートなどに至るまで幅広く見渡し,自分ならこうするという治療方法を述べている。

 読者は,興味のある疾患からでも,名前に馴染みのある専門家が担当している症例からでも,どこからでも読み始めることができる。専門家たちは,ときに慎重に,ときにはずいぶん大胆に,しかしおしなべて率直に本音を語っているようにみえる。研究論文の無機質な記述よりは,症例の治療方針を語るときに,考え方や個性がのびのびと表現されるらしい。

 一例を挙げると,診断確定が遅れ,薬物治療が変転したのち1年たってようやく寛解した精神病性の特徴を伴う大うつ病症例に対する,ECT(電気けいれん療法)の大家のマックス・フィンク博士のコメントは,「彼の行動を評価した精神科医達のばかさ加減を見よ」,「なぜ彼はそれほどひどい治療を施行されたのか」,「ECTを施行しなかったことに弁明の余地はない」と...

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